第2話 修学旅行

 立花瑞穂がクラスメイトになってから1年がたち、僕たちは6年生に進級していた。

 あの日以来、変わったことといえば朝の集団登校の先頭が僕になり、最後尾の彼女と下級生の子たちを引き連れて学校へ向かうことになったくらいだ。

 彼女は持ち前の明るい性格で、すでに形成されていた女子グループの輪の中にすんなりと溶け込んでいた。

 女子だけでなく男子からも人気があったようで、聞いた話では、この1年の間に数人の男子に告白され、全て断っているようだった。

 僕はといえば、学校に通う以外は平日も土日も関係なくソフトボールチームの練習や試合に明け暮れ、練習が休みの日は小学生向けの英会話塾に通う、いつも通り忙しい毎日を過ごしていた。

 僕と彼女の接点といえば、朝の集団登校くらいで、放課後一緒に帰ったり、遊んだりする機会は無かった。

 そんなこんなで日々は過ぎていき、気づけば小学校行事の中の一大イベントの日が近づいていた。

 そう、修学旅行である。

 今年の修学旅行は去年通り、京都や奈良で歴史的な建造物を見て回り、最終日は大阪の大人気テーマパークへ行く、一泊二日の旅程となった。


 そして修学旅行当日−−−


 各組ごとに大型バスが用意され、校門前の道路には5台のバスが待機していた。

 僕は仲の良い友人の稲津圭太いなづけいたと二人席に座りバスの出発を待った。

 担任の先生が点呼を取り、簡単な注意事項の伝達が行われると、バスは唸りを上げて発進した。

 バスが発進すると、運転席の近くに立っていたのは担任ではなく、バス会社の制服を着た20代の美人女性がマイクを持って自己紹介を始めた。

 「やしろ小学校6年2組の皆様、はじめまして」

 綺麗な女性が話し始めたことで皆の注目は再びバスの前列に移っていた。特に男子連中は「おぉ」という心の声が漏れ出ていた。

 「俺らのバスガイド当たりやな」と圭太も口にし、綺麗な人には違いないので僕もその言葉に同意を示した。

 「この2号車のガイドを担当します、都村瑞穂です。今日から2日間よろしくお願い致します」

 偶然にも、そのバスガイドさんは僕の名字と立花の名前を持つ人だった。

 これではまるで−−−

 「結婚してるみたい!」

 今度は通路を挟んだ隣の席の秋本鈴花あきもとすずかが僕と立花を見ながら声を上げた。

 「ちょっと、やめてよ鈴花」と後ろの席に座る立花が小声で秋本に訴えかけていた。

 僕はというと、心の奥底の照れを無表情で抑え込み、ニヤニヤしながら肘で脇腹をつつく圭太を無視していた。

 そんなこんなで車内が盛り上がる中、バスは北陸自動車道を米原方面に入り京都へ向かっていた。

 そして途中の休憩ポイントのサービスエリアに立ち寄ると、バスの中は席替えしたかのように配置が変わっていた。

 僕と圭太はバス後列の男子連中の集団に加わり、立花や秋本たち女子グループは前列に移動していた。

 バスが再び発車し、僕は圭太やクラスメイトとトランプや指スマしながら遊んでいた。

 ちらっと前列の様子を見ると、秋本たち女子グループとバスガイドの都村瑞穂が話しているところだった。

 すると秋元が僕に気づき、ニヤッと笑うとコソコソ話をするように何かをバスガイドに伝えて、再び振り向くと今度は僕に指を指していた。

 僕は咄嗟に顔を引っ込めた。

 おそらくは、さっきの名前のことだろう。

 僕と立花のことは、バス前列ではおもちゃにされているんだろうなと思い、その渦中の立花には少し憐れみを覚えた。

 

 京都に到着すると、金閣寺や平安京跡などの名所を回り、夕方には奈良県の五重塔を見学し、市内のホテルに入った。

 ホテルでの食事や風呂を楽しむと夜は1時間の自由行動が許された。

 実はホテル前にお寺があり、そこで屋台の出店が開かれていた。

 屋台といっても食べ物は売っておらず、かんざしや小さい木製彫刻といった小物を売る出店が5つほど並んでいる程度だった。お祭りという感じではなく比較的静かな雰囲気だったので、もしかすると定期的に開催される夜市だったのかもしれない。 

 非日常的な空間ということもあり、各々少ない財布の中身と相談しながら買い物を楽しんでした。

 僕も家族への土産物をと思い、パワーストーンと書かれた数百円のブレスレットを買った。(余談だが、出店で木刀を買おうとした圭太が先生に怒られるという修学旅行あるあるを披露していた)

 出店の数が少ないこともあり、すべての店を見て回っても時間が余ってしまった。

 どうしたものかと悩み、ホテルの部屋へ戻ろうとした時、女の子に声をかけられた。

 その声の主は立花だった。

 「これ、あげる」

 そう言うと立花は鹿のイラストが描かれたシャープペンを手渡してきた。

 「友達用に買ったんだけど、1本余っちゃって」

 失敗しちゃったと苦笑いを浮かべる立花。

 お風呂上がりでジャージ姿という普段と違う雰囲気だったことと今朝のバスのこともあり、少しドキッとした。

 ペンを受け取ると、立花はバイバイとホテルへ戻ろうとした。

 その時、何故かは分からないが、このまま帰すと後味悪いと感じ、ちょっと待っててと立花に声をかけると小走りでさっき買ったブレスレットの店に戻った。 

 再び立花のところに戻ると、立花は頭上に?を浮かべながらも僕のことを待っていてくれていた。

 「はい、これ」

 僕は彼女に鹿のキーホルダーを渡した。

 「え!?」と驚いた彼女は、すぐに申し訳無さそうに顔を伏せてしまった。

 「私の間違いで押し付けちゃったんだから、お礼とかいいのに。むしろ、なんかごめんね」

 その言葉に何故かムッとした感情が込み上げてきた。

 「お礼じゃない。立花に渡したかっただけ」

 その言葉は考えるまでもなく、自然と口に出していた。

 ポカンとする立花を見て、急に恥ずかしさが込み上げてきた。

 じゃあねと声をかけ、僕はいそいそとホテルへ戻った。

 ホテルへ戻る途中、後ろから声が聞こえた。

 「ありがとう!おやすみ!」

 後ろを振り返ることはしなかったが、その声だけで立花が笑っていることだけは理解できた。

 僕は右手を上げて声に応えるとホテルの部屋へ戻った。

 その夜、僕は寝つきが悪かった。

 

 そして翌日のテーマパークで皆はしゃぎ過ぎて帰りのバスが静まりかえっていたのは言うまでもない。

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