溺愛♡パニック⁉~前世は聖女だそうですが、そんなのカンケイありませんっ!

野月よひら

溺愛♡パニック⁉~前世は聖女だそうですが、そんなのカンケイありませんっ!

 ど、どうしよう。

 私は今、人生最大のピンチってやつを迎えてる。


 目の前には、先生から紹介されたばっかりの転校生。

 サラサラの黒髪、きりっとした瞳。背は高くて、アイドルかモデルみたいにかっこいい。

 その、超絶イケメンの男の子が、まっすぐ私を見つめている。

 そのままつかつかと近寄って、すっと膝を折る。クラスメイトのどよめく声が、すっと遠くなった気がした。

「――見つけた」

 男の子は、呆然としている私の手を取った。りりしい瞳がすっと柔らかく細められて、まるで大切な宝物を扱うみたいに、私の手の甲にキスを落とす。

「……ちょっと!?」

 いったい、何が起こってるの!?

 クラスメイトの悲鳴まじりの黄色い声に、私はどんどん気が遠くなっていく。

 あ、ダメ。こんなのどうしたらいいかわかんない。

 ふっと白くなる視界のなかで、男の子が私を抱き留めた。

 この人は、初めて会った人。

 転校生の男の子。

 それなのに、どうしてだろう。私、この腕を知ってる気がする。

 どんどん白くなる景色の中。

 とびきりの甘い声で、囁くように男の子は言ったんだ。


「ずっとお前を探していた。俺だけの聖女」


 ***


杏里あんり! あーんりってば!」

 ぐいぐいと体を揺すられる。

 あれ、ここどこ……?

 ゆっくりと目を開ける私の視界に移ったのは、白い天井だった。

「杏里、もう放課後だよ! いつまで寝てるつもりなん?」

 ひょこっと現れた見知った顔を見て、急速に意識が覚醒する。

「うそ、放課後!?」

 ガバっと起き上がった私をよけて、その顔の主にして私の大親友、結羽ゆうはふふっと笑いをこぼした。

「おはよう、杏里」

「……うええ」

 最悪だ。

 ぐらぐらと揺れる頭を抱えながら、私は結羽に苦い顔をしてみせる。

 ここは保健室だ。

 ってことは、やっぱり……。

「私、倒れちゃったんだ」

「うん。バターンって、見事なくらいね」

「うわあ……最悪だ」

 結羽はふふっと笑って、ベッドに腰を掛けた。

「まあ、倒れて正解ってやつじゃないかな。あのあと、ほんとすごい騒ぎだったから」

 そうだよねぇ……。

 私だって、自分の身に起こってなかったら騒ぐ側に回ってたよ。

 思わず結羽に抱き着けば、よしよしと頭をなでられる。

「結羽ぅ、なんなの、あいつ。超怖いよ」

「あ~……ねぇ、あれはちょっと、いや、かなりビビったよ私も」

 結羽は私の頭をなでながら、ふうと溜息をついた。

「突然、手にキスだもんね」



 事件は始業式の後、すぐに起こった。


 春。

 今日から中学二年だっていう自覚もないまま、私はいつものように登校した。

 私たちの学校は、一年から二年になるときのクラス替えがない。だから、とくにワクワクもドキドキもせずに、新しい教室に入ったはずなのに。

 今日はみんなに新しい仲間を紹介します~みたいな感じで、先生が男の子を連れてきた。ここまではよかった。その転校生の男の子がめちゃくちゃ目の保養になるくらいのイケメンでっていうのも、まあよかった。

 で、ここからだ。

 その男の子は自己紹介もせずに、突然、まっすぐ、なぜか私に向かってきたんだよね。

 そんで……突然手を取られて、なぜか手の甲にキスされて……で、あのセリフでしょ!?

 ムリムリ、ほんとムリだから!


