第3話 貿易船

「あのーシェルマ様」


「うん?どうしたガリア?」


「どうして私たちは今、船に乗っているのでしょうか?」


ガリア達が今乗っているのは巨大な貿易船である。

最大で500人まで乗船できる大きな船で、魔界ヴァリシアの特産品を大量に載せている。


乗っている人々は行商人が大半を占めており、残りは出稼ぎに行く者や、探検者など一風変わった者たちばかりだ。


本来、ガリア達はそんな貿易船に乗る必要はなかった。シェルマの故郷に向かうなら、馬車を使い、内地を進んだ方が圧倒的に効率的だ。


しかし、今乗っているのは馬車ではなく、巨大な貿易船だった。


そのことをガリアは問いかけると、シェルマはさも当たり前のように答えた。


「そりゃあ、故郷には帰らないからな」


「えっ、しかし、魔王城では確かに、故郷に帰ると」


「あれは嘘だよ。嘘」


「嘘……ですか?」


「ああ、故郷には戻らない。その代わり、人間の国に行くぞ」


「はい!?」


予想外の返答に、ガリアは信じられないというような表情を浮かべた。


「しょ、正気ですか!?人間の国に行くなど、自殺死にに行くようなものですよ!?理由を!理由をお聞かせください!」


「落ち着け、ガリア。まずは冷静になれ」


シェルマにそう言われ、ガリアは深呼吸をし、冷静さを取り戻した。


「申し訳ございません。お見苦しいところをお見せしました。しかし、なぜ人間の国へ?」


「簡単な理由だ。身の安全のためだよ」


「身の安全?」


「考えてもみろ。追放されたとは言え、数時間前までオレは最高幹部の四天王だったんだ。しかも、一番の古株だ。魔王城のことは大体頭に入っている」


シェルマは自分の頭を指でトントンと叩き、続けた。


「だが、そんな機密情報を大量に持っている奴が普通に外を出歩いていたら、魔王城の奴らはどう思う?」


「……魔王城のセキュリティが、危ない」


「正解だ。さすがはガリアだな」


ガリアは褒められたことで、嬉しくなり、少しだけニヤけ顔を浮かべるが必死に我慢した。


「魔王城の奴らにとっちゃ、オレは超危険人物だ。もし、オレが敵対勢力、最悪の場合は人間どもに捕まって、洗いざらい魔王城のことを吐いちまったら、天下の魔王城でも、一夜で攻め落とされるだろう」


魔王城は難攻不落の要塞として知られている。


だが、そんな魔王城にも抜け道だったり、守りの弱い場所がある。そんな急所を全て知っているシェルマが人間に捕まり、魔王城攻略のヒントを吐いてしまったら、その後の未来は容易に想像がつく。次の日には、人間たちが大群になって、魔王城に押し寄せてくるだろう。


「オレだったら、そんな危険人物、すぐに暗殺するか、口がきけない状態にする。当然、魔王様も同じことを考えるだろう。魔王城とその敷地内は、魔族同士の争いが禁止されているが、一歩でも外に出れば……まあ、そのあとは言う必要がないか」


魔王城には不可侵のルールがいくつかあり、その一つが魔王城とその敷地内での魔族同士の争いごとの禁止である。


どうして、こんなルールがあるのかというと、原因は魔族の気の短さだ。このルールが制定される前、魔王城では魔族同士の喧嘩が絶えず、死者が出ることもあった。


そんな状況憂いた先代の魔王が、魔法を使い強制力のあるルールとして、魔王城での魔族同士の争いを禁止したのだった。


「なるほど……だから、私たちはいま、このような格好をしているわけですね」


二人はいま、怪しい厚手のローブを身にまとい、顔すら見えない状態だ。側から見ればどう見ても不審人物だが、誰一人として彼らを気にするものはいなかった。


それは、このローブの機能のおかげである。「不可視の羽織インビジブル・マント」と呼ばれるこのローブは、身につけている者を他者から認識されないようにする効果があった。


「まあ、こんなもので身の安全を確保できれば、簡単なんだがな。流石に限界がある。だからこそ、人間の国に行くんだ」


不可視の羽織インビジブル・マントは確かに、存在の認識阻害に長けたアイテムだが、少し高度な探索系の魔法を使える者ならすぐに看破されてしまう。つまりは、時間稼ぎにしかならないのだが、シェルマにとってはこの時間が何よりも重要だった。


「魔王城の奴らも、流石に人間の国では好き勝手できない。格好の隠れ蓑というわけさ」


「なるほど……しかし、人間の国に行くのは、あまりにも危険なのでは?」


「まあ、それは確かに懸念事項だが……幸い、オレは人間に近い見た目だ。ガリアもそのウロコと尻尾を隠せば、ほとんど人間と見分けがつかないだろ?」


シェルマは魔族の中でも人間と変わりのない見た目をしている。30代の少し細身の黒髪男性という、あまり特徴のない姿から魔族だと判断できる人間はいないだろう。唯一、魔族の特徴である左胸に描かれたドクロの紋章が露呈すれば、魔族とバレてしまうだろうが、見せなければほぼバレることはなかった。


ガリアも平常時ならウロコを隠すことができ、尻尾も小さくすることができた。尻尾は完全には隠すことはできないが、ロングスカートを履けば、バレることはない。しかし、顔が端正なため目立ってしまうが、そこはやむをえないことである。


「当然、魔族だとバレないように最善を尽くすが、それでもバレた時には……ガリア、その時はオレを守ってくれないか?」


シェルマは非力だ。普通の成人男性ほどの体力しない。だから、戦闘になればガリアが前に出て、シェルマを守るしかなかった。ガリアも、シェルマを守ることを苦とは思わず、むしお光栄なことだと考えている。

だから、「守ってくれないか?」と言われた時は嬉しかったが、それと同時に、いい知れないほどの怒りを感じた。


「……もちろんです。しかし……私は許せません……!20年以上もの間、魔王様のために尽力してきたシェルマ様を、最後の最後には、暗殺の対象にするなど……そんな恩を仇で返すような行為……私は、絶対許せません!」


ガリアにとって一番大事なのはシェルマだ。そのシェルマが理不尽な目に遭い

わせられるのは、魔王様とはいえ許せなかった。

自然と拳を握る手に力が入った。シェルマはそんなガリアの手を取り、優しく微笑みかける。


「ありがとう、ガリア。オレの代わりに怒ってくれて。オレはその気持ちだけで、十分だ」


「シェルマ様……」


シェルマは自分自身が追放されたにも関わらず、至って冷静だった。まるでこんな事態がいつか訪れるのを知っていたかのようだ。そんなシェルマに対して、感情的になっている自分が恥ずかしいとガリアは思う。


自分がいますべきことは何か?

それは、シェルマの手となり、足となり、お役に立つことであると、ガリアは再認識した。

ガリアはその場で跪き、改めてシェルマに忠誠を誓う。


「このガリア、必ずやシェルマ様をお守りいたします!」


「ガリア、ありがとう」


二人を乗せた貿易船は波に揺られながら、人間の国へと少しづつ、だが着時に進んでいたのだった。


〜あとがき〜


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最弱四天王の世界革命〜魔王達から「お前は四天王の中で最弱」と無能認定&追放されたので、秘密結社を作って世界を裏から操ります〜 ケニー @warattenaite

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