第13話

手筈はこうだ。

嶺一郎とナイルは遠くから様子をうかがいつつ慎重に集落に近づき、可能であれば一人でいる村民に標的を絞り、機を見て話しかける。ユウリとカヤは後方の死角から危険がないか監視し、事があれば彼らに合図として携帯電話スマホを二回鳴らす。


「では、行こう」

黒い衣装に身を包んだ嶺一郎が真剣な眼差しで皆を一瞥し、同じく派手な紅い装いのナイルと相槌を打った。目立ちすぎることもあり、孔雀の羽は帽子から取り外している。二人はゆっくりと、左から回り込むように集落が見える方向へ歩いていった。


ユウリとカヤは彼らの姿が何とか見える程度の距離で待機し、状況を監視する役だ。携帯端末を通話状態にしたままにして、音でも状況を確認できるようにした。



「.....人間らしき影を認めた。恐らく集落の住民だ」


嶺一郎の声が聞こえ、ユウリは生唾を飲み込んだ。

「様子がおかしい。何か慌てているようだ。少し様子を見る」

ナイルの緊迫した声が続けて聞こえる。ユウリとカヤの位置からは住民の姿は見えていなかった。気を揉む二人が、小さくなっていく男二人の影を追うように僅かに足を進めようとすると、ヒヤリと冷たい感触が、カヤたちの首筋を撫でた。カヤが思わず後ろを向くと、そこには、鋭く研がれた石槍の先が見え、ひょろりとした半裸の男の姿があった。木を燻したような独特の香が漂う。


ユウリとカヤは即座に両手を挙げ、反抗の意志のないことを示した。なぜなら彼女達の周りには、そのような男たちがあと四人、同じく槍先を輝かせていたからだ。


刹那。


二人の姿は消えた。



そして嶺一郎とナイルのすぐ後ろにスキップした。

突然のことに怪しげな衣装の二人が心底驚き、派手に草むらを揺らした。

「ユウリ!?」

嶺一郎が思わず叫び振り向く。釣られてナイルも振り向く。

少し離れた場所から悲鳴のような声が聞こえた。衝撃で腰を抜かしたカヤが額に手を当てて何度か首を振り、ようやく見上げた。そしてそのまま固まってしまう。


「奥寺さん、大丈夫か? 」

嶺一郎が声をかけると同時に、カヤの顔がみるみる青ざめる。ふるふると人差し指を衣装の二人の後ろに向けた。その指を中心に二人が後ろを向くと、顔面蒼白で泥に塗れた男がいた。外套を翻しナイルと嶺一郎が警戒の色を強める。

「違う、違うんだ! 」

泥まみれの男が両手を左右に振って弁明した。

「頼む、助けてくれ、この村は、この村は、……おかしい」


男は草むらに身をかがめ、四人にも促した。遠くから何人かが忙しなく騒ぐ音が聞こえる。

「私は、リウ=シャオルイと言います。蓬莱の医師です。私の兄、アイクンを探しに来ました」

リウと名乗ったその泥まみれの男は、人差し指を口の前に当て、静寂を促しながら小声で呟いた。


「リウ=アイクン……たしか、その名は、この島の奇病を世界に伝えた……」

嶺一郎が目を見開いてそう言うと、リウ=シャオルイは沈鬱な面持ちで頷いた。

「どういうことです? 彼は、蓬莱に帰国しているのではないのですか? 」

リウは首を振る。


「兄は、この島からインターネットで全世界に論文を公表したのです。致死率が五割を超えるという恐ろしい病を。ですが、彼は蓬莱には戻っていない。最後に連絡があってからもう、、十日ほど連絡がありません。医学に携わる者として、家族として、この島の住民に成りすまし、探しに来たのです」

リウは瞳ばかり輝かせながら、そう、感極まったように声を絞り出した。


先刻から聞こえていた男たちの慌ただしい声が、段々と遠くになっていた。ナイルが赤い帽子と覆面をゆっくりと外し、月夜に輝く銀髪を露わにする。

「ぜひお話を、もう少し、あちらの方で」

そう言って彼は元来た道を指さし、静かに移動を始める。ユウリたちはその後に、なるべく音を立てないように続いた。


程なくこの島に来た時の岩だらけの岬に五人はいた。

「ここまで来れば、流石に大丈夫」

嶺一郎もそう言って二角の角張った兜を脱いだ。額には大量の汗が玉を作っていた。

「私は、夏樹嶺一郎、学者です」

嶺一郎が切り出し、一行は自己紹介する。カヤは荷物から水を取りだし、リウに差し出した。泥だらけの顔をくしゃりと人懐こそうな笑顔にして、リウは二口すすり、顔の泥を洗う。


「それで、おかしい、というのは」

神妙な顔でナイルが切り出すと、人心地したリウは深呼吸して語り始めた。


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