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DJ家系ラーメン

第1話

人の不幸が密の味という言葉があるように、自分の幸せは大きく人を傷つけるのだ。それに気づいてから、私は自分の幸せや喜びをとにか口に出さずに行きてきた。そうしているうちに、段々と自分からは幸せを追い求めなくなった。なんだか汚れるのが嫌だからと白いシャツを着なくなった感覚に近い。私はやかんを持ち上げて、インスタントコーヒーに注ぐ。ふわりとコーヒーの匂いや味がする湯気が立ち込めるので、そこに顔を埋める。ああ、これで良いのだ。きっと、私の幸せはこのくらいがちょうどいいのだ。だけど、そこでまた考える。今、世界にコーヒーすら飲めない人は何人いるのだろう。朝、パンすら食べれない人は何人いるだろう。温かい部屋がなく、寒さに凍えている人は何人いるだろう。きっとその人達にとったら、今、私が感じているこの幸せも、もしや彼らを傷つけてしまうのだろうか。


なぜこんなにも、自分の幸せや人の不幸に敏感になってしまったのだろう。思い返すとそれは、幼少期にあり、

修正テープを貼ろうにも、幼少期ごとを包帯でぐるぐると巻いてしまっているのだから、もう自分ではどうしようもなくなっていた。私には小さな妹がいた。妹は体が弱く、両親は妹にかかりきりで世話をしていた。妹の現在についてここで述べる気は無い。皆さんの想像の通り、「お外で遊んだ話をするとあの子がカワイソウでしょう。」とか、「あなたは良いわね、体が丈夫で。その事があの子をどれだけ悲しませているか。」とか、育児で疲れた母親の言葉が、なんとなく、私の人格を作り上げた。なんとも残念な育ち方をしたものだった。成人してもう幾ばくか経つ、もうそんな年齢なのに、母親のその一言よりも私に影響を与える言葉には、出会えなかったのだ。また、母親の現在についてもここで述べる気は、無い。


少しぬるくなったコーヒーを口に含むと、私は長年続けているスーパーのパートにでかけた。事務所のドアを開けると、私より長く働いているパートの松崎さんに出会った。黒い肩までのボブ、ふっくらした丸い顔、いつもタートルネックのTシャツを肘までまくって仕事をしている。


「おはようございます。」

「おはよう、ああ、今日ニンジンとナスがセールになってるから。店長また数間違えて発注したらしいの。」

「え、またですか?」

「あっはっは、おかしいでしょ?もうしっかりしてほしいわ。」


そうですね、と笑顔で相槌をうち、古びた緑色エプロンを締める。松崎さんは私に、もうなんで正社員で働かないの、と聞かない。私みたいな独身で、働きざかりの女がパートをしていると、周りは不要な心配をするものだ。体も丈夫で、治療中の病気や、介護が必要な家族や、時間を割いて追っている趣味や夢もなく、そんな人間はフルタイムで働くのが通常だろう。


でも私には、フルタイム、という雇用形態はとことん合わなかった。

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※※ DJ家系ラーメン @s_yusurika

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