悪党の正義論

百目鬼千尋

悪党の正義論(読み切り・漫画シナリオ形式)

●悪の組織のアジト・ボスの部屋

   松明が照らす薄暗い部屋の中。ボス(45)が大きな椅子に仰々しく座

   り、その手前でロク(15)が膝をついている。

ボス 「ロク、お前は勘当だ」

N 「悪の組織:ボス」

   ロク、引き攣った顔のアップ。

ロク 「は?」

N 「悪の怪人:ロク」

   ボスの横顔。暗くてあまり見えない。

ボス 「お前は弱い」

   椅子の肘掛けに置いたボスの手のアップ。指をトントンとしている。

ボス 「悪の怪人として使えない」

   ボス顔アップ。無表情でロクを見下す感じ。

ボス 「親子の縁はここで切る」

   ロクの口アップ。

ロク 「待てよ!」

   ロクが大きく腕を広げてアピールする。必死な表情。

ロク 「俺だって組織のために頑張ってる!」

ロク 「世界制服の夢を叶えるために!」

   黒の中にボスの声のみ。

ボスの声 「で?」

   腕を広げたまま固まるロク。

ボスの声 「お前は勝てるのか?」

   レッド(21)のシルエット。

ボスの声 「お前はヒーローに勝てるのか?」

   バツの悪そうな顔をするロク。

ロク 「そ、それは……」

   無表情のボス、顔アップ。

ボス 「もうわかっただろう」

   重厚なドアを背に立つロク。重たい音を立てながら、ドアが完全に閉まる。

ボスの声 「お前は私に必要ない」


●悪の組織の国・昼

   薄暗い住宅街。地面のコンクリートはひび割れ、ゴミがそこら中に落ちて

   いる。建物も古く、人の気配は無い。

   ロクが地面に置かれたバケツを蹴り飛ばす。

ロク 「クソッ!」

   大きなリュックを背に歩くロク。

ロク 「俺だって頑張ってるんだぞ」

   ロクの手。開いた手のひらに小石が置かれている。

ロク 「まぁ……」

   ロクの手。置かれていた小石が砂になって舞う。

ロク 「こんな能力しか持ってないけど……」

N 「能力:分解 触れた物を分解することができる」

   ロクの上半身アップ。悔しげな表情。

ロク 「だからって15の息子を追い出すか⁉︎」

ロク 「どう考えてもクソ親じゃねぇか‼︎」

   小さな声が聞こえ、歩いていたロクが振り返る。

少女の声 「でてけ」

   ロクの前にボロボロの服を着た少女(8)が立っている。

ロク 「なんだ?」

   少女の泣き顔アップ。

少女 「ここからでてけ!」

   ロクが少女を見下す。

少女 「おまえらがきたからパパがいなくなったんだ!」

少女 「おまえらのせいでずっとおなかがすいてるんだ!」

   少女の母親(30)が駆け寄り、少女を抱きしめて庇う。

母親 「娘が申し訳ありません‼︎」

母親 「どうか命……命だけは……」

   ロクが困り顔で母娘を見下ろす。

ロク 「いや……」

   ロクが俯く。

ロク 「俺はもう……」

   ロクの手アップ。強く握られた拳がプルプルと震えている。

ロク 「俺はもう悪の怪人じゃないんだ」

   ロクが頭を深く下げる。

ロクM 「ずっと奪う方だったのに」

ロク 「今まですまなかった」

   ロクが項垂れながら歩き出す。その背中に、住民たちの罵声が飛んでくる。

住民Aの声 「さっさと出ていけ!」

