伊海中学校、特異部!

篠也マシン

前編

「ねえ、どの部活に入るか決めた?」

「私はテニス部。小学校の頃から、やってみたかったんだ」

「運動得意だもんね。私はそこまで運動は得意じゃないし、吹奏楽部にしようかな」

 

 同級生の女子たちが、掲示板の部員募集ポスターを見ながら、明るく語り合っていた。

 それを横目に、僕はため息をつく。


「僕が活躍できる部なんて、あるわけないか」


 ここは、伊海いかい町立伊海中学校。部活動が盛んだが、何の才能もない僕がヒーローになれる部活など、存在しないだろう。


(小学校のクラブ活動では、サッカーをやってたけど――)


 過去の苦い記憶を思い出す。

 僕は、よく目立ちたがり屋のクラスメイトと喧嘩になっていた。


「おい、ハルキ! 下手なくせに、ボールを持ちすぎ!」

「だって……ボールに全然触れないから、面白くないし」

「サッカーはチームで戦うスポーツなんだ。自分勝手なことはするなよ」

「……分かったよ」


 僕は渋々うなずいたが、もちろん納得してない。


(自分勝手なのはどっちだ! いつもゴールを決めて美味しい所を持っていくくせに!)


 と心の中で精一杯の抗議をしていた。


「結局、練習してもうまくなれなかったな。僕がヒーローになるには異世界転移し、チート能力を手に入れるしかないかも」


 僕は苦笑した。

 ふと、掲示板の端に不思議なポスターを見つける。


「なんだ? これ――」


『異世界転移に興味ある方は、旧校舎へ』


「部の名前は書いてないけど……アニメを見たり、ラノベを読んだりする部活かな?」


 何の才能もない僕でも、そういう部活なら楽しめるかもしれない。

 僕は、吸い寄せられるように旧校舎へ向かった。




「ここが、旧校舎……」


 新校舎が建てられたのは、十年ほど前。しかし、旧校舎の解体費用が捻出できず、そのまま放置されているらしい。

 僕は、モンスターが出てきそうなほどボロボロの校舎を歩く。時折、廊下が軋む音がし、僕は思わずビクッとしてしまう。


「ポスターに書いてた部屋は――ここだな」


 旧校舎の一角にある元生徒会室。僕は恐る恐るノックし、扉を開く。


「あの、ポスターを見て来たんですけど……」


 部屋の中には、赤みがかった髪色の男子生徒がいた。がっしりした体格で背も高い。おそらく先輩だろう。


「もしかして……新入生?」

「はい。そうですが……」

「新入部員、ゲットー!!」

「へ」


 満面の笑みを浮かべた男子生徒から両手を握られ、僕は面食らう。


「ここは非公式な部なんだ。大っぴらな勧誘活動はできなかったけど、新入部員が来てくれるなんて――」

「ストーップ!」


 僕は男子生徒の手を引き剥がした。


「ん? どうかした?」

「入部すると決めたわけではないです! 異世界に興味があったので、どういう活動をしているか見に来ただけで……」

「おっと、たしかに先走り過ぎたようだね」


 男子生徒は、コホンとわざとらしく咳払いをする。


「俺は部長で三年生の円城えんじょうフウマ。君は?」

たいらハルキと言います」

「ではハルキ君と呼ばせてもらうよ」


 フウマ先輩は両手を広げ、部屋の中央でくるりと回転する。


「ここは『特異とくい部』さ」

「トクイ部……?」

「特別異世界救助部。通称、特異部。異世界へ転移してしまった人たちを救助する活動をしているんだ」

 

 僕は無言で、フウマ先輩を見る。先ほどからずっと笑みを浮かべたままだ。


(この先輩、僕をからかってるんだな……仕方がない。話に乗ってやるか)