 そりゃね、私だって多少は憧れていたんだよね。

 キラキラのイケメンと素敵な恋をしたいなあって。情熱的な告白を受けて、カレカノになって、二人でデートしちゃったりとかして。

 手をつないだり、ハグしたり、あま~い言葉を囁かれたり、そんなことされてみたいなあなんてベッドの中でじたばたするくらい、人並みの興味はあったわけ。

 でもね、現実ってそう甘くない。

 中学に上がって一年が経っても、私にはカレシのカの字もできなかった。


 まあ無理もないよねって思う。

 良くも悪くも、私はほんとに目立たない。

 純和風な顔立ちで、背は高くも低くもない。特に成績がずば抜けていいわけでもないし、かといって歌が得意とか、絵が上手とかそんな特技も持ってない。

 極めつけに、ちっちゃいころからの貧血体質で部活もできないから、そっちで活躍、とかも特にナシ。

 真中杏里まなかあんりっていう名前はかわいくて気に入ってるけど、でも、ほんとにそれだけ。

 ただのモブキャラってやつだもん。ロマンティックな恋愛なんて、私には無縁だと思ってたんだ。

 それなのに、いきなり、あ、あんな……!

 ほんとに、どうしよう……明日からどんな顔して、あのクラスに通えばいいかわかんないじゃん!


「まあ、私としては。杏里がいつブチ切れるかって心配してたんだけどね」

「切れる隙間なんて、なかったもん」

「まあ、それで正解だよ。実は杏里、めちゃくちゃ気が強いって、みんなにバレなくてよかったね」

 そう言って、結羽がふふっと笑った。

「とりあえず、杏里、カバン持ってきたからね。だいじょぶ? 一人で帰れる?」

「うん、ありがと、結羽」

「なんなら私、部活休んで送ってくけど」

「だめ! 結羽、試合が近いって言ってたじゃん!」

 結羽はバスケ部のエースで副部長。だから、放課後はいっつも練習で忙しいんだ。私のおりをしてもらうわけにはいかないんだよね。

「もう大丈夫だしさ、ほら!」

 結羽に安心させるように笑ってみせて、私はなるたけ元気に見えるようにベッドから飛び降りた。

 うっ……まだちょっと体調悪い。この貧血体質、ほんとになんとかならないかな……。

 結羽は困ったみたいに眉を下げる。

「バレバレのウソ。まあ、でも、さっきよりは顔色いいみたいだし、じゃあ、私、部活に行くけど。何かあったらメッセ送ってね」

「大丈夫だってば」

 しぶしぶ、といった風情の結羽をなんとか宥めて、部活に行ってもらう。

 なんだか、ちょっと疲れたな。私も帰ろう……。


 保健室を出て、昇降口でくつをはき替える。そのまま帰ろうと昇降口を抜けたときだった。

「げっ」

 思わず声が漏れる。

 校門に寄りかかるようにして、一人の男の子――さっき私に問題発言アーンド問題行動をした、当の本人が立っていた。

 男の子は私を見つけると、すっと姿勢を正した。やば、こっちに来る!

「ひいっ」

 思わず足が引く。なんか、わかんないけど、に、逃げよう!

「あっ! 待て!」

 走り出した私の後ろを、男の子が追いかけてくる。

「待てって!」

 うわっ……!

「な、なんで追いかけてくるの!」

「お前が逃げるからだろうが!」

 そんなん、逃げるよ! 怖すぎる!

 バタバタと校庭の隅を走る。や、やばい、息が続かない……!

 走るの……苦手なんだよ!

 ちらっと後ろを振り返ると、もうすぐそこに男の子が迫ってる。

「やだぁー怖いぃぃっ!」

 校庭を抜けて、校舎の角を回った。そのとき!

 腕をぐっとつかまれる。

「ぐえっ」

 バランスが崩れた。足元がぐらついて、重心が後ろに傾く。

 ひええっ、た、倒れる――!

 思わず目をぎゅっとつぶっても、地面にぶつかる衝撃はなかなか訪れなかった。

「……大丈夫か?」

 ちょっと低めの声が、私の下から聞こえる。って、え? 下から……!?

 恐る恐る目をあけると、綺麗な青空が見える。わあ……なんで青空が見えるんだろう。そんで、このおなかに回された腕は、なんだろう。

 ハッとした。

「げっ」

 私、男の子の体の上に倒れこんだの!? そんで、今、彼は土の上で、私は彼の上……って、ひえっ!

