第7話 戦闘
未奈美と話し込んでいる間にいつしか時は経っていて、夕焼けが消えかかっている頃に皆が起き始めた。
それから皆は何かの支度を始めている。キャンピングカーで向かっていた場所と関係があるのだろうか。
俺は未奈美に訊いた。
「そういえば、結局どこに向かってたの?」
「目的地は特に決まってないんだけど、さおりん
「やっぱりここで暮らしてるんだ?」
「うん、その方が安く済むってさおりんが言ってた」
確かに車の中以外で外泊となるとホテルを使うことになるが、その代金を毎夜毎夜と考えると車中泊が妥当に思える。
「待って、お金って一体どこから出てるんだ……?」
成人しているのは鷹木さんだけ。その鷹木さんがキャンピングカーを運転する役割上、働き稼ぐ時間は無さそうに見えるのだが。
「私はこう見えて優秀な社員で儲かっていた企業に勤めていたからな。それに加えて親も太かった。結婚後のために、両親がたくさん貯金してくれていたのだが……まさかこんなことに使うとはな…………」
始めは自慢するように揚々と話していたのにもかかわらず、段々と鷹木さんは姿勢を低くしていき、最終的には壁にもたれて大きく息を吐いた。
何か詮索してはいけないのだろうと俺は直感的に引き下がった。もうこのような話を鷹木さんの前ではしないよう心掛けるとともに、話題を変えるため未奈美に別の質問した。
「今からどこに行くの?」
「風呂だよ、お風呂行く準備してるの」
「お風呂?」
「そうだよ。伶衣くんも行くよ」
「うん。…………はいぃ⁉」
特に変わった返答ではなかったので軽く返事してしまった。だが、よくよく考えてみればとんでもないことだ。
今の俺は見た目女の子。事情を説明しようにも、女の子になってしまったので男湯を使わせてください、だなんて意味不明で支離滅裂で信じてもらえるわけない。というか体が女の子な以上男湯に行くのも嫌だ!
つまり、俺は女湯に行かなければならなくて……ここにいる皆と一緒の場所で風呂に入るわけで、それはその、裸の状態でって……。
想像してしまった……皆の裸姿を想像してしまった……。とてつもない羞恥心と罪悪感に苛まれてその場でうずくまっていると、上から香純の声が優しく降りかかってくる。
「伶衣、君はもともと男であったのだから平静でいられないのは理解している。だが、私たちの目には君は女性にしか見えない、他の人の目であっても同様だ。それに君はもう悪魔とは無関係に暮らせなくなっている。もし君に何かあったとき、私たちがいないと何もできないだろう?」
確かに、俺は悪魔に対して無力だ。あの時だって、怯えて怖がって立つこともままならずに、何も抵抗できないまま危うく殺されかけるところだった。未奈美が駆けつけてくれなかったら……俺は間違いなく死んでいた。
「ていうか……法を犯さず女湯に入れるなんて、こんな貴重な体験男の子に戻ったら二度とできなくなっちゃうよ?」
羽唯はわざわざしゃがみ込み、俺の耳元で意地悪な笑みを浮かべながら言う。
「――べっ……別にっ嬉しくなんて思ってない!」
睨みつけて即反論した俺だったが、羽唯の表情は変わらず人をおちょくるときのものだった。眼鏡の奥の瞳が
「え~? うち、嬉しいなんて一言も言ってないけどなぁ? 伶衣ちゃんにとっては嬉しいことなのかなぁ~?」
「ぐっ……!?」
思わず変な声が出てしまった。墓穴を掘った俺は羞恥心マックスに達しそうで今にも爆発してしまいそうだった。
だが羽唯は攻撃をやめない。艶めかしい吐息がかかるほど俺の耳元まで口を近づけると囁いてきた。
「やっぱり、男の子ってみーんなエッチなんだね~? 伶衣ちゃんはうちたちの体に興味があるみたいだけど、うちは伶衣ちゃんの体に興味があ――」
「羽唯、少しからかい過ぎだ」
香純が首根っこを掴んで羽唯を俺から離した。羽唯はじたばたと反抗しようとするが、香純には大して意味はなく簡単にソファへ投げ飛ばされていた。
「ちょっと香純! やめなさいって、ここから面白くなるところなのにっ!」
香純はこめかみを押さえながら俺の方へ向き直る。
「このバカは私が見張っておく。君はゆっくりと風呂に浸かっているといい」
「あ、ありがとう」
そう俺が感謝の言葉を香純に伝えたときだった。
