第10話
「ありがとう、ユウリ」
暑さの和らいだ秋の日、夏樹ユウリと奥寺カヤは共に下校していた。
「あなたの能力、間違いなく進化してる。お姉ちゃんを助けてくれてありがとう」
優雅なキツネ目はいつもの怜悧な眼差しではなく、人懐こい糸目になっていた。
「……せやんな」
ユウリは複雑な心境だった。航空機の件はまさに幸運であったとしか言えない。あのときスバルと目が合ったのは偶然だった。
「あ、おねえ……」
言いかけて青ざめたカヤを見て、ユウリは事態に気づいた。上空から近づいてくる異音に気付いた。そして懸命に、昔図鑑で見た世界で二番目に高い山、マーティン山の雪原と、そこを飛行するプロペラ飛行機を思い描く。青い鉄塊が窓に触れる瞬間、それは消えた。
そして数瞬の後、再び交差路にそれは雪まみれの姿で現れた。
ユウリは咄嗟にその巨大なものをマーティン山に飛ばし、そして戻すことに成功した。能力はまさに、進化したのだ。
友人の家族を危機的な状況から救うことができた、それは誇らしい。だが、だけど。それはつまり。今後助けられるものは全て助けなあかん、ということにならんか。一人でも助けられへんかったら、それは私が、ボーッとしとった。そういうことになってしまうんと違うんやろか。
今まで感じたことの無い圧迫と焦燥を、少女は感じていた。
カヤと別れたあと、ユウリは陰鬱な表情で自宅に向かう道を歩いていた。
「やあ」
それまで人の気配など全くなかったのに急に声が聞こえ、ユウリは跳ね上がった。
「相変わらず面白いね、あんな場面に出くわして人助けしたのに、その暗い顔」
振り返るとあの白髪の
「少し話をしたい」
そう言うナイルの瞳は真剣だった。紫がかった独特の瞳の色は、星々の輝きをたたえているように見えた。ユウリの心に、流行り好き《ミーハー》な高揚感とは別の、飲み込まれるような感情が昂る。それは生まれてから1度も経験したことのない感覚だった。
ナイルが導くように目配せして歩き出すと、特に頷くでもなく、ユウリは後を付いて行った。十分も歩いただろうか、二人は人気のない日陰がちな公園にいた。
「単刀直入に言おう」
おもむろにナイルは語り出す。
「僕と、その……」
先程の自信に満ちた様子と裏腹に、彼は落ち着かない様子で目線を左右に動かす。頬は紅潮しているようだ。
ずっとぼうっとしていたユウリの思考が明瞭になっていく。
これはまさか……まさか……
イケメンからの告白!ついにウチにも!もうすぐ秋やけど春が!
でもどうしよ。たしかにナイルくんはシュッとしとるけどめっちゃモテそうやし今っぽい銀髪にしとってチャラいんちゃうか? サヨちゃんにも手え出しとるくさない? て言うかサヨちゃん多分好きやんな、ナイルくん。
……でも、パパ助けてくれたええ子やし、顔はええし、もしかしたらものっそい大変な過去があるのかもしれんし、顔もええし、せや、まずは、まずは信じるところから始めていかな。
「正義の味方をやらないか! 」
「ええよ! 」
二人の声はほぼ同時だった。
「そうか! ありがとう! ユウリ! 」
パッと顔を輝かせたナイルと対照的に、ユウリの表情は固まった。
「いや、流石にこんなことを言うのは恥ずかしかったんだ、いい年なのに……ぼ、僕、昔から戦隊モノとか
先にも増して目を輝かせたナイルが捲し立て、その様子があまりにも嬉しそうだったので、ユウリは混乱した頭のまま何度も頷いた。
「たまたまだけど見てたよ、バス事件。僕が気づいたのはバスと航空機が接触する数瞬前でね、間に合わないと思ったんだ。でも凄かったね! どこに飛ばしたの? 不二かな? でもよくすぐそんな一瞬で飛ばせたね、びっくりしたよ。でもそうか、同じ気持ちだったんだね! とても嬉しいよ! そうそう、実はあの刑事とは縁があってね……」
ナイルは顔を蒸気させながら饒舌に捲し立てた。ユウリの顔は固まったままだった。
八島サヨリは恋をしていた。
数年ぶりに再開した幼なじみは美しく妖艶に成長した。憂いのある瞳に見つめられ、彼女の心は淡い火を灯した。
彼との出会いは、まだ二人が幼稚園に通っていた頃まで遡る。サヨリは一人っ子で、今でこそ温厚な性格だが、当時はとてもわがままな性格で、親や先生を困らせた。
そうして一年経ち、年中組になった頃、とても可愛らしい新入生に出会った。不思議な光を湛えた澄んだ瞳と、つやつやの銀髪を頭上で束ねて小さなポニーテールにしたその後輩を見て、サヨリはお気に入りの人形と重ねた。
「お名前はなんていうの? 」
「……ないる」
仔犬のような声で名前を言い、たどたどしく指を三本立てる。その様子があまりに可愛らしく、サヨリはひと目で気に入った。
「ないるちゃん。かわええお名前! なんで男の子みたいなかっこしとるの? 」
それを聞いたナイルは、もじもじしながらポツリと呟いた。
「……だってぼく、男の子だよ」
サヨリは大げさにほほに両手を当てて驚いた顔をした。そしてにっこりと笑う。
「せやったら、サヨリがないちゃんのお姉さんになってあげる! 」
サヨリは、新しくできた弟のために、せっせと世話をした。
一年も経つと荒かった気性はすっかり落ち着き、本当の姉のようにナイルを可愛がった。しばらくして、ナイルが親の仕事の都合で引っ越してしまった時は、二人とも目を腫らして泣いた。
それから十年と少し。ナイルは戻ってきた。初めサヨリは、それがあの愛らしい弟と同一人物だと気づかなかった。髪色は灰みのかかった金色で、眉毛もまつ毛も同じ色。またえらいイケメンさんが来よったで、と少し怖気付いていたとも言えた。
「久しぶり、サッちゃん」
と和やかに笑うその姿に、微かに面影が重なった。
「え、まさか、な、ナイちゃん? 」
普段穏やかなサヨリの落ち着いた顔も、思わぬ再会に驚きを隠せなかった。そしてその瞬間、少女の心に火が灯る。その火はゆらゆらと今にも消えそうだったが、力強く輝きを増した。
思えばお姉ちゃんになる、なんて言った時から、きっとウチはこの子のことが好きやったんやな。そう思い始めると動悸は止まらなくなった。それと共に、嫉妬も。ユウリは友だちだ。中学生の頃から。あんなボットしとって抜けとるくせに。なんで。
なんで、ナイちゃんと同じ力を持ってるの?
そんなのはずるい。ウチの方が先に会ったのに。
「……どうしたん? 何やけったいな顔しとるで」
そう話しかけたのは親友のアヤだった。二人は烏丸通沿いの喫茶店にいた。
美人だ。アヤの美貌は学年一と言われている。ウチはカワイイ系やから属性ちゃうし、別に負けてへんし。そう心の中で毒ずきつつ、サヨリは頬を膨らませた。その様子を見てアヤは人懐こそうな顔で微笑んだ。
「相変わらずぷにぷにやな〜」
風船を萎ませるように頬を掴むと、プーっとサヨリは息を吐いた。アヤの顔がさらにほころぶ。
「ホンマにかわええ。ウチが男やったら絶対口説いとる」
そのくっきりとした二重の瞳は、少しだけ翠が混ざり、奥が揺らめいていた。なぜかサヨリは頬を染めた。
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