住民Bの声 「あんたらのせいだ!」

住民Cの声 「うちの息子を返してよ!」

   ロクの口アップ。歯を強く食いしばっている。

ロクM 「奪われる方がこんなに辛いなんて」

ロクM 「知らなかったんだ」

   ロクが駆け出す。小さなコマ連続で時間経過表現。

ロク 「知らなかったんだ‼︎」

   ロクが上を見上げて驚きの表情を浮かべる。

ロク 「これが……」

   高さ50mの巨大な土壁。未舗装で少し汚いが、地平の先まで繋がっている。イメージは進撃の巨人の壁の未舗装版。

ロク 「これが組織の国と日本を分ける壁……」

   壁の根元にロクが手を当てる。

ロク 「俺の居場所はここにはない」

   ロクの触れている壁の部分が砂になって抉れていく。

ロク 「日本にも居場所なんか無いだろうが」

   抉れていった壁の先に光が差し込む。

ロク 「傷つけた人に罵声を浴びせられ続けるよりマシだ」


●草原・昼

   柔らかな陽の差し込む広大な草原。

   壁に穴を開けたロクが這い出てくる。

   土煙で汚れたロクが立ち上がり、草原を見渡す。

ロク 「ここが……」

   ロクの背後に立つ人影がロクに話しかける。

レッド 「一人で何の用かな?」

   ロクが振り返り、驚く表情を浮かべる。

ロク 「なんでここに……」

   胸の前で腕を組むレッド。上下ジャージのラフな格好だが、筋肉でパツパツ

   に張っている。

ロク 「レッド‼︎」

N 「正義のヒーロー:レッド」

   両手を広げたレッドが笑顔で戯けるように話す。

レッド 「一人でどうしたんだい? いつもの仲間は?」

   ロクがバツの悪そうな顔をする。

ロク 「そ、それは……」

レッド 「まさか……」

   レッドの表情が不敵で力強いものに変わる。

レッド 「一人で侵略でもする気かい?」

   レッドの姿が赤を基調としたヒーロースーツに変わり、突風が巻き起こる

   (顔はスーツに覆われていない)。その風に吹き飛ばされないよう、ロク

   は腕で顔を覆っている。

   腕で顔を覆ったままロクが叫ぶ。

ロク 「俺は‼︎」

   レッドの顔アップ。不敵な笑みからキョトンとした表情に。

ロクの声 「俺は悪の組織を勘当されたんだ‼︎」

レッド 「は?」

   向かい合って言い合いをするロクとレッド。

レッド 「勘当? なにがあったんだ?」

ロク 「俺もわかんねぇよ!」

レッド 「???」

ロク 「俺が弱いから、って……」

   レッドが腰に手を当て、呆れたような表情をする。

レッド 「じゃあ君はもう悪の怪人じゃないから、人間にも危害を加えないって

     ことだね?」

   ロクが悩むような表情をする。

ロク 「あ……」

* * *(フラッシュ)

   少女の泣き顔。

* * *

   俯くロク。

ロク 「俺は……」

   レッドが優しい笑みを浮かべてロクに手を差し伸べる。

レッド 「改心したなら来い。孤児として保護してやる」

   ロクが歯を食いしばり、手を力強く握り締める。

ロク 「俺、は……」

   レッドが催促するように手を振る。

レッド 「さあ、早く」

   ロクの手アップ。力強く握られた手から血が滴っている。

ロク 「俺は……‼︎」

* * *(フラッシュ)