「ご、ごめん!」

 いくらなんでも、人様の上に乗っかっているわけにはいかない。慌てて起き上がって謝った。

 男の子はゆっくり体を起こすと、なんてことないというように頭を振った。

「お前が無事ならいいんだ。それに、俺が腕を引っ張ったせいなんだから」

 意外なほどに優しい声色だった。

 私は改めて、男の子の顔を見る。

 うん、やっぱりめっちゃ……かっこいい。サラサラの黒い髪。りりしい目なのに、今は少し柔らかく細められている。手も足もすらっと長くて、どうみても、国宝級のイケメンだ。

 こんな人が、なんで、あんなこと……!

「今日は、ごめん」

 男の子は、ゆっくり立ち上がると、改めて私に向き直った。

「倒れたの、俺のせいだよな。……ごめん。それを言いたくて、待ってたんだ」

 落ち着いた目の色。私を安心させようとしてくれてるのが分かる、優しくて柔らかな口調。

 あれ……思ったより、怖い人じゃないのかもしれない。


「あ……あのさ」

 思い切って声を上げた。

「あんたの、今日のあれ、な……なんなの」

「なにって」

「その。いきなりあんな……手に、さあ」

 そう言うと、男の子はきょとんと首を傾げて、とんでもないことを口にする。

「忠誠のキスのことか?」

「キッ……!」

 な、なんでそんなサラッと言えんの!? 

「探し回って、ようやくお前に会えたんだ。キスくらい、させてくれたっていいだろ」

「こ、困るんだって。ってか、私とあんた、会ったことないじゃん。初対面で、いきなり……その、キッ……は常識的に駄目だと思う!」

 びしっと指を突き付けてやる。

 そうだよ!

 いくら手の甲だからって。会っていきなり手にキッ……なんて、おかしいんだってば!

 男の子は、ショックを受けたみたいだった。信じられないものを見るような目で私を見て、確かめるように言葉を落とす。

「初対面……?」

「でしょ。だって、あんた、今日転校してきたばっかじゃん。てか、私、あんたの名前も知らないよ!」

「嘘だろ、そんな」

「嘘ついてどうすんの!」

 男の子はうつむいて、何かぶつぶつと言っている。うん。でも、これだけ言えば、大丈夫かな。

「もうあんなことしないでよね。明日から私、クラスでどんな顔すればいいのかわかんなく……!」

 まくし立てていた私の目の前から、男の子がすっと消えた。

「えっ?」

 ちょっと、待って。なんで、跪いてるの!?

 制服が汚れるのも気にせずに、男の子は地面に膝をついて、胸に手を当てている。そのまま私の目をしっかりと見つめて、はっきりとこう口にした。


「俺は……お前の騎士だ」


「はっ!?」

今世こんせの名前は東宮蓮とうみやれんと言う。けど、こっちを名乗っても仕方ない。前世の名前はレン・リュネール。……お前だけの騎士だった」

 えっと。

 うん。これは、ダメだ。重症だ。

 いくらかっこよくても! 私の手には負えません!

「東宮蓮くんだね、うん、おっけ、覚えた。そんじゃ、私はこれでっ……」

 そう言って、踵を返そうとしたときだった。

「今すぐ思い出さなくてもいい。でも、俺はちゃんと覚えてる」

 すごく、真剣な声だった。

 思わず足を止めて振り返る。


 男の子……東宮くんは、まだその場に跪いたままだ。でも、しっかりと私を見つめる目が熱い。切なそうに細められた目に縛られてしまったみたいに、私は東宮くんから目を離すことができない。

 すっと東宮くんが立ち上がる。

 私は動けない。

「手を」

 その言葉に反応して、まるで体が覚えているかのように手を差し出した。

 な、なんで?

 なんで勝手に体が動くの?

 私の意志に反して差し出してしまった手を、東宮くんがそっと取る。

 まるで大切な宝物を扱っているかのように、東宮くんは私の手をうやうやしく持ち上げて。

「ゆっくりと思い出してくれればそれでいい」

 東宮くんの、形のいい唇が私の手の甲にそっと触れて、離れていく。

「ちょっ……!」

 ま、また……っ!

