よすが四神の舞
皆の笑い声が聞こえたのか、心配していた旅籠屋の主がやってきた。
「皆さんお揃いで、何かありましたか?」
「おお、主、妖とは、話が付いた故、もうあ奴がこの旅籠屋の客を襲うことはなかろう」
「ほんとうですか? 何とありがたいことか!」
「しかし、妖が長い間出入りしていたおかげで、この旅籠屋の周りは濃い瘴気が漂っていますな。このままでは、又、別の妖が目を付けないとも限りません」
弁慶様が、腕組みをしながら困り顔で言う。
「それは困ります…。何とかならないでしょうか」
旅籠屋の主はションボリと肩を落として、すがるように九条様を見ている。
「其れでしたら、私が、
「おお、よすが殿の舞ならば、この瘴気払いも可能でしょう」
九条様と、弁慶さまとで大きく頷いて言う。
「よ、よすが殿と言うと、都で評判の白拍子のよすが様ですか! なんと、その様なお方がわが宿においでくださったとは、ありがたい! 末代までの誉れでございます」
主は、大喜びで、せっかくの舞なのだから、皆に見せたいと、家のものを集めてくると、いそいそと出て行った。
よすがが白拍子の装束に着替え準備が整った頃、旅籠屋の主がぞろぞろと人々を引き連れてやってきた。
皆が部屋の戸をあけ放った廊下にずらりと座り目を輝かせて待っている。
一体どこからこんなに沢山の人が集まったのかと思ったが、どうやら、他の部屋に泊まる馴染みの客などもいるようだ。
主は、ここぞとばかりに、客たちに自慢したいようだった。
まあ、それで、この宿が持ち直すなら良いことだとよすがは微笑ましく思った。
九条様は、もちろん部屋の隅ではあるが中に御家来衆とちんまりと座り、何時も稽古を眺めていた時の様ににゃまとと並んで座っていた。
よすがは、部屋のちゅおうに立ち、九条様からいただいた藤の扇を手にする。
しっくりと手になじむこの扇は、よすがの護りになっていた。
すっと一歩踏み出して、扇を片手でバッと開くと、それだけで周りから、おおッと感嘆の声が上がった。
そのくらいに、よすがの立ち姿は美しく凛と咲く花のようだった。
扇を翻し、東に振り向くだけで優雅な動作に人々の心が陶酔していった。
青龍(せいりゅう)は 東の門に 雷(いかずち)の 光とともに 天翔(あまか)け来たれ
白き白虎(びゃっこ) 西の守護神(しゅごしん) 黄昏(たそがれ)に 逢魔(おうま)を断ちて 導き給え
暁(あかつき)の 南に朱雀(すざく) はじまりの 焔(ほむら)を揺らし 舞い降り給え
静寂(せいじゃく)の 護りは北に 黎明(れいめい)に 玲瓏(れいろう)つれて これ玄武(げんぶ)あり
よすがの声は凛と響き、扇がひらめくたびに淀んだ空気が晴れていく。
人々は、目に見えないその軌跡を目の当たりにして感じていた。
ふわりと舞い上がった扇は、ひらひらと揺らめきながらよすがの手に戻る。
神業の様なその扇の動きに、人々は幻を見る様に見入った。
翻(ひるがえ)る白い袖と、その周りを自在に飛び交うように舞う扇の
やがて、よすがの舞が終わるころには
この旅籠屋は、本来この地方では名高い旅籠屋だった。妖のお陰で、お客の足が遠のき潰れる寸前だったが、又にぎわうだろう。
旅籠屋の主夫妻は涙ながらに感謝を言い。
大津の新鮮な焼き魚は身がしまっていてぷりぷりして、今まで味わったことのないおいしさだった。
また、貝のお吸い物は、ほのかに貝の甘さが漂い、なんともいえない出汁が効いていて、富さんや福さんにも負けないいい味をだしていた。
さらに、まだ早い季節なのに甘くて、ほくほくした焼き栗に舌鼓を打った。
酒をふるまわれ、皆ほろ酔い気分で、明日からの旅に備えて休もうということにした。
最初の予定通り、にゃまとと、九条様、よすがの三人で一部屋になる。
にゃまとは張り切り、よすがを守ると、窓際を陣取り、それでは入り口を守ると、九条様が部屋の入り口を陣取る。
よすがは真ん中に護られて休むことになった。
布団に入る直前まで、九条様はもじもじして、よすがに訊ねる。
「本当に私が同じ部屋にいてもいいのですか…? その…」
なんだか煮え切らない言い方をする。
よすがは、九条様が何を言おうとしているのか分からずに旅に出る前に、福さんや富さんに教わった話をする。
「旅と言うのはそういうものなのでしょう? 宿が取れなければ、野宿することもあるし、大部屋で他人同士でごろ寝もあると教わりました」
「野宿などとんでもありません! よすが殿にその様な不自由は決しておさせいたしません。やっぱり、もう一部屋用意してもらいましょう」
「それはだめにゃん! 九条様は、入り口を守らにゃいと駄目にゃん」
にゃまとは、九条様が、よすがを守ることを放棄するのかと憤慨している。
「殿、古狸はいなくなりましたが、もしかしたら、別の何者かがいるやもしれません、ここは、よすがさんの為にも、殿がご一緒するのがよろしいかとおもいます。なんなら、わたしめが、代わりのお守りいたしましょうか?」
「い、いや、それはならん! よすが殿が私以外の男と相部屋など見過ごせるものではない!」
よすがは富さん福さんに色々聞いてきたので古着を寝巻代わりに持ってきていた。
眠るときはその着物に着替えて眠る。
余りくつろげないが、旅の間の辛抱で、これも精神修行の一つと考えていた。
なので、男性と相部屋なのもあまり意識していなかった。
意識していたのは九条様だけのようだった。
旅の疲れもあり、護られてるという安心感もあり、よすがは布団に入ると直ぐに死んだように眠ってしまった。
翌朝目覚めると、九条様も、御家来衆もすでに起きて身支度を済ませていた。
「私が一番遅かったようですね。申し訳ありません皆さまをお待たせしてしまって」
「良いのです。旅になれないよすが殿には、ゆっくり休んでいただきたかったので、あえて起こさないようにしていたのです」
「お心遣いありがとうございます」
「実は、我々は、昨夜の狸におこされましてな」
「まあ、又何かしでかしたのですか」
「朝帰りの狸がですな、嫁を二匹も引き連れて、挨拶に来たのですわ」
「早速二匹も!?」
「動物の世界は強いものがもてるようで、中々やりますな」
「それで、盗んだ金品をもういらないからと、返してきたそうで、旅籠屋(はたごや)の主も驚かされていました。まあ、これで泥棒騒ぎも一段落と言うことです」
「そうですか、良かったですね。旅籠屋の主人は、盗まれたお金を、旅の方に弁償していらっしゃったんですね。苦労が報われましたね」
白拍子よすがと式神にゃまとの妖日記 水花光里 @suikahikari
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