第1話 ここは異世界?

「ん、んん。ここ……は!?」

 

 次に目を開けたのは、とても幻想的な場所。

 雰囲気がジメジメしていて、空が淡い紫色に色づいている。

 たくさんの木が生い茂る周囲には、見慣れない花ばかりが咲き誇っていてなんだか興味深い。

 とくに気になったのは。


「――なんだこれ? ウツボカズラの1種か?」


 ウツボカズラとは元来、落とし穴方式で虫を捕まえて食べるといった食虫植物のことである。

 このよくわからない場所にも、少しは知っているであろう物があって安心した。


「それにしても、ここはどこだ?」


 確か、僕は今、謎の腕に連れ去られてここにいるのだった気がする。

 というのも、あまりの恐ろしさからか記憶が定かではないのだ。


「とりあえず歩いてみるか……」


 右も左もわからない場所で、まずは空に浮かぶ月を目印に進んでみる。

 なぜなら、月は宗教上でも大事にされることが多い物体。

 この世界にもそのような宗教があれば、教会の1つや2つはあるだろうと思ったからだ。


「……カプッ」


「カプッ? ――痛い!」


 右足のふくらはぎに、突如加わった激痛。

 辺りの植物などは1通り見てきたが、人に危害を与えるような物はなかったはず。

 恐る恐る確認した右足にいたそれに、僕は悲鳴を上げてしまった。


「なっ、なんだこいつ!」


 痛みの正体は、先程のウツボカズラだった。

 いや、これはウツボカズラなんかじゃない。

 幼い頃に、おとぎ話で聞いたことのある植物型のモンスター。

 まさか、こんな形で童話世界を体験することになるとは夢にも思わなかった。

 

「離れろ〜! 離れろよ〜!」


 左足で思いっきり踏み潰しても、そのモンスターが離れる気配は無い。

 今朝の異状事態といい、今のこれといい、一体何が起こっているんだ。

 僕が何か悪いことでもしたのか?

 強い痛みによる生存本能からか、いつもより早く思考が周る。


「そんなことより解決策を考えないとやばい!」


 そうこうしている内に、出血量も馬鹿にならなくなっていた。

 なんでも良いから早く打開策を見つけないと、このままじゃ僕の命が危うい。


「――あれだっ!」


 咄嗟に見つけ出したのは、約10メートル先にある大きな岩。

 あそこにモンスターをぶつければ、その衝撃で離れるかも知れない。

 可能性は低い、というかなんとも合理的でない策だが、今はとにかく藁にもすがりたい。

 そんな思いに駆り出された僕は、目的に向かって走り出した。

 大きく踏み出した1歩目を基準にして、どんどんと加速していく。

 

「喰らえっ!」


 走る勢いを殺さないように、軸足で回転しながらモンスターのついた足を回す。

 おおきな岩に頭からぶつかったそれは、ふらふらとしながら倒れていく。


「やった……やった! 僕がモンスターを倒したんだ!」


 僕は、見知らぬ土地での始めての喜びに、心が飲み込まれた。

 今なら何でも出来る。

 そう思わせるほどの大きな達成感と、高揚感がどこからかやってくるのだ。

 だが、その喜びも束の間。

 先程の教訓から学ぶに、ここは喜ぶべきところではない。

 また次、どこからモンスターが襲ってくるのかがわからないからだ。

 

 しかし、僕は油断してしまった。


 背後から迫るその気配に、気がつくことが出来なかった。


「へ〜君、やっぱりやるねぇ〜! ちょっと惚れ惚れしちゃった……かも? なんちゃって〜」


 どこからともなく現れた、人間の形をした何か。

 ツルツルでなめらかそうな白い肌に、日本人では見かけることはない紺碧の瞳。

 そして、黄金の長髪を携えた彼女。

 月夜の権化のような美しすぎる姿に、僕は開いた口が塞がらなかった。

 だが、それと同時に感じてしまった。

 身を包むほどの恐怖を。


「――どうしたんだい? そんな間抜けそうな顔を晒して……。あぁなんだ。私に見惚れていたんだね、これは失敬」


「……誰も見惚れてなんかっ!」


「顔に出てるよ? ひと目見て惚れちゃいましたって〜。クスクス」


 今は適当な言葉を並べているだけだが、

 そう本能が告げている。

 颯爽と逃げ出さねば、僕はこいつに殺されるだろう。

 なぜあんなモンスターを倒したくらいで喜んでしまったのか、僕は酷く後悔をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る