「ようやく出会えた、俺だけの聖女。今世でも、お前を守るとここに誓おう」

 それだけを言うと、東宮くんは立ち上がる。制服の膝についた土も払わずに、そのままスタスタと去って行ってしまった。

 一拍置いて、全身からぶわっと何かが湧き上がる。東宮くんの唇が触れた手の甲が、どんどん熱くなっていく。

 なにあれ、なにそれ、なんなのほんと!

 もう……これ、ほんとに、私の手には負えません!


 ***


 翌日。

 憂鬱な気分のまま私は通学路をてくてくと歩いていた。

 最悪だ……。

 結局家に帰っても、あの出来事が頭をぐるぐる回ってしまって。全然寝付けなかったんだよね。そんなわけで絶賛寝不足だし、そのせいか分からないけど貧血もひどくて、朝からフラフラだった。


「えっ!? 杏里ちゃん? うわー! 久しぶりじゃんっ」

 軽やかに声がかかる。聞き覚えのある声に振り向けば、ニパっと笑う見知った顔がそこにあった。

咲夜さくやくん!? あっ、制服! すっごい似合う!」

 目の前で小首を傾げてニコニコしてる男の子――西森咲夜にしもりさくやくんは嬉しそうに私に駆け寄ると、目の前でくるっとターンしてみせてくれる。

「でしょでしょ!? 僕、この制服、杏里ちゃんに見せたかったんだ。よかった、今日会えて!」

 そう言ってキャッキャと笑う咲夜くんは、控えめに言って超天使。背は私と同じくらいで、いつもニコニコしてるのがとってもいい。髪の毛はふわふわで、色素が薄い。ぱっと見、女の子って言われてもおかしくないくらいの可愛さなんだよね。


 咲夜くんは、いわゆる幼馴染ってやつなんだと思う。家が近所の一個下。小さいころからよく遊ぶ仲だった。私になついてくれてて、杏里ちゃん、杏里ちゃんって呼んでひっついてくるのがすごく可愛い。

 中学校は私立に行くって話だったから、もうあんまり仲良くできないのかなって思ってたけど、変わらない笑顔にちょっとだけほっとする。


「あーでもなあ、僕、杏里ちゃんと一緒の中学に行きたかったなあ」

 唇を尖らせてむくれてる咲夜くんがあまりにも可愛くて、私は思わずそのふわふわの髪の毛をくしゃっと撫でた。

「咲夜くんは可愛いなあ」

「ちょっと杏里ちゃん! 子ども扱いやめてよ!」

「だって私と一緒の中学に行きたかったんでしょ~? ういやつめ~!」

「もー、杏里ちゃんってば!」

 ぐりぐりと頭をなでると、ほっぺたを赤くして怒る咲夜くん。うーん、超天使!

「僕、心配してるんだよ! 杏里ちゃん、今年で十四歳でしょ?」

「そうだけど?」

 それが、どしたの。

 咲夜くんは頭を撫でてた私の手をぱっとつかんだ。

 お、おお? なんだか様子がおかしい。

「ね、杏里ちゃん。昨日さあ。ここ……誰かにキスされた?」

 えっ……?

 ギョッとして、私は咲夜くんの顔をまじまじと見る。

 咲夜くんはニコニコと笑っているように見える。でも、目は真剣だ。私の手をじっと見つめて、眉をよせた。

「そろそろ、変な虫がついちゃうんじゃないかな~って思ってたけど、案の定。これじゃ、手、出せないじゃん」

 あろうことか、咲夜くんは可愛い顔をぎゅっとしかめて、チッと舌打ちをした。

「アイツの匂いがする。あ~あ、とうとう見つかっちゃったか」

「あ、あのう。咲夜くん……?」

 なんだか、いつもの咲夜くんじゃないみたい。舌打ちとか、しかめっつらとか、解釈違いなんですけど……?

