第2話 君は一体……?

 今から、心のなかで3秒数える。

 もし彼女に心が読まれている時の対策に、3秒ではなく2秒数えたらすぐさま逃げよう。

 幸い、彼女はまだこれに気がついていないようだ。


「3……」

  

「私だってさ、まぁわから無くもないよ? 君たちくらいの頃は妙に恋愛感情? ってものがすきだったからさ〜」


「2……」


「でもでも〜、だいたいそういうのって時の流れっていうか。勝手に終わってるものなんだよね〜。うぅ、儚いなぁ」


「1……今だっ!」


 予定していた2秒が経過し、ぱっと後ろを振り向いて全力疾走で駆け出していく。

 中学校の体力測定で、50メートル6.8秒の快速がここで役立つとは。

 心の奥底ではどこか馬鹿にしていた学校の授業も、これなら捨てたもんじゃないなと感謝する。

 

「体育の松山先生。これならどうにか逃げられそうですっ」


 見えてきたのは1筋の光。

 木と木の隙間に薄っすらと見える森を抜けた後の景色。

 あそこまでいけばゴール。

 逃げ切れたも同然。

 しかしモンスターに噛まれた足が痛む。

 それでも、最後の力を振り絞って走り抜け。

 生きてまた、あの家に帰るんだ!

 

「うおおおおおお!」



 僕は、森を抜けること成功した。

 だが、ぬか喜びとはまさにこのことだろうか。

 飛び出した先に待ち受けていたのは、断崖絶壁の崖。

 地面が途切れているとわかっても、全体重を乗せた前傾姿勢で走っていては止まることなど出来ない。

 僕はただ、物理法則に従うままに落ちていった。

 

「――ちょっとまってくれ〜!」


 もう終わりか、そんなことを考えていた時、鋭い風の音と共に声が聞こえてきた。

 誰の声も聞こえるわけのないこの状況、これが走馬灯というやつだろうか。

 僕はもう、死ぬのだろう。

 

「あぁ、悔いはあるけどもいい人生だった――」


「ちょっと、なに勝手に死のうとしてるんだ! ほらこっち向いて、手を伸ばして!」


 短い人生に終止符を打とうと、諦めかけていた時。

 彼女の姿が脳裏に焼き付く。

 それがなぜだかはわからないが、ただ、彼女に届くように懸命に手を伸ばす。

 たとえ風圧に負けて半目になっても、これが僕の運命を大きく変えてしまう1手だとしても。


 届け

 届けよ

 届けーー


「届いたっ!」


「うん! ……ほら、恐れずに目を開けてみて? どう、綺麗でしょ? これが私の世界”モーリエナ”の幻想。君が今見てるのは夢の世界だよ、融一。」


「え? なんで僕の名前を知って――」


「そんなことどうでもいいよ! いこ? 私達の世界へ」


 突然現れた彼女。

 わけもわかりもしない世界で。

 どうやら僕は、今日から生きて行かなくてはいけないそうです。


「そういえば、君の名前って何なの?」


「私……? 私の名はリーシア、リーシア・ダギガロスだっ!」


「じゃあ、これからはよろしくねリーシア!」


 いつの間にか、彼女に感じた恐怖心はすでになくなって。

 今はもう、ただ隣で見つめていたい。

 それだけが、僕の心に残っている唯一の――

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君が夢を語るから 神無月 雄花 @kannazukiYuka

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