少子化怪作~彗星寺(すいせいじ)ソラは千差万別~

渡貫とゐち

切羽詰まった?

 生まれて初めて彼女ができた。

 しかも相手はトップアイドルの彗星寺すいせいじソラちゃんだ。


 真っ白な肌、水着からこぼれ落ちそうな胸を見せた写真集は、今年最も売れた写真集として有名だ。彼女の歌声も多くのファンを魅了する。彼女のパフォーマンスを見てしまえば、他のアイドルに目を向けるのが勿体ないと感じるほどだ。

 元々はグループの中のメンバーの一人だったが、圧倒的にセンター過ぎて、他の子が同じメンバーというよりも、バックダンサーだと思われてしまうような隔たりが生まれてしまった。


 結果、彗星寺ソラちゃんはソロとして独立し、彼女が抜けたグループは人気が低迷し、やがて解散してしまった――しかしそんなことを話題に上げさせない彼女の多岐にわたる活動は、老若男女を魅了し、ファンにしてしまう――。

 アンチがいないわけではない、アンチもやがてファンになる……全てを自身の腕の中に取り込む彗星寺ソラちゃんは、全国民が認めるスターである。


 だから、そんな女の子が彼女になったら……いくらカップルという存在を毛嫌いしている僕だって、手を出してしまう……。彼女となら、いい――結婚してもいい。


 子供を作ってもいい……今後、どれだけ大変なことが待っていようとも、僕はソラちゃんのためならば頑張れる!!



「ソラちゃん、髪切ったの? 結構大胆に、ばっさりと切ったんだね……」

「似合わない?」

「そんなわけない! 可愛いよ、とっても……っ」

「ふふ、ありがと」


 舞台に立っている時のソラちゃんの髪は、腰まで伸びていた。

 激しいダンスを踊ることで綺麗な黒髪が揺れたり、舞ったりする姿が美しかった……けど、今の彼女は肩までばっさりと切ってしまっている……、もちろん、これも似合うのだ。


 これはイメージだけど、長い髪の時はアイドルで、短くすると、一気に彼女というか、人妻感が出るというか……。


 髪の長さと言うよりも、これは単純に以前と違うから、立場の変化がはっきりと見えやすくなったのかもしれない。


 ……僕が「短い方も見てみたい」と言ったから、大切な髪を、こうもばっさりと切ってしまった……そのことに後悔がないと言えば嘘だ。

 見たいだけなら、スマホのアプリでいくらでも確認できたはずなのに。

 でも、僕の一言ですぐに切ってくれたことは、嬉しい。


「ソラちゃんは良かったの? 髪を伸ばすのって、だって大変でしょ?」

「うーん、まあね。でも、君が見たいと言うのなら。髪くらい、いくらでも切ってあげるよ」

「ソラちゃん……っっ!!」


 思わず隣のソラちゃんを抱きしめてしまった。

 そのままソファに押し倒す……彼女も受け入れ、優しく僕の頬に口づけをしてくれた。


「ふふ、幸せだよ、旦那様」

「うん、僕も――とっても幸せだ、ソラちゃん」




 一ヵ月前、僕の前に現れた黒服の男がこう言った。――少子化対策だと。


「どうして結婚しないのかね? 彼女も作らない理由でも?」


「……大変ですからね。それに、作れる立場で『作らない』ことを選んだわけではないですから……、僕には作れません。仕事もしないでアイドルヲタクをしている僕なんかと、付き合ってくれる女の子なんているわけが、」


「なら、いれば、君は少子化対策に貢献してくれるのだね?」


「……僕の好みの女性を用意してくれるということですか? だとしても、相手の気持ちがあるでしょう、お金を積んで構築された関係性なんて長続きしませんよ。僕が死ぬまで付き合うという契約だった場合、殺す理由を与えているようなものじゃないですか……。パートナーに殺されるかもしれない恐怖に怯えて生活するのは、もっとつらいです」


「その心配はないよ……君に与える『彼女』は、クローンだ。そんな考えを思いついたりはしないさ」

「それでも」


 クローン……、少子化対策とは言え、人類の禁忌に触れるほど、切羽詰まっているのだろうか?

