第28話
メッセージでは美湖ちゃんに「おめでとう」とは伝えたけど、まだ直接顔見て伝えられていないまま、次の週末が来た。
美湖ちゃんたちは新ユニット結成ということで取材やオリジナル楽曲をレコーディングしたりしているみたい。デビュー前とはいえ忙しそうな中、「日曜日、少しだけ会えないかな?」と連絡がきた。
久しぶりに美湖ちゃんに会える喜びと、どういう顔をしていいかわからない気まずさの気持ちが混ざっているけど、やっぱり直接お祝いしなくちゃ! と待ち合わせ場所に向かった。
家の近くの公園に集合。
大通りに面しているところだからおしゃれなカフェもたくさんあるんだけど、貧乏中学生の私を気遣って、公園のベンチに集合する。もちろん、マイボトルは持っていく。
おしゃれコーヒーを買うお金があったら、自主練しなくちゃだからね。
そろそろ梅雨になるから、おひさまの下でキラキラした池を眺めているだけで幸せな気持ちになる。
ベンチに座って待っていると、美湖ちゃんが小走りにやってきた。
「ごめん、お待たせ!」
「今着いたとこだよ」
デビューが決まっても、美湖ちゃんの雰囲気は変わっていなくてほっとした。いつもの通り、優しい表情。
私の隣に座ると、美湖ちゃんは持ってきていたペットボトルの紅茶を飲んでから、口を開いた。
「ずっとね、彩葉ちゃんにデビュー決まったよって報告したかったんだけど……」
美湖ちゃんはそこで言葉を止める。
お互い、やっぱり気まずい思いがあったんだな。
私もマイボトルのお茶を飲んでから、話し始めた。
「すっごく羨ましいし悔しい! けど、デビューおめでとう! 美湖ちゃんの夢が叶ったんだもん、嬉しくないわけないよ」
泣かずに言えた。
私の正直な言葉に、美湖ちゃんは目を見開いた。そして、ぐっと目を細める。
「お祝いしてくれてありがとう。でも、デビューが決まったといっても時期は具体的ではないし、メンバーも増員するっていうし……だから」
美湖ちゃんは、私にむけてグーを差し出した。
「一緒に、デビューしようね」
真剣に、強いまなざしで私を見つめる。
約束してた、一緒のグループでのデビューはまだ目指せる。
「絶対に追いつくから、待っててね」
私は美湖ちゃんのグーに、自分のこぶしをあててグータッチした。何度もやっているグータッチ、これからも二人で続けたい。
同期って、本当に不思議。
仲間でもあり、ライバルでもあり、家族でもあり。
学校の友達とは違う「同期」としてだけの絆があるように思う。
私と美湖ちゃんは、お互いをじっと見つめあったまま動けなくなった。
目を反らしたら、夢が叶わなくなるんじゃないか、離れ離れになってしまうんじゃないか。
ずっと聞こえていた車の音、人の声が遠ざかる。恐怖心が芽生えた。
不安を書き消すように、手を握ったまま、キラキラしている美湖ちゃんの目を見つめた。
「あれ、彩葉じゃん」
唐突に声をかけられて、私と美湖ちゃんはビクっとなる。二人の世界に入り込んでいたから。車の音も人の声も、再び耳に届き始めた。
私を呼んだのは、聞き覚えのある声。顔をあげるとそこには。
「紗那ちゃん……と、鈴鹿くん!」
鈴鹿くん、という声に美湖ちゃんが反応する。でも、事情を知っている私と紗那ちゃんだけがわかるくらいの、小さな反応だったので、鈴鹿くんは気付いていなさそう。
紗那ちゃんは、気まずそうにうつむく。
しかし沈黙に耐えられなかったのかすぐに顔をあげると、真っ赤な顔で慌てていた。
「たまたま、たまたまだよ! この前鈴鹿に嫌なこと言っちゃったから、おわびに。映画の無料チケットが家にあったから、どう? って誘っただけで別に……」
慌てて、小さなバッグから、近くの区民会館で上映されるちょっと古い映画のタイトルが書かれたチケットを取り出した。
インターネットで申し込めば区民は無料で見られるイベントで、定期的にやっている。
へぇ~なるほどねっ!
家にあったのか、このために申し込んだのかは聞かないでおこうっと。
紗那ちゃんの慌てっぷりに、鈴鹿くんはくすくす笑っている。
「やだなぁ、そんなに俺とデートしてるのが恥ずかしい?」
「デート!? そんなんじゃない」
さらにパニックになる紗那ちゃん。しかし鈴鹿くんは余裕な顔だ。
「別に、女の子同士で遊ぶ時もデートって言うでしょ? そんなに反応しなくても」
「……そうだけどっ。ヤな奴!」
私と美湖ちゃんは顔を見合わせる。なんだか、上手くいっているみたいで嬉しい。美湖ちゃんも優しい笑みを浮かべた。
私は、雲一つない青い空を見上げた。
美湖ちゃんはデビューが決まり、紗那ちゃんは気になる人とデート。
……私もがんばらなきゃ!
まだまだアイドル研修中だけど、きっと、美湖ちゃんと同じグループに入ってデビューする。
がんばるぞー!
【終】
ただいまアイドル研修中! 花梨 @karin913
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