「その様子だと、杏里ちゃんはまだ思い出してないみたいだね~」

「はぁ?」

「まあ、もう時間の問題か。アイツに見つかっちゃったってことは、杏里ちゃんもそろそろ思い出しちゃうんだろうなあ」

「なに言ってんのか、わかんないんだけど」

 咲夜くんは私の手を自分の掌で包み込むと、ぎゅっと握りしめてくる。

「杏里ちゃん。僕たち離れちゃったけど、ずっと仲良しで、一緒だからね」

「う、うん?」

「じゃ、僕、学校行ってくる! またあとでね、杏里ちゃん!」

 パッと笑顔になって、咲夜くんはダッシュで駅の方に向かって駆けて行ってしまった。

 ええと。

 昨日から、なんか、おかしいね。

 そういうアニメとか、漫画とかはやってたりするのかなあ。

 よく、わかんないな……。

 そんなことを考えているときだった。

「杏里!?」

 後ろから声がかかる。結羽だ。走っていたのか、肩で息をしてはあはあしてる。

「結羽! おはよう!」

「おはよ! って、なにぼーっとしてんの!? あと十分で予鈴鳴っちゃうよ!?」

「えっ」

 ま、マジで!?

「ほら、走って!」

「ううっ……しんどい!」

 結羽に急かされ、なんとか走って、痛むわき腹を押さえながら私たちはギリギリ教室に滑り込んだ。

 セ、セーフ……!

 急に走ったからか、血の気がうっすら引いている。ううっ。二日連続で倒れるわけにはいかないぞ。気合いを入れて、私は弾んだ息を整えようと深呼吸をした。

 ……うん?


 あの時点でもう予鈴十分前だってことは、咲夜くんの学校もそうだよね?

 確か、咲夜くんが通うって言ってた学校までは電車で行くんだよね。あんな時間まで、あのあたりにいて間に合うのかな。

 それとも、私立って始業時間が違うのかな。

なんか、わっかんないなあ。

 そんなことを呑気に考えてた私は、うっかり忘れていたんだ。

 このクラスに転校してきた東宮蓮くんが、めちゃくちゃイケメンだっていうこと。そしてイケメンは、多少言動が怪しくても、総じて人気になるんだっていうことを……。



  ***



「で!? 知り合いなの!?」

「ちがうって!」

「付き合ってるの!?」

「ちーがーう!」

「じゃ、あれはなんなのよ!?」

「こっちが! 聞きたいよ!」

 昼休み。

 チャイムが鳴った瞬間に、私はクラスの半数の……主に女の子に取り囲まれてしまった。

 あれよあれよと連れていかれたのは、人気のない校舎裏だ。みんな目がキラッキラだし、なんか……鼻息とかすごいし、正直、こわ……っ。

 普段話したことない子までいるし。


「ちょっと、みんな落ち着いてよ」

 まあまあ、と、とりなしてくれたのは結羽だった。

 多分、すごく心配してくれてるんだと思う、いつもは部活の昼練があるからって、お昼休みも体育館に行ってるのに、それを返上してついてきてくれたんだ。

「杏里も驚いてたもんね。初めて会ったんでしょ? 東宮くんに」

 結羽の助太刀に、私はうんうんとうなずくことで答える。

「そう! だから、みんなが思ってるようなことはなーんにも、ない! 元からの知り合いでもないし、付き合ってもないんだって!」

「えっ……じゃあ」

 クラスメイトの一人が、ごくり、と唾を飲み込んだ。

「あれって、東宮くんの……ひとめぼれ!?」

「すごい! やったじゃん真中さん!」

「あんなイケメンにひとめぼれされるなんて、うらやまけしからんすぎていっそ尊い……!」

 キャーっと悲鳴を上げるクラスメイトたち。

「これはもう黙ってらんない。応援しないと!」

「えっ」

「だって目の前でシンデレラストーリーが展開されるんだよ!? こんなのめったにない機会じゃん!」

 高々と宣言するクラスメイトに、みんなが一斉にうなずいた。

「一見地味な女の子が、イケメンにひとめぼれされる。……良き。しんどい。尊い」

 あっ……うん。そっちに行くんだ……?

 みんなしっかりうなずいてるし。ってか、悪かったね、地味な女の子でさ。

 でも……まあ。

 てっきりイジメられたりとか、なんか文句言われたりとか、するかなって構えちゃったけど、ある意味……よかった?

 ほっとして、胸をなでおろしたときだった。

「杏里」

 低めの声が聞こえて、ドキッと胸が鳴る。

 こ、この声っ……!

