第4話 スカイの夢と私の決意
スカイは椅子から立ち上がり、窓から空を見上げた。
「勉強なんてやめてさ、遊びに行こうよ」
「何言ってんの? ダメに決まってるでしょ?」
スカイを椅子に引き戻すために窓に駆け寄る。すると、先ほどまで晴れ渡っていた空は、灰色の分厚い雲で覆われていた。地面には大粒の雨が叩きつけられている。
「さっきまで晴れてたのに……」
「この地域は、一日のうちに天気がコロコロ変わるんだよ」
「そう、なんだ……」
気候も日本とは違うらしい。一日のうちに天気が何度も変わるなんて、生活がしにくいだろう。
この世界の人たちの暮らしぶりを想像していると、不意にスカイが空に右手をかざした。
「でも大丈夫。見ててね」
先ほどの呑気な笑顔とは打って変わって、真剣な眼差しで空を見上げるスカイ。それからボソボソと聞き取れないほどの声量で何かを唱えていた。
呆気にとられながらも横顔を見つめていると、雨音がぴたりと止んだ。
空を見上げると、分厚い雲が左右に割れて、青い空が現れた。
雨がやんで、世界が光で包まれる。
雨粒の付いた葉っぱに光が差して、水晶のようにキラキラと輝いていた。青空には七色の虹が架かる。
驚きのあまり、声を発することもできない。窓にへばりついて外を眺めていると、スカイはニコニコと笑いながら種明かしをした。
「俺さ、天候を操る能力を持っているんだ。まあ、できるのは雨を晴れに変えることだけだけどね」
「晴れ、男……?」
「あははは! そうとも言うね!」
天候を変える能力? この世界では魔法じみた力も使えるっているの?
私はあらためて、とんでもない世界に来てしまったことを実感した。
「……そういう能力って、この世界の人はみんな使えるの?」
「みんなではないよー。能力者はこの国では1%いるかどうかだよ。でも、王家の人間は大体使えるよー。フラン兄さんは氷を降らせるし、ライリー兄さんは雷を落とせる」
異次元の能力を聞いて気が遠くなる。やっぱりこの世界では常識が通用しない。
クラクラする頭を抱えていると、スカイが窓を開けた。そしてピューっと口笛を鳴らす。
しばらくすると、白い翼をもった巨大な鳥がこちらへ飛んできた。そのまま窓の傍に着地する。
身体の造りはツバメのようだけど、羽は真っ白で、サイズは自動車くらい大きい。
巨大な鳥を前にしてあんぐりと口を開けていると、スカイが微笑みながら手を差し伸べてきた。
「この世界を案内してあげるよ」
「えっ! ちょっと!」
同意を得ることなく、スカイは軽々と私を抱きかかえた。それから窓を飛び越えて、巨大な鳥に飛び乗った。
「落ちないように捕まっててね、委員長」
「まさか飛ぶんじゃないでしょうね?」
「そのまさかだよ」
ふわふわした白い羽にしがみつく。羽が大きく広がりって風が頬を撫でると、巨大な鳥は一気に急上昇した。
「きゃーーーーーー!」
ジェットコースターで急上昇したような感覚に襲われる。心臓がひゅんと軽くなった。
「無理無理無理! 降ろして!」
羽にしがみつきながら目をギュッと閉じる。するとスカイの楽し気な声が耳元で聞こえた。
「委員長! 目を開けて!」
「無理だって! 怖い!」
「大丈夫! ちゃんと支えてるから!」
その言葉と共に、手の甲に温かさを感じた。驚き目を開けると、スカイが後ろから抱きしめるような体勢で手を握っていた。
家族以外の男の人とここまで近い距離で接したのは初めてだった。だけど不思議と嫌な気分にはならなかった。
高鳴る鼓動を感じながら、キラキラとした瞳で遠くを眺めるスカイの横顔を見る。
「委員長。俺じゃなくて、景色を見てよ」
直視していたことがバレて顔が熱くなる。そして言われるがままに景色を見下ろした。
そこには、息を飲むほど美しい世界が広がっていた。
視線を落とした先には、エメラルドグリーンに輝く巨大な湖。湖の畔には深い緑の森が広がっていた。
右手の方角には石造りの町が広がっている。小さな家が規則正しく連なっていて、西洋の田舎町を彷彿させた。
そして遥か遠くには、太陽でキラキラと反射するコバルトブルーの海。水面にはイルカのような水生生物が跳びはねていた。
私の住んでいた街では決して見ることができない、幻想的な景色が広がっていた。
「すごく綺麗。夢みたい……」
「でしょ? 俺、この国の景色が大好きなんだ」
「こんなに綺麗な場所だったんだね」
「でもこれはほんの一部分だよ。この先にはもっと綺麗な景色が広がっている。白銀に輝く雪原とか、地平線まで続く砂漠とか、真っ赤なマグマが沸き上がるカルデラとか。ほかにもたくさんあるよ」
「スカイは行ったことあるの?」
「俺もまだない。だけどいつか行ってみたいと思っている。それが俺の夢なんだ」
遠くを見つめるスカイの瞳は、希望に満ち溢れていた。夢を語る彼は、お城にいた時よりもずっと大人びて見えた。
「素敵な夢だね」
素直に賞賛すると、スカイはこちらに視線を向けて優しく微笑んだ。
「やっと笑ってくれたね」
「え?」
スカイから指摘されて、自分の頬が緩んでいることに気がついた。さっきまで絶望の中にいたはずなのに、もう笑えていた。
「委員長、元気出た?」
「ちょっとだけ」
「なら良かった」
安堵した笑みを浮かべるスカイを見て、私はハッと気づいた。
もしかして、スカイは私を元気づけるために連れ出してくれたの? 突然、異世界に迷い込んで途方に暮れていた私を元気づけようとしてくれたの?