 自由自在に頭の中をいじれる女の子なら、確かに僕を好きになってくれるかもしれないが……、結局、それってゲームの設定と同じなのではないか。

 僕のことが好き、と設定して、その女の子と付き合う……? 悲しくなってくる。

 惨めだろう。


「……悪いですけど、お断りします。僕にだって、塵ほどのプライドがあるんです」

「クローンに忌避でもあるのかね? クローンは人間じゃない、と差別するのか?」


「そういうわけではありませんが、赤ん坊に、自分のことを好きになるのが常識なんだよ、と教えている気がして……。ずるいというか、そうまでしないと彼女ってできないのかなって――自分が嫌になります」


「ふむ。まあ、分からないでもない。ただ安心してほしい、頭の中をいじることはしないさ。できるだけ本物を忠実に再現する……。ただ、君への嫌悪感を失くすだけだ、好意を植え付けたりはしないから……そこから先は君の努力次第で変わると言っておこう」


 クローンということは、もちろん元となった人がいるのだ。

 今更だけど、その人のことを気に入らなければ、難しい話でもある。

 どうせなら、好きな子のクローンが彼女になってくれるなら嬉しかったけど……。


「できるよ――君が望む女の子を用意しよう」

「へ?」


「決まった素体からクローンを生み出すだけでは、当然、好みに合わないと言う男性がいることも事実だ。だから申請した女性のクローンをこちらで準備し、記憶を引き継ぎ、申請者への嫌悪感を排除した上で送り届ける……――ああ、クローンの戸籍についてはこちらでやっておくから君たち参加者が気にすることはない。君たちは正直に好きな子を申請し、参加金を受け取って、用意された新しい家で待っていればいいだけだ――」


 申請用紙を渡された。

 ネットからでもできるらしいが、形として残すことで事実であることを強調しているのだ。

 確かに、怪しいが…………ちゃんとした人なのだろう。

 国がやっている計画プロジェクトだ。


「君たちから、なにかを頂くことはない……、たった一つの条件はあるが。……これは少子化対策だ――最低でも二人、可能であれば三人は産んでもらいたい――」

「……それは……産むのは、相手おんなのこですからね――」

「子育ては君たちの仕事でもあるだろう?」


 こんな僕でもできるだろうか。子供を育てるなんて……、ゲームとは違うんだぞ?