「あっ、東宮くん!」

「真中さんをお探しなら、ここにっ!」

 クラスメイトたちが、まるでモーセが割った海みたいにささっと道を作る。

「今、いいか?」

「いやです」

 って言おうとした口を、親愛なるクラスメイトにもがっとふさがれた。

「もちろん、いいですよ!」

「じゃあね~真中さん! がんばってね!」

 ウソ、そういう結託のしかた、する!?

「ゆ、結羽っ」

 最後の良心、大親友の結羽に目を向けたけど、結羽はどこか諦めたような、乾いた笑いを浮かべていた。

「ええと……がんばれ、杏里!」

「う、裏切り者っ……!」

 そのままずるずると東宮くんに腕を引かれながら、私は校舎裏を後にした。


 東宮くんは私の腕を引きながら、ずんずんと歩く。昇降口で靴をはき替えたと思ったら、どんどん階段を上って行ってしまう。

「ちょっと、ねえ、どこ行くの」

「人の来ないところ」

「な、なんで!」

「二人きりで、ちゃんと話したいんだ」

 東宮くんは強引に、私の腕を掴んだまま歩く。

 そのまま階段を上り切ると、ちょっと広い踊り場があった。この先は屋上だ。

 東宮くんはドアノブをひねって、ちょっと首を傾げた。

 この屋上、鍵がかかっているはず。結構前、それこそ入学してすぐの時に、実は私も確かめたことがあった。

「屋上、入れないと思うよ」

 親切心でそう言ったのに、東宮くんはどこ吹く風だ。

「まあ、見てろ」

 彼がポケットから取り出したのは、クリップだ。その先をちょいちょいっと伸ばして針金状にすると、鍵穴にそれを差し込んだ。

 ほどなくしてカチャっと音がする。

 ウソ、まじで。

 ドア、開いちゃったよ!

 屋上に出ると、さあっと春特有の温かな風が頬をくすぐった。

 こんな時だって言うのに、私はちょっとだけワクワクしてる。だって、屋上に出るのなんて初めてだし。鍵がかかっている場所に入っちゃったっていう緊張もあるけど、それ以上に、ええと、なんていうか。

「広い……! 屋上ってこんな風になってたんだ!」

 うん。めっちゃ、気持ちいい!

 青い空にうっすらと雲がかかってて、それがゆっくりと動いてる。校庭から聞こえるざわめきも遠くて、なんだか別世界みたいだ。

 思わずはしゃぎかけた私を見て、東宮くんがクスクスと笑った。

「杏里は相変わらずだな」

「相変わらずって」

 だから、初対面だってば。

「てか、なんで呼び捨て?」

「いいだろ」

「やだよ!」

「お前も俺のこと、名前で呼べばいいだろ。ほら、言ってみろ」

 そう言って笑う東宮くんの優しい瞳に、なんか、胸がざわっと揺れた。なんだろう、すごく懐かしい。

 どうしてだろう。あれ……?

 私、東宮くんのこと……知ってるような……気が……。

 その瞬間、私の視界に、別の風景がすっと重なって見えた。

 ほんの一瞬の出来事。

 東宮くんの顔をした、でももっと大人の男性だ。アニメやゲームでしか見たことないような長いマント。ううん……ちがう、あれは、騎士装束だ。

「アンリ」

 おんなじ言葉の響きなのに、どこかが決定的に違う。アンリ、って、私、昔もこの人に呼ばれてた気がする。

 心の奥底から、湧き上がってくる感情。これは、なんだろう。

「あれ……?」

 頬が熱い。あ、私……泣いてる?

