第3話 これからのこと

「ふーん、なるほどねー。要するに君は異世界からやって来たってことなんだね」


 学習室と案内されたお城の一室に通されると、私はここに来た経緯をスカイに説明した。


 頭が真っ白になりながら、たどたどしく説明する私とは裏腹に、スカイは世間話を聞くようにのほほんと相槌を打っていた。この温度差に若干のイラつきを覚える。


「え、なんか軽くない? 驚かないの?」

「これでも驚いてるつもりだよー。異世界から来た人なんて初めて見たし」

「そうは見えないんだけどなぁ……」


 異世界から来たなんて話をされたら、「嘘だろ?」とか「馬鹿なことを言うな!」なんて叫んで取り乱しそうなものだけど、スカイは特段驚いた様子もなくあっさりと私の話を受け入れた。


 この世界の常識と私の世界の常識って違うの?


「もしかして、この世界では異世界転移ってよくあることなの?」

「そんなことはないよ。異世界から来た人なんて聞いたことない」

「そう、だよね」


 スカイに心当たりがないというならもうお手上げだ。この状況を打破する方法なんて一つも思い浮かばない。


「もとの世界には帰れないのかな……」


 私は頭を抱えて机に突っ伏した。


 こんなわけもわからない場所に連れて来られてどうしたらいいの? 自分ではどうにかできそうもないし、頼れる相手もいない。この場所で生きていくのは不可能に思えた。


 もとの世界にだって未練はある。両親や友達と二度と会えないなんて、考えただけでもゾッとする。やり残したことだってたくさんあった。


 恐怖に怯えていると、ポンと肩に軽い衝撃が伝わった。


「大丈夫?」


 顔を上げると、笑顔を引っ込めたスカイが心配そうにこちらを見つめていた。

 澄んだ瞳は、磨き上げた宝石のように美しい。穢れのない瞳に心の奥底まで覗かれそうな気がした。


「だい、じょぶ、じゃない」

「あはは、そうだよねー」


 たどたどしく答える私を、スカイが笑った。


「でもさ、ここにいる限りは大丈夫だと思うよ」

「どういうこと?」

「お城の中は安全だから、帰る方法がわかるまで、ここにいればいいよ」

「私みたいな見ず知らずの人間が、お城の中にいていいの?」

「もともと君は、俺の家庭教師として住み込みで働く予定だったんだよ。だからいても大丈夫だと思うよ」

「そう、なんだ……」


 先ほど会った第1王子と第2王子も、私を家庭教師と呼んでいた。この世界の私は、家庭教師としてここに呼ばれたのだろう。


 どうしてそうなったのかはわからないが、生きるためにはこの状況を利用するしかなさそうだ。


「わかった。じゃあ、あなたの家庭教師としてお城に住まわせてもらうね」

「うん。いつまでかはわからないけど、よろしくね。えっと、ブルーベルさん」


 まったくもってピンとこない名前を呼ばれて返事ができなかった。スカイもブルーベルという名前が本当の名前ではないと気付いたようだ。


「君のことはどう呼べばいい? もとの世界ではなんて呼ばれていたの?」

「もとの世界での呼び方か……」


 本名は石渡葵いしわたりあおいだけど、ほとんどのクラスメイトは名前では読んでくれなかった。真っ先に思いついたのは、入学早々に押し付けられた役職だった。


「……委員長」

「いいんちょ?」

「うん。もとの世界では委員長って呼ばれていたの」

「それが君の名前なの?」

「名前ではない。役職名。クラスの代表者だったから、そう呼ばれてた」


 私が説明すると、スカイは合点がいったように大きく頷いた。


「ああ! 委員会の長って意味か! この世界にもいるよ。財務委員会の委員長とか」


 どうやら委員長という言葉は伝わったみたいだ。スカイの言っているような仰々しい組織の長ではないけど。


「委員長。いいじゃん! 呼びやすいし! 俺も委員長って呼んでいい?」


 子どものようなキラキラとした瞳で尋ねられると、拒むことなんてできなかった。


「……好きにしたら?」

「じゃあ好きにする。俺のことはスカイでいいから」

「あなた王子なんでしょ? そんな馴れ馴れしく呼んでいいの?」


 散々タメ口で話しておいて、いまさら呼び方を気にするのはおかしな話だけど、一応確認しておいた。あとで『無礼者は打ち首獄門』なんて言われても嫌だったし。


「スカイでいいよー。かしこまった態度を取られるのって好きじゃないんだよねー」

「そう。じゃあ、スカイって呼ばせてもらうね」


 お互いの呼び方が定まったところで、部屋のドアがノックされた。

 スカイが返事をすると、先ほど会った黒髪短髪の第2王子がやって来た。たしか名前は、ライリー。


「家庭教師殿、勉強は順調に進んでいますか?」


 ティーカップを片手に入室してきたライリーは、私達の手元を見るとあからさまに顔をしかめた。


「テキストすら出ていないようですか……」

「あ、それは、えっとっ……」


 言い訳を考えていると、スカイが呑気に答えた。


「まずは自己紹介をしてたんだよー。それくらい問題ないでしょー?」

「それならいいんだけどな。家庭教師殿、くれぐれも、くれぐれも、よろしくお願いしますよ」


 ライリーに念を押されて、反射的に頷く。私が何度も頷くのを確認すると、やっと視線を逸らしてくれた。

 

 それからテーブルにティーカップを置くと、チラチラとこちらを気にしながら部屋を出ていった。


 チクチクと突き刺さる視線を向けられて、どっと疲れた。そのままもう一度机に突っ伏す。


「あの人、怖くない? すっごい睨んでたよ?」

「ライリー兄さんは顔が怖いからねー。でも、根はやさしい人だよ。猫とかウサギとかモフモフしたものが好きだし」

「それって、食べるのが好きってことじゃないよね?」

「あはは! その返し最高! 今度ライリー兄さんに言ってみよーっと」

「絶対にやめて!」


 あの人は敵に回してはいけない。反射的にそう感じた。


「怒られたくないから、勉強を始めようか」


 家庭教師として来たんだから役目は果たさなければならない。そうでなければ、お城から追い出されてしまう。


 身の安全のため勉強を始めようとすると、スカイはあからさまに嫌そうな顔をした。


「えー……」


 ……この男、やる気ゼロだ。


 そういえば、複数回にわたって家庭教師から逃亡した前科があるんだっけ。この仕事は思いのほか難易度が高いのかもしれない。

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