   住民たちの声。

住民Aの声 「さっさと出ていけ!」

住民Bの声 「あんたらのせいだ!」

住民Cの声 「うちの息子を返してよ!」

* * *

ロクが胸に手を当て、決意を固めた力強い表情で正面を見る。

ロク 「俺は世界征服をする‼︎」

ロク 「もう二度と、不幸な人たちの現れない平和な世界のために‼︎」

   レッドが残念そうな表情をする。

レッド 「そうか……」

   ロク顔アップ。頬に一筋の切り傷が付き、背後の土壁が爆発する。

   レッド上半身。パンチを打ち出した体勢で、拳から煙が上がっている。

レッド 「どんな理由だろうと、世界征服をすると言うなら君を止めなくてはな

     らない」

   ロクが不敵な笑みを浮かべる。

ロク 「止めてみろよクソレッド‼︎」

   レッドが不敵な笑みを浮かべる。

レッド 「かかってこい、怪人ロク‼︎」

   レッドがロクに殴りかかる。

   ロクがレッドの拳を寸前で回避する。

ロク 「あぶねッ!」

   ロクとレッドの拳がぶつかり合う。

   レッドの拳がロクの腹に入る。

ロク 「ぐっ!」

   ロクが吹き飛ばされ、土の壁に激突する。

   レッドがロクに駆け寄る。

レッド 「君の夢はこんなものか⁉︎」

   ロクが俯きながらニヤリと笑う。

ロク 「いや……」

   ロクの手アップ。土壁のロクが触れた部分が砂になっている。

ロク 「まだまださ‼︎」

   駆け寄るレッドの顔にロクが砂をかける。

レッド 「うっ!」

   砂をかけられ目を閉じたレッドの頬を、ロクが思い切り殴る。

   吹き飛んだレッドに、息を切らしたロクが話しかける。

ロク 「卑怯とでもなんとでも言え‼︎ 俺は夢のために手段を選ぶ気はねぇぞ‼︎」

   レッドが立ち上がる。獣のようなギラついた目。

レッド 「ハハ……」

レッド 「そうこなくちゃな……」

   ロクの眼前にレッドの拳が迫る。

   レッドがロクの顔面を殴り倒す。

   地面に倒れたロクが笑う。

ロク 「そう……だよな……」

   ロクが起き上がり、レッドが少し離れる。

ロクとレッドの拳が再度ぶつかり合う。

ロク&レッド 「お前には負けたくない‼︎」


●同・夕方

   夕陽の差し込む草原。空にはカラスが飛んでいる。地面はところどころ抉

   れ、土が剥き出しになっている。

   ボロボロになったロクとレッドが、少し離れてファイティングポーズを取

   っている。

レッド 「ハァ……ハァ……。今までで一番根性キメてるじゃねぇか……」

   ロクが血と痣まみれの顔でニヤリと笑う。

ロク 「生憎、今日は負けたら後が無いんだ……」

   ロクと同じく血と痣まみれの顔で、レッドが笑う。

レッド 「……次で決まるな」

   ロクが目を閉じる。

ロク 「あぁ……」

   ロクとレッドが同時に近寄るように走り出す。

   レッドの拳は空を切り、ロクの拳だけがレッドの胸に入る。

ロク 「オラァッ‼︎」

   レッドが力無く地面に倒れ、その隣にロクが立っている。

   ロクがレッドを見下ろす。

ロク 「ハァ……ハァ……」

   ロクが右腕を空に上げる。

ロク 「やったぞ……」

   叫びながら、ロクがレッドの隣に力無く倒れる。

ロク 「ヒーローに勝ったんだ‼︎」

   ロクの横で倒れているレッドが目を閉じたまま口を開く。

レッド 「君……は……」

   ロクがレッドの方に振り向く。

レッド 「君はこんなに強くなかったはずだ……。君に負けるなんて、考えたこ

     とも無かった」

レッド 「夢を謳う者とそれを阻む者……。最初から勝敗は決まっていたのかな

     ……」

   ロクがレッドをバカにするように笑う。

ロク 「ハハッ! 俺が本当にやりたいことには敵わなかったな!」

   レッドが目を閉じたまま、神妙な表情で言う。

レッド 「……平和のために世界征服するって、本気か?」

   ロクが真面目な顔に変わる。

ロク 「あぁ。親父のやり方じゃ世界征服は出来ても、誰も幸せにならねぇ。だ

    ったら俺が世界征服をして、みんな幸せになれる世界にしてやる」

   レッドが目を開け、空を見上げて笑う。

レッド 「ハハハ……。それはなんとも、世界平和より壮大な夢だ……」

   ロクが起き上がり、レッドを見る。

ロク 「なぁレッド、俺たち協力しないか?」

レッド 「は? 何言ってるんだ?」

   ロクが腕を大きく広げ、空を見上げる。

ロク 「俺の夢は平和な世界征服。で、お前らヒーローは世界の平和のために戦

    ってる。俺たちは協力できるはずだ」

   レッドがキョトンとした表情を浮かべる。

ロクの声 「ま、まぁお前らが仲間なら俺も動きやすいし? 俺の夢のためにっ

      て話だ」

   起き上がったレッドが柔和な笑みでロクを見つめ、手を差し出す。

レッド 「ああ、そうだな。世界が平和になるまで協力、ってことで」

   ロクがレッドの差し出した手を握る。

ロク 「おう! 約束だ!」

   夕陽の逆光で影になったロクとレッドが、強く手を握り合う。



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