 涙がゆっくりと頬を伝って、ぽたぽたと制服に落ちる。

「レン……?」

 私の言葉に、東宮くんがはっと目を見開いた。

「そうだ、レンだ。思い出したのか、アンリ」

 首を振る。私の心は、この人のことを懐かしいと思っている。でも、何度目を凝らしても、もう風景が重なることはなかった。

「……わかんない。でも、なんでかわかんないけど、私、東宮くんのこと、すごく……懐かしい」

 そう、言った瞬間だった。

「杏里!」

 不意に、東宮くんが私の手をつかんだ。そのままぐっと引かれて、背後にかばわれる形になる。

「な、なに!?」

「そうか、だからか」

「なに言ってんの?」

 東宮くんの声が、ピリピリするくらいの緊張感をはらんでいく。

「聖女の覚醒は十四歳。その年に合わせて、ほかの者たちも覚醒する……。目覚めたのは俺だけじゃないということか」

「な、何の話っ……」

「おい、出てこい。いるのは分かってるんだ」

 東宮くんがそう声を上げた瞬間。

 空が、急に陰った。

 キインと耳が鳴って、風がぴたりと止まる。校庭から聞こえてきていた生徒の声も聞こえない。

 そして、私は……目を疑った。

「なあんだ、バレちゃった~」

 そう言いながら、絵の具が紙に染み出すようにゆっくりと、空中から姿を現したのは……。

「さ、咲夜くん……?」

 私の可愛い幼馴染は、天使の笑顔を浮かべてニコッと笑った。


  ***


「やっぱりレン、アンタだったんだね~。ほんと、いい加減その執着心、怖すぎていやんなる」

「だまれ、テネブル」

「テネブル……?」

 私のつぶやきに、東宮くんは頷くことで答えた。

「こいつは、サクヤ・テネブル。……魔族だ」

「魔族!?」

 って、なに!?

 その声に、咲夜くんは可愛い顔を歪めて笑った。

「ちょっと、僕の杏里ちゃんにあんまり変なこと吹きこまないでくれる~?」

「本当のことだろ」

 東宮くんは警戒するような口調で鋭く告げる。

「杏里。こいつは前世からお前をずっと狙ってる魔族なんだ」

「ぜ、前世って」

「お前は……アンリ・ソレーユ。前世で聖女と呼ばれる姫だったんだ」

 ……は?

 私が、聖女? んでもって、姫?

 あまりのことに、口がぽかんと開いてしまう。

「さ、咲夜くん、これって、どういうこと……?」

 咲夜くんはニパっと笑うと、なんてことない口調でとんでもないことを言い出した。

「むかしむかあしの物語。聖女と呼ばれる女の子がいました。その子は聖なる太陽の力でみんなを導く、とってもつよーい女の子でした」

 一歩、咲夜くんが私たちに近づいた。

「その聖女にはいつも付き従ってる月の騎士がいました。しかし、騎士は不相応にも、なんと聖女さまに恋をしてしまったのです! そして、二人はあっという間に恋人同士になりました!」

 私をかばう、東宮くんの体がむくりと膨れ上がったような気がした。

「聖女さまはみんなの人気者。魔族や神さま、隣国の王子、その他たくさんの人たちが、聖女さまを自分のものにしたがっていました。だから、騎士は忠誠のキスで聖女さまを守っていたのです。でもねえ、残念~。たった一日だけ、キスを忘れちゃったんだよねえ~」

「テネブル、やめろ」

「その結果、どうなったでしょうか! なんと聖女は魔族の手に落ちてしまったのです!」

「やめろというのが聞こえないのか!」

 東宮くんが吠えた。まるでその声にこたえるように、ひと筋の光が空から差し込んだ。

「……な、なんで?」

 東宮くんの右手には、光り輝く長剣が握られている。

 ウソ、私、夢でも見てる?

「俺は今度こそ聖女を……アンリを守る。もう二度と魔族の手になど渡すものか!」

 瞬間、東宮くんの体が跳ねる。剣を振りかぶって、咲夜くんに切りかかった!

「ほんと血の気が多いったら。だから僕、騎士って嫌いなんだよねえ~」

 そういう咲夜くんの手から、バチっと音が聞こえた。

 咲夜くんが手を挙げた、次の瞬間――!

 耳を塞ぎたくなるくらいの大きな音と共に、光の矢が東宮くんに向かって走った!

 東宮くんがぶんっと大きく剣を振る。光の矢が剣に当たって、バチバチと鋭い音を上げた。

 なんでこんなことになってんの。

 っていうか、この状況、いったいどういうことなの!?

 まって、いったん落ち着こう。

 ……私は深呼吸をした。

 ええと。二人の話を整理すると。

 どうやら私は、前世、聖女と呼ばれる姫で?

