第11話

数年前から猛威を奮った新種の病気。それはこの星を蹂躙し、多くの死者を出した。このような流行病はおよそ百年に一度の周期でこの星を襲う。


百年前は、西半球の大小千を超える諸島地域の、あるひとつの島から流行し、全人口の5分の2を人類は失った。そこから100年経ち、今回の東夷風邪は、驚くほど死亡者数は少なかったと言える。それは科学の進歩であり、世界中に整備された病院、療養施設、そして高度に発展した遺伝子治療の賜物であった。


「我々は病を克服した」

そのように言い放った古都が誇る天才医学博士が提唱した台詞は決して大げさではなく、彼がわずか一年で開発した抗原薬は世界中の人々に行き渡り、その病は収束した。それは百年前に猛威を奮った流行病の期間と比して十年も短く、その事実こそが彼の発言を裏付けていた。


父を救い出して数週間、ユウリ達は平和な日々を送っていた。先の乗合自動車バス事件を皮切りに、ユウリとナイルは度々人助けに精を出していた。自分が授かったチカラを人のために使う。二人はさながら子供の頃に映像機テレビで見た正義の味方になった気分だった。


その日は、病院の火事から、三百人の入院患者を救った。作業は地道なもので、一度にどの位の人を飛ばせるか、その限界を知るための試行でもあった。正体がばれることを懸念して、二人は頭から足先まで隠せる衣装を着ていた。カヤとアヤの見立てだ。


性別もわからないよう、あえてナイルは女性的なシルエットの着丈の長い赤の外套マントと白く細いズボンを履いていた。頭はつば広の朱の帽子で、夏樹嶺一郎の荒屋にあった孔雀の羽根が派手に拡がっている。顔は黒の頭巾で隠していた。全身至る所に細やかな金装飾が施され、まさに麗人と言った様である。これらは全てナイルの趣味で、カヤとアヤだけでなく、息を荒くしたサヨリも手伝った。


一方のユウリは、無骨な黒革の外套、鎧を模した深い緑のプラスチック製の甲冑を身に付け、黒のパンツ、重厚感あるエンジニア・ブーツという出で立ちだ。頭部はヘルメットを改造して作った古都の武士を思わせる二角の兜を付け、やはり黒頭巾で顔を隠していた。これらは時代劇好きのトマルと嶺一郎の趣味が多分に入っていた。特に造形に素養があるアヤが作った鎧は、鉄製にしか見えないほど見事なものだ。


「ありがとうございます! 」

煤で頬を汚した少女に手を振りながら、ユウリはふと呟いた。

「ねえ、人を運ぶなんて面倒なことせんでも、火をどこかに飛ばせばよかったんちゃう?」

ケムリで真っ黒になった派手な帽子をかぶった頭が首を振る。

「いや、火は飛ばせない。なんでか分からないけど」

へ〜と顎を親指で触りながらユウリの二本角の兜が頷く。


「おつかれさま」

不意に二人の後ろから声が聞こえた。奥寺カヤは笑みを見せた。

「さあ、さっさと現場から消えよう」

二人は同時に頷き、カヤと共に姿を消した。



「気になることがあるのよ」

そう言ってキツネ目の少女は瞳を曇らせた。携帯電話の画面を開き、ある記事を指した。原因不明の奇病、印度国の農村で猛威をふるう、と書いてある。先の伝染病の余波が何度か来ていることもあり、記事としてはまだ小さい扱いのようだ。ナイルもユウリも、その存在を知らなかった。


「また病気? 」

そう口を挟んだのは、合流した藤澤アヤだ。衣装を手懸けてから、この四人とサヨリを加えた五人の距離は縮まっており、定期的に甘味処「はつしま」に集まっていた。

「最近多いらしいなあ、こういう風土病みたいなん。こないだもこんな風聞聞いたで。印度だけでなく、蓬莱やナ国でも聞くわ」

アヤが訳知り顔で鼻の穴を広げながらそう話すと、

「いや、でも、だからこそ、うちらが頑張らなあかんねなんか」

とユウリは返答した。鼻息が荒い。


「わかった、じゃあまずは、」

そう言うとカヤは携帯端末の地図機能を開き、ある国を指さした。

「印度の、その村に行きましょう」

四人は目を輝かせながら、頷いた。


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