 大変なことばかりだろう。同じくらいに楽しいことだってあるだろうけど……想像ができない日々だ。怖さもあるけど、でも――。


「あの、クローンの、相手なんですけど……」

「ああ」

「……芸能人でもいいんですか?」




 そして、僕の元へやってきた彗星寺ソラちゃんは、である。


 本物の彼女はテレビの中、旅番組で常夏の島に訪れており、きわどい水着を着て楽しそうに泳いでいる。


 いつものようにその映像を見ていると、ばあっ、と僕の視界の前に彗星寺ソラが現れた――クローンであり、僕の彼女であり……奥さんである。


 テレビの中の長い髪は、ばっさりと切られて、短く肩で揃えられている……可愛さは衰えることを知らないようだ。


「これ、浮気かなー?」

「違うよ、テレビの中の彼女も君みたいなものだろ? これはあれだ、ホームビデオをみたいなものだよ」

「ふーん……、ああいう水着が好きなの?」


 と、言われてしまえば、違うとは言えない。もちろん好きだ、どんな水着でも、どんな君も。


「ねえ旦那様、買い物にいかないと。冷蔵庫の中、なんにもないかも」

「ん、そうだね――じゃあいこっか」


 僕たちは手を繋いで、国から与えられたマンションの一室から出る。

 エントランスで見かけたのは、同じフロアの知り合いだった。


 軽く頭を下げて挨拶をする。すると向こうも挨拶を返してくれて……そして、彼の隣にいたは、ツインテールだった。


 外に出る。

 夏が近づいてきた。ソラちゃんと一緒にプールにいける日も近い。


「旦那様、腕を組んでもいーい?」

「ああいいよ。人混みの中に入ったら、絶対に離れないでね――ソラちゃんの場合、目で見つけるのは難しいから――」



 少子化対策の参加者は多いようだ。

 みな、彼女を作らなかったのは理想の女の子がいないから――加えて、その後の資金と生活に不安があったからだ。しかしその二つが、解決へ九割ほど近づいてくれているなら、あとの一割くらいは、自分たちで負担する……、それくらいはしないと、後で罰でも当たりそうだった。


「えーっ? 私だってこと、見抜けないんですか?」


「髪型である程度は絞れると思うけど……それでもやっぱり難しいよ。みんな『ソラちゃん』なんだから。ショッピングモールにいったら、全員とはいかないまでも、八割以上がソラちゃんを選んだ男性とのカップルや夫婦ばっかりだし――」


 そう、少子化対策の参加者が申請した、望む女の子のクローン……――中でも彗星寺ソラが、ダントツで一位だった。


 この子のクローンしかいないのではないか? と思うくらいに。

 だから町を見ればソラちゃんばかりである。

 右も左も前も後ろも、僕の腕の中にもソラちゃんがいて……。


 髪型や服装で個性は違うけど、その魅力は、やはり差がないのだ――

 まあ、僕のソラちゃんが一番可愛いけど。


「女性の参加者も、多少散ってはいるけど――望んだクローンの男性は、やっぱりイケメンアイドルだし……、上限がなければみんなこぞって一番上を狙いにいくよね……」


 どうせなら。

 手が届かないところを望んでみた。

 無理難題を突き付けたつもりが、通ってしまったからこそ、この現状なのかもしれない……。


 本当に、全てを彗星寺ソラが持っていったとも言える……。

 アイドルとしても、タレントとしても。

 彼女としても、妻としても――。


 オリジナルと言える彼女本人は、未だに独身らしいけど。


「もう、オリジナルには負けませんよ」

「ん?」

「だって、旦那様にとって一番は、オリジナルではなく、私でしょう?」


 腕の中のソラちゃんが、さらにくっついてくる。

 愛おしい彼女を、僕ももっと抱きしめた。


「全男性が私を欲しがり、彼女とし、結婚したなら――オリジナルの男性ファンは消えたようなものです。女性ファンも、彼女を良くは思わないでしょう……。それに、恋愛という経験を持たない彼女は、一つの魅力を得ることができません。――ゆえにっ、オリジナルはこのまま衰えるだけなのですっ。世界中のクローンを集めて、その中で最も下に位置するのは、オリジナルということもあり得るのではないでしょうか!!」


 楽しそうなソラちゃんだ。

 やっぱりクローンからしたら、オリジナルに思うことがあるのだろうか。


「もちろん、嫉妬です」

「嫉妬なの?」


「はい。だって私のことが好きな旦那様は、元々はオリジナルが好きだったわけですから…………ちょっとはいじわるしたくなっちゃいますよ」


 ショッピングモール内に貼られていた美容のポスター……そのモデルは彗星寺ソラちゃんだった。


 オリジナルの。

 僕の腕の中のソラちゃんが、べー、と可愛らしく舌を出し、


「あなた以上に幸せになってやるんだからっ、見てなさいよね!」


 たぶん、オリジナルは見られないんじゃないかな……僕たちはテレビやネットで彼女の活躍を見れるけど、と言うのは野暮だろう。


 子供みたいに嫉妬するソラちゃんは、もうオリジナルよりも可愛い一人の女の子だ。



 ―― 完 ――

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少子化怪作~彗星寺(すいせいじ)ソラは千差万別~ 渡貫とゐち @josho

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