中編
「ここは、よくある剣と魔法のファンタジー世界のようだ」
「ええ。これなら探しやすそうで良かったわね」
「ストーップ!」
平然とした様子のフウマ先輩とナギに、僕は驚く。
「ハルキ君、どうかした?」
「二人ともなんでそんなに冷静なんですか! 僕たち、異世界転移したんですよ!?」
「最初から、異世界転移する部活だって言ってたじゃないか。もしかして……信じてくれてなかったのか」
落ち込むフウマ先輩を見て、ナギはため息をつく。
「いやいや、いきなり信じる奴の方がヤバイでしょ」
ナギは僕をにらむように見る。
「これは夢ではなく現実。怖気づいたのなら、帰ってもいいのよ? さっきの路地裏にあった魔法陣に、もう一度触れるだけでいい」
僕は拳をギュッと握り、答える。
「――いえ、僕も行きます」
「それじゃあ、俺たちから離れないように。君は初めての異世界転移なんだからね」
「はい!」
僕は二人の後を追いながら、これまでにない高揚を感じていた。
(まさか……異世界転移が現実にあるなんて! 面白くなってきたぞ!)
フウマ先輩は慣れた様子で道行く人に話を聞き、とある場所に辿り着いた。
そこは冒険者ギルド。いかつい男たちがたむろしており、僕は思わず二人の影に隠れた。
(アニメとかで見たことあったけど……実際に来てみると、怖そうな場所だな)
フウマ先輩は、受付の女性に声をかける。
鎧を身にまとっており、間違いなく僕より強そうだ。
「最近登録された冒険者の中に、不思議な格好した奴はいなかったかい? ほら、俺たちみたいな」
「ああ。君たちも『ヒロ』と同じ外国から来た子か」
ナギが薄く笑みを浮かべる。
「只野ヒロヒトだから『ヒロ』――ビンゴね」
「なんで冒険者になってるって分かったんですか?」
「こういう世界に来たら、冒険者になろうとする子は多いの。ゲームやラノベの影響でね」
フウマ先輩は、ナギの言葉にうなずく。
「俺たちはヒロの知り合いなんだけど……どこにいるか知らないか?」
「さあ、私は知らないね」
受付の女性は肩をすくめた。
そして、ギルドの奥にいる冒険者たちに向かって、声を張り上げる。
「お前たち! ヒロの奴がどこに行ったか知らない?」
「ヒロなら、ドラゴン討伐に行ったかもしれないな」
大剣を持った男が答えた。
ナギは目を細め、男に聞く。
「ドラゴンって、かなり強いモンスターじゃないの?」
「ああ。ヒロにはまだ早いとは思ったんだが……もっと強いモンスターに挑戦したいって息まいててな」
冒険者たちは笑い合う。
「あいつ、一気にランクアップしてるもんな。ギルドに登録した初日から、スライムを百匹倒したのには驚かされたよ」
「ドラゴンの棲み処は火山。この森を抜けた所らしいわ」
ギルドで教えてもらった情報を元に、僕たちは街を出て、深い森に足を踏み入れていた。
学校の近くにあるような整備された森でなく、自然がむき出しの森。道はまったく舗装されていない。
僕は、少し息を弾ませながら聞く。
「只野君は、ナギさんみたいに剣の達人なんでしょうか? 普通の中学生がギルドで活躍するなんて無理だろうし」
「きっと、何らかの特殊能力が発現したのよ」
ナギは息を切らす様子もなく、静かに言った。
「そういえば、さっきもそんなこと言ってましたね」
「異世界に転移すると、特殊能力を発現することがあるんだ。いわゆるチート能力ってヤツだね」
「へえ! もしかして、二人も?」
「俺の能力は――おっと、実際に見せた方が早そうだ」
「え?」
木々の間から、何かが飛び出し、僕たちを囲む。
「異世界ではお馴染み、モンスターの襲来だ」
目の前に現れたのは、ブヨブヨしたゼリーのような生物。
不規則に形を変え、こちらに近づいてくる。こいつは何度もゲームで戦ったことのある存在――、
「ス、スライム!?」
「ハルキ君、見るがいい。これが僕の能力さ」
フウマ先輩が人差し指を伸ばすと、指先に真っ赤な炎が現れる。
「ほ、炎!?」
「炎を自由自在に操る能力。いわゆる『
フウマ先輩は勢いよく腕を振る。すると、炎が一体のスライムに着弾し、火柱が上がる。
「ナギ君はそっちの敵を!」
「ええ」
ナギは持っていた傘を握り、持ち手を一気に引き抜く。
現れたのは金属の柄――ではなく、光輝く刀身。
「ビ、ビームソード!?」
「はああ!」
ナギは素早くスライムに近づくと、輝く剣を振り下ろす。スライムを真っ二つにすると、ナギはすぐに次の獲物へと向かっていく。
「ナギさんも何か能力を?」
「いいえ。特殊能力なんて必要ない」
「へ」
僕が間抜けな声を出すと、フウマ先輩が炎を放ちながら笑う。
「ナギ君は元から剣の達人だからね。彼女の持ってるのは、以前転移したSFの異世界で入手したビームソード。それさえあれば――」
「斬れないモノはないわ」
ナギはあっという間にスライムを斬り伏せ、傘の中にビームソードをしまう。
どうやら、傘にカモフラージュして持ち歩いているらしい。
二人の戦う姿を見て、僕は悔しい気持ちになる。
(僕にも能力が発現すれば……これまで馬鹿にしてきた奴らを、見返せるかも!)
その時、背後から物音がした。振り向いた瞬間、一匹のスライムが僕に勢いよく飛びかかって来た。
フウマの舌打ちが耳に届く。
「ここから炎を放っても、ハルキ君にも当たってしまう!」
このままではスライムの体当たりを喰らってしまう。
僕の運動能力では回避できるはずがない、そう思っていたが――、
(あれ? このスライムの動き、すごく遅く見える!?)
スライムの攻撃してくる方向がハッキリと見えた。僕が体をのけぞらせると、お腹をかすめるようにスライムが通過した。
ナギが目を見開く。
「あの距離からの攻撃を……避けた!?」
「燃えろ!」
フウマ先輩が一際大きな火球を作ると、残ったスライムたちに向かって放つ。炎の渦が巻き起こり、跡には何も残されていなかった。
ナギが感心したように僕を見る。
「へえ――なかなかいい動きじゃない」
「うん、ダメかと思ったよ」
フウマ先輩は心底ホッとしたように、息を吐いた。
「火事場の馬鹿力ってやつですかね? 僕、とんでもない運動音痴なのに……」
フウマ先輩はクスクスと笑う。しかし、すぐに表情を引き締める。
「思ったより危険な世界かもしれない……気をつけて進もう。それに、早く只野君を見つけないと手遅れになるかもしれない」
「ええ。たとえモンスターと戦える特殊能力が発現していたとしてもね」
フウマ先輩とナギは、顔を見合わせてうなずいた。
僕はいぶかしい目で彼らを見つめる。
(特殊能力があるなら、モンスターとでも戦えそうだけど……先輩たちは何を心配してるんだ?)
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