先天盲の少女が魔法のアメを探しに旅に出る話

12扉

第1話

あるお屋敷に、モノという女の子がいました。モノにはみんなと少し違うところがありました。

目が見えないのです。両親の顔も、自分の容姿も、移り変わる景色も、大好きな食べ物の姿も、知ることができません。

優しい両親は医者をたくさん訪ねましたが、モノの目は治せないと言います。


モノは好奇心が旺盛で、特に音楽と、物語が好きでした。

ですが音楽はなり続けることはできませんし、本は人に読んでもらわないと知ることができません。15才になる頃には、モノが自分の指で読める、紙凸本は読み切ってしまい、何をするにも屋敷のみんなにお世話になるばかりの自分が情けなくて、部屋に塞ぎ込む日が増えていきました。

モノ(わたしにもできることが、もっとあればいいのに……。)

モノの様子を心配した両親が、せめて、モノに面白い話を聞かせてあげようと、世界を旅するお話家のラキを呼びました。

ラキはモノがまだ幼かった頃にも、お屋敷に来たことがある顔なじみでした。

ラキは世界中の景色や人々の歴史や気候や現象の話をしてくれます。ラキの話は新鮮で面白く、興味をそそられますが、モノの心は晴れません。

ラキ「モノお嬢さま、なんだか楽しくないご様子。旅のお話は好きではなくなってしまいましたか?」

モノ「ラキの旅はすごく楽しそう。わたしもそんな旅がしてみたいわ。でも、わたしは目が見えないから、ラキと同じ世界を感じることはできないのね……」

うつむいてしまうモノに、ラキは明るく言いました。

ラキ「なにを言いますモノお嬢さま! 世界は誰にでも開かれています。目が見えなくても、あなたには耳があります。触れられる手も、世界を知って考える心があるでしょう」

モノ「そうだけど……でも……」

モノ(目の見えないわたしが一人で行ける場所なんて、少ないでしょう)

ラキ「モノお嬢さま、ラキから一つ、お願いと提案があるのです。聞いていただけますか?」

モノ「……?」

ラキ「ラキと一緒に、旅に出てみませんか?」

モノ「わたしが……、旅に?」

ラキ「ラキは噂に聞いたのです。旅をする魔法使いの、魔法のアメの話を。そのアメはこの世のどんな食べものより美味しく、さらに“どんな病気、症状も治せる”というのです」

モノ「!」

モノ(どんな病気、症状も治せる、アメ−–−−)

モノ「本当にそれはあるの?」

ラキ「伝説とも言われています。けれど、とある場所でラキは魔法使いの手記を見つけたのです。中には、魔法のアメの存在と、様々な患者の例が書かれていました」

ラキは大きなカバンから、ボロボロの手記取り出し、モノの手に置きます。

モノ「まぁ……こんなボロボロの本、初めて触ったわ。なにが書いてあったの?」

ラキ「はい。魔法使いはもともと医者で、ある日魔法の力に目覚め、魔法のアメを作った。健康な人には効果がないが、患者の下半身付随の少年に食べてもらうと、少年は歩けるようになった。生まれつき難聴の少女に食べてもらうと、少女は家族の声がはっきり聞こえると、涙を流した。そんなことが書かれていました」

モノ「……まるでおとぎ話みたい。その後、魔法使いはどうしたの?」

ラキ「魔法のアメの存在を知った医学会で、問題になったから逃げて旅人になったそうです。そこは意外と現実的ですね」

モノ「そう……でも、それはいつ旅立ったのかわからないのよね? そんな旅人魔法使いを、どうやって探すつもりなの?」

ラキ「実は、この手記の最後に、魔法使いの行き先が書かれていたんです!」

ラキ「その地の名は、自由と花の街。ヴェールニア。様ざまな人種がいる栄えた港街で、“どんな人だっている”場所。旅の最後はその場所で静かに診療所を開きたいと書いてあるのです。そこに行けば、魔法使いを知っている人に会えるかもしれませんし、どんな人だっているそうですから、モノお嬢さまの目のことも何かわかると思いませんか?」

モノ(外の世界に出て、自分で目のことを聞きにいくだなんて、考えたこともなかった……)

モノ「長旅だなんてしたことがないわ。ラキはわたしでも、ヴェールニアに行けると思うの?」

ラキはひとつも曇りのない瞳でモノに言います。

ラキ「もちろんです! お嬢さまが望むなら必ず。それにラキは見てみたいのです。魔法のアメを食べて、お嬢さまが初めて世界を見るさまを。そんな奇跡のお話を。それは最初から見えていたラキにはけして語れないお話になるはずですから。その為なら、ラキがお嬢さまを必ず守ってヴェールニアへ行くことを誓います」

モノ(ラキは旅も、いろんな“お話”も、心から愛しているのね……。ラキは自分で魔法のアメを食べても意味がない。これは見えないわたしにしか、語れないお話……。)