 僕はいつもより少し高い声を出す。


「すごく面白そうですね! ぜひ僕にも手伝わせてください!」

「そうかそうか! 可愛い後輩ができて嬉しいよ! 今いる後輩は口うるさくて――」

「誰が口うるさいって?」


 いつの間にか、部屋の入口に女子生徒が立っていた。

 肩に少しかかった栗色の髪が、彼女の動きに合わせて揺れる。身長は僕より低そうだ。


「げ、ナギ君……」

「ナギ……もしかして一文字いちもんじナギさん!?」


 僕は思わず叫んだ。


「そうよ。何で私のこと知ってるの?」

「いやいや、この学校の生徒なら、誰でも知ってるよ!」


 僕の言葉に、フウマ先輩がうなずく。


「そうそう、新入生で一番の有名人。小学生の時、剣道の全国大会で優勝したこの町の期待の星。まあ性格は褒められたものでは――」

「部長……斬られたいの?」


 ナギは、手に持っていた傘を刀のように構えた。


「ひっ! すいません……」

「そんなことより――新たな転移者が出たみたいよ」

「ほう」


 ナギの言葉に、フウマ先輩は笑みを消した。


「名前は『只野ただのヒロヒト』。一年B組の生徒よ」

「一年B組……僕と同じクラスだ」


 僕は只野というクラスメイトのことを思い出そうとするが、なぜか頭にモヤがかかったようになる。


「しばらく前から休んでる男子がいたような、いなかったような……」


 フウマ先輩とナギは僕の言葉を聞いて、なぜか苦い表情を浮かべた。

 ナギが話を続ける。


「家族が探しているようだけど、事件性もなくて見つかってないらしいの」

「最後の目撃情報は分かってるかい?」

「学校の図書室。部屋に入った所を見た子はいるけど、出た所を見た子はいない」

「――よし。特異部、活動開始といこうか」


 フウマ先輩は僕の肩に手を置く。


「ハルキ君。君もついて来るといい。仮入部ってやつさ」


 二人の真剣な様子に、僕は思わずうなずいてしまった。




「ナギ君はそっちの書棚を。俺はこっちを探す」

「おっけー」


 放課後ということもあり、図書室にはほとんど人がいなかった。

 フウマ先輩とナギは、二手に分かれて何かを探し始める。


(なんだか……冗談とは思えない雰囲気だな)


 二人の様子を眺めていると、ナギが声を上げる。


「あったわ」


 ナギの元へ行くと、彼女はやけに古びた本を持っていた。

 その本には、図書室の蔵書であることを示すシールは貼られていない。誰かが持ち込んだものなのだろうか。


「転移のきっかけは、これに間違いないな」

「きっかけ……?」


 僕が首をかしげると、フウマ先輩は先生のような口調で言う。


「異世界へ転移するためのゲートは、色んな形でこの世界に発現する。この本もその一つさ」

「へえ! こんな身近な場所に、異世界へ行くゲートがあるんですね」


 僕は驚くが、すぐに我に返る。


(本気で異世界転移を信じてどうする!)


 フウマ先輩はするどい眼差しで、ナギの持つ古い本を見る。


「――さて、早速只野君を助けに行こうか」

「この子――平君だっけ。連れていくの? 足手まといになりそうだけど」


 ナギはいぶかしい目で僕を見た。

 フウマ先輩は微笑む。


「貴重な新入部員候補だからね。僕たちで守れば大丈夫さ。それに、役に立つ特殊能力が発動するかもしれない」

「特殊能力……?」


 僕は首をかしげた。


「詳しくは向こうで説明するよ」

「おしゃべりはそこまで。二人とも、ここに手を置いて」


 ナギは、古い本のとあるページを開いていた。そこには不思議な形の魔法陣が描かれている。

 僕は恐る恐る魔法陣に手を伸ばす。


「こうかな? うわっ!」


 瞬間、僕の目の前は真っ白な光に包まれ、意識が遠くなっていった。




「うう……ここは?」

「大丈夫かい? どこかの街につながってたみたいだ」


 フウマ先輩の声に、段々と意識がハッキリしてくる。

 さっきまで図書室にいたはずなのに、いつの間にか路地裏らしき場所に立っていた。

 周りにある建物の壁は、コンクリートではなくレンガでできており、なんだか外国に来たみたいだった。

 ナギが周囲を調べながら言う。


「部長。魔法陣がここにもあるから、元の世界に戻るのは簡単そうね」

「それは良かった。さて、大通りに出てみようか」


 フウマ先輩とナギは、人の声がする方向へと歩いていく。


「あ、待ってください!」


 僕は慌てて二人についていく。大通りに出ると、目の前に現れたのは――、


「え」


 まるでファンタジーの世界のような中世の街並み。

 通りを歩くのは、剣と鎧を身につけた人たち。一際体の大きな男を見ると、顔はオオカミだった。道の脇にある露店からは、尖った耳の女性が、客引きをしている。

 

「ほ、本当に異世界に転移してるー!?」


 僕の絶叫は空へと舞い上がった。

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