第2話 別れ

「まさか、こんなあっさりと追放されるとはな」


円卓の間を後にしたシェルマは自分の書斎へと向かっていた。


「さて、これからどうするか?」


今後のことを考えながらしばらく歩けば、自分の書斎の前についた。


中に入ると、机と椅子、そして大量の本が並んだシンプルな書斎がシェルマを迎えた。本はあらゆるジャンルが揃っており、兵法や薬学、心理学など幅広い学問の本を読んでいることがわかった。


しかし、本の量も異常なのだが、それ以上に目を惹きつける存在が書斎にはいた。


「お疲れ様です、シェルマ様」


書斎の奥から姿を現したのは、絶世の美女だった。堀の深い端正な顔立ちで、シルクのような銀髪が腰まで伸びている。目が覚めるようなワインレッドのドレスを着こなせるポテンシャルを持ったスタイルで、多くの男が魅了されるだろう。


しかし、そんな彼女を初めて見る人は別の部分に目が行く。それは、腰から伸びた大きな尻尾だ。恐竜のような大きな尻尾が腰から生えており、クネクネと動いていた。


そして、肘から手にかけて露出した腕の部分は硬そうな赤い鱗で覆われており、鋭利な爪がきらりと光っている。


彼女は魔族の中でも珍しいハーフドラゴンと呼ばれる種族の一人だ。シェルマの側近であり、ボディーガードの役目を担っている。


「ガリア……大事な話がある」


「えっ!だ、大事な話なんて……そんな、いきなりすぎて、心の準備が……」


ガリアと呼ばれた彼女は顔を赤くし、頬を抑えてもじもじと身体を揺らした。どうやら何か勘違いしているらしい。


シェルマはその様子を特に気にせず、単刀直入に言った。


「クビにされた」


「……はい?」


ガリアは何を言われたのか、理解できず目をぱちくりさせる。


「何とおっしゃいましたか?」


「クビにされた」


「誰がですか?」


「オレが」


「……わかりました。詳しい話をお聞かせ願えますか?」


緊急事態が起きていると察知したガリアは一瞬で仕事モードに切り替え、シェルマから説明を受けた。


「なるほど……魔王様の決定ですか」


「ああ、オレはどうやら無能らしい」


「そんなわけありません!」


軽い調子で言ったことだったが、ガリアはそれを強く否定した。そして、すぐに大きな声を出したことを恥ずかしく思い、その場で軽く頭を下げた。


「申し訳ありません。出過ぎたマネをしました」


「いや、気にするな。むしろ、ありがとう。おかげで少し元気が出たよ」


シェルマはそう言うと、ガリアの頭をポンポンと優しく叩いた。ガリアは嬉しそうに頬を赤らめる。


「それで、今後はどうなさるのですか?」


「ああ、そのことなんだが……とりあえず、故郷に帰ろうと思う」


「故郷ですか?確か、シェルマ様の故郷はここから馬車で一週間ほどの、結構な郊外の方だったと記憶していますが」


「ああ、森と畑しかない、辺鄙な田舎町だよ。とりあえず、そこで疲れでも癒そうかと思う」


人間達が住む巨大大陸からかなり離れた場所に位置する、小さな大陸に魔族は住んでいる。


大陸の名は、魔界ヴァリシア。魔王城を中心に様々な魔族が集落を形成した多民族国家のような様相の国だ。


シェルマはそんな魔界ヴァリシアの北側に位置する過疎化が進んだ辺鄙な集落の出身だった。


「確かに、シェルマ様はここ最近、休みなく働かれておりましたし、故郷でゆっくり体を休めるのはとても良いことだと思います」


「ああ。それで、ガリア、悪いんだが君にもついてきて欲しいんだが。どうだろう?」


「そ、それって、つまり、シェルマ様と一緒にシェルマ様の生まれ故郷に行くということでしょうか!?」


「あ、ああ、そうだが……嫌だったら全然断ってくれてもいいぞ?」


「そんな滅相もありません!喜んで!喜んで!お供させていただきます!」


「あ、ありがとう……」


ガリアの凄まじい勢いに、シェルマは苦笑いを浮かべるので精一杯だった。


ガリアとの話を終え、彼女と一緒に荷造りを済ませる。普段、本ばかり読んでいるシェルマの荷物は非常に少なく、荷造りはあっという間に終わった。


シェルマは四天王になってからあてがわれた書斎を感慨深げに眺める。


思えば、この場所で20年間、魔王様のために頑張ってきた。それは作戦立案であったり、組織運営であったり、業務は多岐にわたる。


戦闘能力が乏しいシェルマにとっては、この場所が戦場だったのだ。


そんな場所とも今日でおさらばだ。


シェルマは名残惜しい気持ちで書斎を出ると、7人の美男美女が書斎の外で彼を待ち構えていた。


「お前たち……なぜここに?」


「シェルマ様、話は聞きました。どうか、我らもお供させてください」


真ん中にいる金髪の美女、サーシャがそう懇願するのと同時に、7人の美男美女がその場でひざまづいた。


彼らはセブンスアームズと呼ばれる、シェルマ直属の部下たちだ。シェルマが自らの手で育成した部下たちで、戦闘・探索・暗殺などあらゆる任務をこなす精鋭部隊だ。


「……アナスタシア」


「は、はい!」


端の方で小さく震えている、ピンク色の髪の少女、アナスタシアがびっくりしたように声を上げた。


「盗聴したのか?」


「も、申し訳ございません。ガリア様との会話を盗み聞き、緊急事態だと思って、みんなを呼びました……」


シェルマに怒られると思い、アナスタシアは今にも消え入りそうな声で答えた。直属の上司の会話を盗み聞きするなど、本来は許される行為ではないのだが、シェルマは鬼の形相になるどころか、笑顔を浮かべ言った。


「そうか。全く気づかなかったよ。腕を上げたな、アナスタシア」


「シェルマ様……ありがとうございます!」


シェルマに褒めらたこと嬉しくて、アナスタシアは頬をだらしなく緩めた。


「それで、悪いが、お前たちを一緒に連れて行くことはできない」


「なっ……!?」


まるで雷に打たれたかのような表情をセブンスアームズの全員が浮かべ、目から光がなくなった。


「ああ、もう私たちはシェルマ様のお役には立てないのね……」


「これから何を目標に生きていけばいいだ……」


「シェルマ様と離れるなら、いっそ死んだ方がマシか……」


なんだかおかしな方向に思考が向かっている彼らを、シェルマは慌てて止めに入った。


「ちょっと待て、お前たち……!お前たちのことを別に見捨てるわけではないんだ」


「えっ……」


「いいか。オレは必ず、魔王城に戻ってくる。その時まで、お前たちに魔王城を守っていてほしいんだ」


シェルマは目の前に並ぶセブンスアームズの面々を見渡した。


「お前たちは、今までオレの無茶な命令も確実にこなしてきた。どんなに困難な命令でも、不可能とさえ言われた命令でさえもだ!そんな優秀な部下を持てて、オレは誇りに思っている。断言しよう、お前たちは自慢の部下たちだ」


セブンスアームズたちの目に光が戻った。


「そんなお前たちがオレの不在の間、魔王城を守っていてくれれば、安心して里帰りができる。だから、オレがいなくなった後も、魔王城をしっかりと守ってくれ」


「シェルマ様……、我らセブンスアームズ、この身に代えても魔王城をお守りいたします……!」


「ああ、任せたぞ」


「はっ!」


セブンスアームズたちの絶対に守り遂げようという意思を感じさせる返事を聞き終え、シェルマはガリアと共に魔王城の出口へと向かったのだった。


〜あとがき〜


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