ラキ「ラキを信じて、旅に出ませんか。モノお嬢さま」

モノ「辿りつけるか、不安だけど……。ラキが一緒なら、行ってみたい」

モノは暗闇の中、前へ手を伸ばしました。ラキがその手を取ります。

ラキ「外の世界には、モノお嬢さまの聞いたことない音楽、美味しい食べ物、旅には楽しみがたくさんあります! 急がず、楽しみながらヴェールニアへまいりましょう!」

ラキを信じてみることにしたモノは、両親にそのことを話し、旅に行く準備を整えて、いざ、ラキの手に引かれて、旅に出るのでした。




−−−−数ヶ月後。

モノは左手に愛用の杖、右手でラキの手を握り、賑やかな街を、寂れた廃墟を、道なき道を超え、時にはテントで眠り、何度転んでもラキの手を握り立ち上がって歩きました。

モノは走れませんし、怖くても、自分で蜂や蛇を追い払うこともできません。ラキは何度もモノを助ける為に走りましたし、時にはモノと旅の荷物を荷台に乗せて、一人で引っ張ります。それでも二人は諦めませんでした。ヴェールニアへ行けば、何かを得られると信じて。

そしてとうとう二人は、自由と花の港街、ヴェールニアへ辿りついたのです。

モノ「暖かい風……花と、うっすら潮の香りがする……もしかして、ヴェールニアへ着いたの?」

ラキ「モノ、行き交う人々の声も聞こえていますか? ヴェールニアですよ」

花がたくさんある街中で、酒を飲んだり、楽器を弾いたりしている人々がいます。

モノ「ええ。聞こえる。たくさんの国の言葉が飛び交ってるのに、みんな楽しそうだわ。ラキが言ってた通り、みんなが笑いあう、素敵な港街なのね」

モノ「……ここが、大陸の端の、ヴェールニア……。目が見えないわたしが、こんなところまで来られたなんて、嘘みたい」

モノは達成感で胸がいっぱいになりました。出発時にはもしかするとできないかもしれないと、思っていたから。

モノ「ねぇラキ。もし魔法使いが見つからなくても、わたし、後悔しないわ。ラキがいなかったら、絶対にここまで来られなかった。もう充分すぎるほど、素敵な旅だったもの」

ラキは繋いでいたモノの手を離し、何かを握らせます。薄い紙に包まれた、大粒の丸いもの。

ラキ「モノ、これが魔法のアメです」

モノ「えっ? …………どうしてラキが持ってるの?」

ラキ「ラキは今まで、モノに一つだけ隠していたことがあります。聞いていただけますか?」

モノ「……隠していたこと……?」

ラキ「ラキは旅人で、お話家で、今はモノの相棒で……魔法使いなんです。ヴェールニアの魔法使いは、ラキのことなんです」

モノ「ラキが、魔法使い……?」

ラキ「はい。本当は、水だって、火だって、食べ物だって自分で手に入れる必要はありませんし、ケガだっていくらでも治せます。黙っていたのには理由があります」

モノはラキの声のする方を見つめる。

ラキ「ラキは前に医者をしていました。その頃から、人のお話を聞くのが好きでした。そして魔法に目覚めた後は、魔法のアメでたくさんの人を救いました。けれど魔法には少なからず、代償がいるのです。魔法のアメの代償は……ラキの命です」

モノ(ラキの、命―――)

魔法のアメを握りしめるモノの手。

ラキ「そのアメはラキの命を削って作られます。けれどこの世界で患者はたくさんいます。全てを救えないと悟ったラキは、このままでは、医学会に捕えられたまま終わってしまうと思い、旅に出たのです。そして魔法のアメは、ラキの期待に応えてくれそうな、大切にしたい誰かのために使うことにしたのです。それがモノ、あなたです」

モノ(命を削って魔法のアメを作り、人を救い続けてきた。それが、ラキの本当の姿だったのね……)

モノ「どうしてわたしだったの?」

ラキ「実はラキは何度もモノのお屋敷に行ってるんです。モノは、目が見えなくたって、本当は強くて明るくて、自分の足で歩ける子です。きっとヴェールニアまで自分の足で辿り着けるはずと信じていました。最初にも言いましたが、そんなモノのお話を、聞いてみたいと思ったんですよ」

ラキ「だから、そのアメを食べて、モノの奇跡のお話の結末を、ラキに話してくれませんか」

モノ(これは、ラキの命の一部。でも、これを食べれば、ラキと同じ世界が見られるんだ……)

モノ「食べていいの?」

ラキ「もちろん」

モノは包み紙を開け、大粒のアメを口に入れます。

モノ(口の中で勝手に溶けていく……甘くて、どこか懐かしくて、ほんの少しの渋みと、花の香り……それはこの街のせいかしら?)

モノ(ずっと考えてた。どうしてラキがこんなにわたしを助けてくれるのか)

旅の中、何度も何度も駆けつけて手を握ってくれたラキを思い出すと、目の奥から涙が込み上げてモノの頬をあたたかく伝っていきます。

モノ「やさしい味がするわ……食べたことがないくらい、やさしい味」

ラキ「……さぁ、モノ。この話の結末は?」

涙にぬれた目を開くモノの瞳に、美しい花の街を背景に立つラキの姿が見えます。

あまりにも鮮やかな色彩に、モノは目を抑えます。

モノ「…………ごめんなさい。こんなの、すごく……」

顔をあげたモノは困ったように泣きながら笑っていました。

モノ「綺麗すぎて……言葉にできそうにないの」

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