後編

「すごい咆哮! あっちからよ!」


 森を抜け、火山の火口へと向かっていた僕たちは、獣の大きな咆哮を聞いた。

 声のした方へ駆けていくと、巨大なドラゴンと相対する少年の姿があった。


「でか過ぎだろ……!」


 ドラゴンの大きさは一軒家ほどはあるだろうか。

 あまりの迫力に、僕は近づくことをためらったが、フウマ先輩とナギ先輩は全速力で駆けていく。

 ドラゴンが少年に向かって炎を吐くと、少年は盾を構えた。

 しかし、少年は炎の勢いを抑えきれず、炎に包まれた。少年は盾を落とし、ひざをつく。


「助太刀するよ!」


 フウマ先輩が、少年とドラゴンの間に素早く割り込む。

 少年はフウマ先輩の格好を見て、驚く。


「その制服……伊海中学校の!?」

「只野ヒロヒト君だね? 君を助けに来た」


 フウマ先輩は、両手の拳から火球を作り出す。


「さて――俺の炎とお前の炎、どちらが上か、試してみようじゃないか」


 ドラゴンがフウマ先輩に気を取られている隙に、ナギは只野を後退させる。

 只野の服は焦げており、肌にも痛々しい傷が見えていた。


「その傷、平気なの?」

「ええ。これぐらいの傷なら――」


 只野が何かを唱えると、彼の体を温かな光が包み込み、傷がみるみる消えていった。


「回復魔法!?」


 しかし、驚いたのは僕だけ。

 ナギは平然と只野と話を続ける。


「なるほど。モンスターの攻撃を回復魔法でしのぎ、戦ってきたのね」

「はい。異世界転移ですごい能力を得られたことが楽しくて、色んなモンスターの討伐をしていたんです」


 只野は、思い出すように小さく笑った。


「でも、このドラゴンは次元が違う強さだ。回復しながら耐えていたんですが、反撃の糸口も掴めませんでした」

「そこで休んでて。後は私たちが狩る」


 ナギが傘の持ち手を握った。只野が心配そうに見つめる。


「大丈夫なんですか……?」

「戦いには慣れてるの。彼と私はもうは異世界転移しているから」

「その通りさ!」


 明るく答えたフウマ先輩は、ドラゴンの吐く炎を、自ら作り出した火球でかき消した。

 すると、ドラゴンは咆哮しながら、翼を広げる。

 ドラゴンの巨大さがさらに増したように感じ、僕はたじろいだ。


「ナギ君! 空中戦になれば、僕たちに勝ち目はないぞ」

「分かってる!」


 ナギは傘の持ち手を一気に引き抜き、ドラゴンの片翼に飛びかかった。

 光り輝く刃は、ドラゴンの硬そうな皮膚にも抵抗なく通る。

 片翼を切断されたドラゴンは、苦しそうな声を上げた。


「翼が一つだけじゃ、もう飛べないわよね」


 ナギが笑みを浮かべた瞬間、ドラゴンは残された翼をナギに向かって羽ばたかせた。

 ナギの体は、大きく吹き飛ばされてしまう。


「ナギさん!」


 僕が叫ぶと、ナギはすぐに体勢を立て直す。


「大丈夫……けど剣を落として……」

「剣は一体どこに――」


 向かい合うドラゴンとナギ。そこから少し外れた場所に、彼女のビームソードが転がっていた。

 僕はそれを拾うために駆け出そうとしたが、フウマ先輩が僕を手で制する。


「ハルキ君、君は下がってた方がいい」

「……でも! このままじゃナギさんが!」

「大丈夫。俺の力でドラゴンの気をそらす」


 フウマは再び火球を作り出した。

 僕は自分にイラ立ち、唇を強く噛んだ。


(何だろう……この心の奥底から浮かんでくる気持ちは……)


 自分が活躍したいという気持ちだろうか。

 それとも、みんなの活躍を歯がゆく思っているのだろうか――小学校のクラブ活動の時みたいに。


(いや……違う!)


 僕の心から湧き上がっているのは、ここにいるみんなを守りたいという不思議な衝動。


「え! ハルキ君!?」


 僕はフウマ先輩の手をかいくぐり、ナギの剣に向かって走る。


(体が――羽のように軽い!!)


 僕の動きに気づいたドラゴンは、僕に向かって炎を吐く。

 だが――、


(遅い!)


 コマ送りのようにゆっくり向かってくる炎を、僕はサイドステップでかわす。

 僕の反射神経とスピードは、とんでもなく上がっているようだ。

 僕は剣を拾うと、ナギに向かって放り投げる。


「ナギさん! 受け取って!」

「――ありがと」


 ナギは回転しながら剣を受け取ると、残された翼に一太刀を浴びせる。

 ドラゴンは再び苦しそうな咆哮を上げた。


「これで、もう吹き飛ばされる心配はないわね」

「ナギ君、ハルキ君! 離れて!」


 僕とナギが飛び退くと、フウマ先輩の作った巨大な火球がドラゴンを襲う。

 ドラゴンの体は激しく燃え上がり、大きくよろめいた。


(力が……力がどんどん湧き上がってくる!)


