第12話
印度は古都のはるか西に位置する。
広大な領土を「星の傷」と呼ばれる巨大な谷が南北に裂き、小さな島々がさらにその南方に広がっていた。国を構成する民族は三百を超え、言語はその民族ごとの固有言語と通商語、そして大和語の三種類を全国民が話す、世界最大の連邦国家である。
件の奇病は、その島嶼地方の、世界で最も文明を拒否した島と言われる場所でも流行していた。その島で何があったか、まだ何も明らかになっていなかった。と言うのは、その新たな流行病はわずか一週間で劇症化し致死率が50%を超えており、積極的に上陸しようという研究者は皆無であったためだ。この病は、そんな島で現地調査しようとした、一人の蓬莱国の医師の論文を契機に世に知られ、程なくして周辺地域に広がった。
カヤの姉のスバルは前々からこの神秘的な島に並々ならぬ興味を持ち、現地の土地、風土、文化を紹介した写真集を個人輸入して持っていた。鮮明な写真があり
四人がいたのは島の東端の岬である。幸樹ナイル、夏樹ユウリ、奥寺カヤ、そして専門家の夏樹嶺一郎。父は当初数に入っていなかったが、度重なる夏樹家での打ち合わせを耳ざとく察知し、無理矢理ついてきた。娘が心配だったのであろう。
アヤとサヨリは行かないこととなった。ユウリとナイルが手を挙げた際にサヨリはかなり不機嫌な顔になったが、ナイル、アヤが宥めた。
「待ってて欲しい、ね、サッちゃん」
「サヨリ、やめておこう。足でまといなるで」
二人の説得を受けて諦めたようだった。
一行の目の前には、岩だらけの荒野が映っていた。奥には鬱蒼とした熱帯林が見える。背後は海だ。カヤは岬から崖下を見てひっ、と唸った。ユウリが面白がって背中をちょっと押すとそのまま彼女は固まってしまった。タヌキ顔がケラケラと楽しそうに笑う。
「あっちか」
砂と森の奥にうっすらと煙が見える。嶺一郎が目を細めて双眼鏡を覗き込み、呟いた。
「三十分も歩けば着くと思います。ただ、彼らは非常に野蛮な民族と聞きますんで、慎重に行きましょう」
ナイルが眉間に皺を寄せて、いつになく真面目な顔で言った。双眼鏡を覗き込んだまま、嶺一郎は頷いた。
一行が歩き出して一刻もするとその集落の様子がわかってきた。道行の獣道には多くの狩猟罠が仕掛けられ、嶺一郎が主にそれらを見つけ、対応していた。
「獣だけでなく、外界との接触自体を拒んでいるようだ」
こういった
「さて、どうしようか」
透き通るような瞳の虹彩を暗くしながらナイルが呟いた。
「このまま皆で行くのは危険極まりない。だが」
嶺一郎がユウリとナイルに目配せする。無謀とも思える彼らの行動には勝算があった。ナイルとユウリの力だ。仮に致死率50%を超える病であったとしても、その病原菌を消すことができれば問題はない。実際先般ナイルは不治のらい病から嶺一郎を救っている。
嶺一郎は重そうな肩掛け鞄を揺すった。中には高精度顕微鏡と最低限の医療器具が入っている。これが、彼らの切り札だった。明確に想像できないものは、飛ばすことができない、スキップの能力の前提だ。
「とりあえず集落の中心に向かい、罹患者の細胞を入手しよう。もしこの試みが成功したら、この難病から、いや、あらゆる病から人間を救うことができる。ただ.....ほんとうに大丈夫なんだね、ナイルくん」
そう言う嶺一郎の言葉には一抹の不安が漂っていた。
「はい、大丈夫です。今までも病原菌を目視、
ナイルの言葉には確固たる自信があった。嶺一郎の一件の際、彼は嶺一郎が執筆した論文から病原体の写真を見たことで飛ばすことが出来たのだという。しかし、横のユウリは少し不安そうな顔をしている。
「ウチも手伝えるんやろか.....」
「大丈夫、きっとできる。間違いなく。保証するよ」
ナイルはユウリの肩を力強く叩いた。
「さ、行こう。まずは僕と嶺一郎さんの二人で様子を見てくる。カヤさん」
一番後ろにいたカヤは身体の厚みの二倍ほどもある鞄を背負っていた。頷いて、孔雀の羽がやけに目立つ紅い衣装と、物々しい二角の兜と武者鎧を取り出した。ナイルと嶺一郎はそれらを徐に掴んで着替え始める。
「がんばってな! ウチもあとで手伝うし! 」
ユウリが声をかけるとナイルは真っ白な歯を輝かせて笑った。
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