 東宮くんは前世、私の騎士、兼、恋人で?

 咲夜くんは、前世からずっと私を狙ってる……魔族で?

 つまり、これって、あれですか。『私のために争わないで!』シチュってことだよね?

 でも……こんな悲しいことってある?

 だって、二人がケンカしてる理由……! それ、私自身の話じゃないんだもんっ!

「……はあ」

 なんか、ちょっと。

 いや、かなり、腹立ってきた。

 前世、前世って、なんだそれ。

 確かに、東宮くんを見たとき、懐かしいなって思った。胸が締め付けられるように苦しくて、思わず泣いちゃったりしたけどさ。

 でもね、でも……!

「いい加減に、して」

 思ったより低い、鋭い声が上がった。

 今まさに、切った張ったを繰り広げていた二人が、ぎょっとしたように私を見た。

「アンリ……?」

「え、ウソ、なんか、すっごい……怒ってる……?」

 咲夜くんが、おそるおそるといった感じで私を伺っている。

 そうだよ、おこだよ!

 私、今、とっても怒ってるよ!

「さっきから聞いてればっ! 前世とか、聖女とか、わけわかんないし、そんなん、どーでもいい!」

「ど、どうでも!?」

 話しながら、どんどん血がのぼってるのがわかる。

 あ、ヤバい。これ、多分、ヤバいって思いながらも、湧き上がる感情は止められない。

「そんなの知らない、関係ない。私は真中杏里なの! アンリだか、なんだか、知らないけど! そんなの私自身に関係なーい!」

 そう叫んだ瞬間だった。

 止まっていた風が、ゆっくりと動き出す。校庭から聞こえる生徒たちののどかな声が、再び耳に届く。

 サンサンと降り注ぐ春の温かな光が、屋上に広がっていった。

 咲夜くんは呆然とした顔で、空を仰いでいる。

「ウソ、結界、やぶられた……?」

 東宮くんの手からは、剣が消えている。

 その両手を信じられないというように見つめながら、東宮くんが呟いた。

「聖女の……力だ」

「まだ言うの!?」

 東宮くんの言葉にかぶせるように、私は二人をにらみつけた。

「二人とも、ちょっとそこに直りなさいっ!」

 もう切れた。徹底的に説教しなきゃ、気が済まない!

「咲夜くん」

「は、はいっ」

 咲夜くんは、天使みたいに可愛い顔を引きつらせながら返事をした。

「東宮くん」

「……はい」

 勢いに押されて、東宮くんも返事をした。

「二人がなんかそういう……超能力的ななにかを持ってることは、わかった。でも、前世だとか言われても、正直困る! 私は真中杏里なの。それ以外の何者でもない! どうせケンカするなら……私のためにケンカしてよーっ!」

 ……ふう。

 息を吐いたとたん、私、自分がとんでもないことを口走ったことに気がついた。

「なるほどな」

 東宮くんの、妙に明るい声。い、いや~な予感!

「前世は関係ない。よくわかった。それなら、俺は前世に関係なく、東宮蓮として、お前を俺のものにする」

「……っはあ!?」

「あ、それ、ある意味最高~! 杏里ちゃんは、このクッソムカつく騎士の恋人じゃなくなるってことだもんね。なら、僕にも平等にチャンスがあるってことだ!」

「な、何言ってんの!?」

「私のためにケンカして、か。いい口説き文句じゃないか」

「く、口説いてないからっ!」

 東宮くんが不敵に笑う。咲夜くんがニコニコと微笑む。

「覚悟しろよ、真中杏里」

「ふふっ、楽しみ~! よろしくね、杏里ちゃん!」

 あっ、ヤバい。さっき急速に上がった血が、どんどん下がっていく。

 薄れていく意識の中で、私は自分の運命を嘆いた。

 確かに、私、思ってたよ。キラキラのイケメンと、素敵な恋をしたいなあって。


 でも、こんなの。

 こんなの、やっぱり、私の手に負えません!

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溺愛♡パニック⁉~前世は聖女だそうですが、そんなのカンケイありませんっ! 野月よひら @yohira-azuma

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