 僕は右手の拳をきつく握りしめ、ドラゴンに再び接近する。

 地面を強く蹴り、ドラゴンの顔の高さまで飛び上がると――、


「倒れろ!」


 思い切り、拳を振り抜いた。




「ふう……討伐完了だね」


 フウマ先輩がホッと息を吐いた。

 ナギは驚きの表情で僕を見る。


「まさか、グーパンでドラゴンを倒すなんて」

「あの一瞬だけ、すごい力が出せたみたいです」


 僕は手を開いたり閉じたりする。

 さっきまで感じていた不思議な力は消え去り、運動音痴な僕に戻ってしまったようだ。


「さすがに、火事場の馬鹿力ってわけはないですよね?」

「だね。どうやら、ハルキ君も特殊能力を発現したらしい」


 フウマ先輩は何かを考えるように黙った後、口を開く。


「身体能力を超強化する能力――『Forzatoフォルツァート』とでも呼ぶべきかな」

「フォルツァート……?」


 僕が首をかしげると、フウマ先輩は指揮者のように両手でリズムをとる。


「音楽において『その音だけを特に強調する』という意味さ。君の能力はかなり瞬間的で、何かトリガーが必要みたいだしね」

「はあ……自由に扱えるなら、元の世界でヒーローになれると思ったのに」


 僕がため息をつくと、ナギがあきれたように言う。


「何を情けないこと言ってるの。能力に頼らず、修練すればいいのよ」

「僕はナギさんと違って、運動音痴なの」


 フウマ先輩は、僕とナギのやり取りにひとしきり笑った後、只野に声をかける。


「只野君は大丈夫だったかい?」

「はい。おかげで助かりました。でも、どうして僕のことを知ってるんですか?」

「俺たちは、君を探すためにこの世界に転移したんだ」

「転移……うっ」


 只野は何かを振り払うように、頭を横に振った。


「そうだ! 僕は異世界転移し、この世界へやって来たんだった……なんだか記憶が曖昧になってる」

「それが異世界転移の怖いところさ」

「どういうこと?」


 僕が問うと、ナギは目を細めながら答える。


「異世界転移して時間が経つと、元の世界のことを少しずつ忘れていくのよ」

「そんな……」

「それだけならまだいい」


 フウマ先輩は悲しい表情で、話を続ける。


「もっと恐ろしいのは――元いた世界でも、転移した者のことを忘れていくんだ」


 僕は、ナギから只野の失踪を聞いた直後のことを思い出す。


「たしかに……只野君とは同じクラスなのに、休んでいるということさえ、忘れかけていた」

「そうやって、少しずつ存在が消えていき、最後には誰からも忘れ去られてしまうんだよ」


 フウマ先輩は、只野を真正面から見つめる。


「只野君」

「はい」

「君はどうしたい? このまま、この世界の住人として生きていくこともできる」


 フウマ先輩は「ただし」と、念を押すように言う。


「元の世界のことはいつか忘れ、元の世界では君は元々存在しなかったことになるだろう」


 只野は大きく息を吐き、答える。


「……戻ります」


 只野はどこか懐かしむような笑みを浮かべた。


「きっと、家族が心配しているだろうから」


 フウマ先輩はふわりと優しく笑った。


「分かった。では君の冒険は、ここまでにしよう」




 僕たちは路地裏の魔法陣から、学校の図書室に戻ってきた。

 只野は僕たちに何度も礼を言うと、急いで家に帰って行った。

 僕はその後ろ姿をぼんやりと眺める。


「只野君……いなくなった理由を家族になんて説明するのかな?」

「友達の家に泊まっていたことにすればいいと、伝えておいた」


 フウマ先輩の答えに、僕はあきれる。


「そんな人、いるんですか? いくら友達でも何日も家に泊めるなんて、親が許さないと思いますけど」


 フウマ先輩は自分を指さし、明るい声で言う。


「ここにいる。俺は一人暮らしなんだ。誰にも怒られる心配はないよ」

「中学生で一人暮らし!? 一体どんな理由なんですか……」

「――ちょっとした理由さ」


 フウマ先輩は寂しそうに言った後、僕を見つめる。


「さて、ハルキ君。これが我々特異部の活動だ。面白かったかい?」

「そうですね……この世界でつまらない日々を過ごしていた時より、面白かったです」

「そうか……」


 フウマ先輩は、真剣な表情で僕に問う。


「君が只野君の立場なら、異世界に残って暮らしたかい?」

「いえ……帰ってきたと思います」

「そうだよね!」


 フウマ先輩の表情がパッと明るくなる。


「やっぱり自分の生まれた世界が一番だよね! 家族や友達だっているわけだし――」


 僕は、フウマ先輩の言葉をさえぎる。


「こんな簡単に異世界転移できるなら、もっと面白い世界があるかもしれない。自分好みの世界が見つかったら、僕はそこで暮らしていこうと思います」

「ええ!」

「……あきれた」


 フウマ先輩とナギは、ポカンと口を開いた。

 僕は笑い、フウマ先輩に頭を下げる。


「だから、それまでよろしくお願いします。

「部長……ということは、入部してくれるの!?」

「はい」

「ハ、ハルキ君ー!」

「ちょっと、離してくださいよ!」


 部長は僕の両手を強く握る。

 振り払おうとするが、特殊能力は発動せず、僕はされるがままとなってしまうのだった。

 



 校門の前で、僕は部長とナギと別れた。

 空を見上げると、太陽は大きく傾き、世界を茜色に染め上げていた。


(この世界に戻って来た時……不思議とホッとしたな)


 僕は家に向かって駆け出す。

 頬に当たる風が、とても心地よく感じた。


 これが、僕の冒険の始まりである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

伊海中学校、特異部! 篠也マシン @sasayamashin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