「あ……」
突然陽菜が声を出した。普段無口な彼女が無意味に声を出すとは思えない。自然と車内は静まり返り陽菜を注視していた。
彼女の体が硬直し、目をつぶって、何かに意識している様子。
やがて……彼女は腕を、手を、指を伸ばしてさし示した。
「あっちから反応があった……。多分、一体だけ……」
「反応って……」
先ほど陽菜が所有する能力の説明を受けていたから理解できた。彼女の指す方向に悪魔がいる。
「郊外を選んで正解だったか……」
鷹木さんは独り言のように小さく呟いた。
そう遠くない場所に悪魔がいると分かった途端、俺は体が僅かに震えて平素と同じ状態ではいられなかった。
もしかしたら、その悪魔によって既に亡くなった命があるかもしれない。俺たち以外の人には悪魔の姿が見えないから、訳も分からず見えない何かに襲われて殺されているかもしれない。
想像しただけで心臓の鼓動が早くなっていくのが感じられた。
だが皆は慌てた素振りを見せず、冷静に行動していた。鷹木さんは俺の肩に手を置くと指示する。
「未奈美と香純の二人で悪魔を迎撃し、羽唯が後方から救護として向かう。残りの私たちは車内で待機。だが万が一の場合は私たちが救護に行く。伶衣、わかったか?」
「あ、はい……!」
深沈たる声で我に返ると慌てて返事をした。
「じゃあいってきます!」
未奈美は自信に溢れた声音で言い置いて敬礼して車から飛び出し、香純と羽唯も後に続いていった。
俺はつい車の外まで出て彼女らの後ろ姿を見守る。日が落ち夜風が吹く外は肌寒い。それでも、彼女たちが見えなくなってからも車内へ戻れずにいた。
「心配か?」
後ろから鷹木さんが腕を組みながらこちらを見ていた。
「はい……」
心配に決まっている。魔女には悪魔と戦える力があれど、安全だとは到底思えない。
悪魔が人をどう扱うか、事例を二つ知っている。彼女たちには同じ目に遭ってほしくない。特に未奈美は……。
「伶衣」
鷹木さんはソファに腰掛けると、お前も座れ、と言わんばかりに隣を叩く。俺はそれに従う。既に座っていた陽菜が鷹木さんの膝の上に場所を移してから、やや時間があいた頃。
「どうして私には、あいつらみたいに戦える能力がないんだって毎回考えてしまう。もっとも考えて答えが出るようなことじゃないんだがな。私たちがやれることは精々願うことぐらいしかないんだ。だったら心配するんじゃなくて、あいつらが無事に帰ってくる姿を想像するほうが精神状態が安定すると思うんだが……」
鷹木さんは首を傾げて悩ましげに頭を掻きむしった。
「どうだ? 少しは気が楽になっていたら甲斐があるんだが、如何せん私にはお悩み相談の才能がないらしいからな……」
「いえ、ありがとうございます。ネガティブなことを考えても仕方がないですよね」
未奈美は一人で複数の相手をしても動じなかった。きっと死んだ家族のためなら、こんなことは何でもないんだ。
今回は香純も羽唯もいて、相手は一体だけ。不安になる必要なんてなかった。
「……お世辞を言えるとは良くできた子だな」
照れ隠しなのか、鷹木さんはそっぽを向く。
「よし伶衣、陽菜の手を握ってみろ」
「はい?」
唐突にそんなことを言われて思わず聞き返してしまった。
「陽菜の体に触れている間は彼女を介して彼女自身の能力を体験できる」
「すごい、ですね……」
陽菜は俺へ手を向けた。その小さな手の先に触れてみると――
『もしもーし、伶衣くん聞こえてる?』
頭の中に未奈美の声が響いてきた。
「……未奈美⁉」
『どうやら伶衣にも聞こえているらしいな。陽菜の能力は必須だから、今のうちに慣れておいた方がいい』
「香純まで⁉」
『うちもいるよ~』
ただ彼女の手に触れているだけで、三人の声を不自由なく聞き取ることができる。凄い力だ。
『で、陽菜。悪魔の位置はどこだ?』
「まだ真っ直ぐ行って、右側」
陽菜の索敵能力と通信能力をふんだんに使用し、ここを司令塔にして前線に指示を送る形だ。
本当に俺はやることがない。
だから、平穏無事に悪魔を倒せるよう祈っていた。
魔女の行く末 利零翡翠 @hisui_hisui
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