そうだとしたら、感謝をしなければならない。私はスカイの優しさに救われた。出口の見えない暗闇から、光のもとに連れ出してくれたのだから。
この世界に来たことは、そこまで悲観することではない。上空からこの世界の美しさを目の当たりにして、そう思えるようになってきた。
「……あのさ、スカイ、ありがとね」
「うん、どういたしまして」
恥じらいながら御礼を伝えると、スカイはにっこり微笑んだ。
*
お城に戻ると二人の兄に出迎えられた。ライリーは鬼の形相でこちらを睨み、フランはやれやれと呆れていた。
「スカイ! それに家庭教師殿! 何をしているんだ! 勉強をしろとあれほど伝えたのに!」
「スカイ。レディーをエスコートするのは良いけど、やるべきことをやってからにしようね」
温度感は違えど、二人は私達を非難していた。
「ごめんなさい! 勉強はこの後ちゃんとしますんで!」
「えー、今日はもういいんじゃない?」
「良くないでしょ!」
慌てて頭を下げる私とは対照的に、スカイは呑気に笑っていた。それからまたしても、この言葉が突きつけられる。
「あーあ、委員長は真面目だなぁ」
スカイからも真面目の烙印を押されてしまった。でも気にしている余裕なんてない。
「スカイが不真面目過ぎるのよぉ!」
怒りに任せてポカポカとスカイの肩を殴る。
へらへらと笑いながらひとしきり殴られた後、スカイは私の手首を掴んで、わざとらしく顔を覗き込んだ。
「真面目なだけじゃつまらないよ? 委員長っ」
悪魔的な微笑みで私の瞳を覗き込むスカイ。
思わずぐぬぬと押し黙ってしまった。たしかにその意見には一理ある。
いままでの私は真面目だけが取り柄だった。そのせいで他人と軋轢を生むこともあった。
このままではダメなことはわかっている。だけどずっと変われずにいた。
そんな中、私は異世界で自分とは正反対な人物と出会った。不真面目だけど夢を持って楽しそうに生きるスカイは、私とはまるで違う。
私もこんな風に、ルールに縛られずに生きてみたかった。
「私の真面目さと、スカイの不真面目さを、足して2で割ったら丁度よくなるかもね」
「あ、それいいねー」
呑気に笑うスカイを見て、私は気付いた。
もしかしたら、今が変わるチャンスなのでは?
いまはまだ、何が足りていないのかわからない。
だけど自分とは正反対のスカイの傍にいれば、何かが掴めるような気がした。
私は決意する。
――この世界で、真面目なだけじゃない自分を手に入れたい。
もとの世界に帰る方法はわからないけど、いまやるべきことははっきり見えた。
だけどこの世界で生きるためには、スカイにも変わってもらわなければならない。
私はスカイの首根っこを掴んだ。
「とりあえず、今日は夜まで勉強するからねっ!」
「えー……」
不満そうな声をあげるスカイを引きずりながら、私達は学習室へ向かった。
◇
最後までお読みいただきありがとうございます!
短編はこちらで完結となります。
真面目だけが取り柄の委員長がダメ王子の家庭教師に任命されました 南 コウ@『異世界コスメ工房』発売中 @minami-kou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます