第2話 家庭教師ってどういうこと!?

 目を覚ますと、よく晴れた空が広がっていた。

 空の色は、真夏のようなスカイブルー。分厚い入道雲も、もくもくと浮かんでいた。


 視線を左右に向けると、みずみずしく覆い茂る草原が広がっている。ところどころにネモフィラのような青い花が咲いていた。


 意識がはっきりしてから、慌てて飛び起きる。


 眼鏡のフレームを押さえながらあたりを見渡すと、目の前に西洋風のお城が見えた。おとぎ話に出てくるような、真っ白な外壁のお城だ。


 見覚えのない景色に、わなわなと身体が震える。息を飲み、思い切り叫んだ。


「ここどこよぉぉぉぉぉぉ?」


 すると背後から、声をかけられた。


「あ、起きた?」


 肩がびくんと飛び跳ねた後、私は振り返った。

 そこにいたのは、私の知っている人物だった。


小倉大空おぐらそら?」


 栗色の髪をした整った顔立ちの男。それはまさしく、私がさっきまで話していた小倉大空だった。


 そのことに気付いた瞬間、思い切り彼の胸ぐらを掴んだ。


「ねえ! ここどこっ? 私をどこに連れてきたのっ?」

「ちょ、落ち着いてー!」


 胸ぐらを掴まれた小倉大空は、私の手の動きにあわせてゆらゆらと揺られる。揺さぶられ過ぎたせいか、ぐるぐると目を回していた。


 私は咄嗟に手を離す。パッと胸ぐらを離された小倉大空は、「ぐへっ」と声を上げながら草原にへたり込んだ。


「急に何するのさー」


 目を回しながら私を非難する。しかしそんなものはお構いなしに、頭に思い浮かんだ疑問を一気にぶつけた。


「ここどこなの? さっきまで学校にいたよね? どういうこと?」


 矢継ぎ早に質問された小倉大空は、体勢を整えながら答えた。


「どこって、お城の敷地内だよ。そしてここは、俺の昼寝スポット」

「お城ってなに? ここは日本じゃないの?」

「日本ってなに? ここはエアドル王国だよ」

「は? そんな国、聞いたことない! ちゃんと説明して、小倉くん!」

「おぐら? 俺はスカイだよ? スカイ・オルディス」

「ふざけないでくれる?」


 もう一度胸ぐらを掴みそうになった手を何とか抑えた。


「ふざけてないよ! というか、この国の人なのに俺のこと知らないって相当だよ?」

「は? どういうこと?」

「だって俺、一応この国の第3王子だし」

「へ?」


 王子。彼はそう言ったの?

 目を凝らして、もう一度見つめる。


 たしかに容姿は小倉大空そのものだったが、着ている洋服は学校指定の体操服とはまるで違っていた。


 上質な白い布地に金色の刺繍が入ったジャケット。肩からは白いマントを羽織っており、足元は黒いロングブーツを履いていた。


「コスプレ?」

「こす? なにそれ?」


 小倉大空もどきは首を傾げる。本気で不思議そうな表情を浮かべていた。私を揶揄っているわけではなさそうだ。


 理解が追い付かない。夢でも見ているのだろうか?

 咄嗟に頬をつねるが、当たり前のように痛い。夢にしてはリアル過ぎるでしょ!


 混乱していると、背後から再び足音がした。


「スカイ! また逃げ出したのか! お前という奴は!」


 黒髪短髪で切れ長の目をした男が、鬼の形相を浮かべながらこちらにやってきた。


 身長は平均的な日本人男性よりも高く、全体的に筋肉質な体型をしている。腰には剣を携えていて、いつぞやアニメで見た騎士のような風貌だった。


 そして隣にはもう一人。


「スカイ、顔が良いだけでは民衆の心は掴めないよ。王子たるもの顔も頭脳も気立ても良くなければ。そう、私のようにねっ」


 先ほどの男とは対照的に、キラキラとした笑顔を浮かべる男。金色の髪は腰まで綺麗に伸ばされており、太陽の光でツヤツヤと輝いていた。


 身長は黒髪の男よりはやや低いが、それでも日本人の平均身長よりは高い。脚はスラッと長く、おとぎ話の王子様のような風貌だった。


 妙に顔立ちの整った騎士と王子様に見下ろされるスカイ。いまにも叱られそうな空気感にも関わらず、彼は呑気に笑った。


「あーあ、見つかっちゃった。もう少しのんびりできると思ったのにー」

「お前が中庭で惰眠をしているのはお見通した」

「スカイも王子なんだから、もう少し気品のある行動をしないといけないよ」

「はーい、フラン兄さん」


 勝手に会話を進める三人。取り残された私は、きょろきょろとそれぞれの顔を見つめていた。


 すると、私の存在に気付いた黒髪の男が深々と頭を下げた。


「家庭教師殿、愚弟を見つけていただき感謝します。このアホにきっちり勉強を仕込んでやってください」

「えー、アホって酷いなー」

「それ以外に言いようがないだろ! 家庭教師から逃げたのはこれで何回目だ?」

「んー? 7回くらい?」

「13回だ! 少しは反省しろ!」

「あの! ちょっと待ってください!」


 どんどん進んでいく会話を止める。向こうのペースに流される前に、状況を確認した。


「あなた方は誰ですか? 家庭教師? どういうことです?」


 すると、三人は顔を見合わせた。何を言っているんだとでも言いたげな表情だ。

 沈黙が続く中、金髪長髪の王子様が胸に手を当ててお辞儀をした。


「ご挨拶がまだでしたね。私はエアドル王国第1王子のフラン・オルディスです」


 続いて黒髪短髪の男も胸に手を当ててお辞儀する。


「俺は第2王子のライリー・オルディスと申します」


 どちらも日本人とは到底思えない名前。いよいよ状況に付いていけなくなってきた。


 混乱して口をパクパクする私に説明をするように、彼らは言葉を続けた。


「あなたはスカイの家庭教師として、今日から城にやって来たのでしょう?」

「家庭教師? 私が?」

「はい。大変優秀な家庭教師と伺っております。どうかうちの可愛い弟をよろしくお願いします。こんな様子ですが、やればできる子なんで」

「スカイの場合は、やる気にさせることが一番の鬼門だからな」

「よく分かってるじゃん、ライリー兄さん」

「とにかく勉強を始めてください。このアホが逃げ出す前に」

「ちょ、え、本当に私ですか?」

「あなた以外に誰がいるんです? ブルーベルさん?」

「ブルーベルって?」

「あなたの名前でしょう? とぼけるのはやめてください」

「え? 私、そんな名前じゃ……」

「どうも錯乱しているようですね。一度城へ戻りましょう」


 フランと名乗った男は、地面に膝をつき、手を差し出す。


「お手をどうぞ、ブルーベル様。私が城までご案内いたします」


 王子様のように跪く金髪長髪の男。あまりの美しさから、背後に薔薇の花が咲く幻覚が見えた。


 ぽーっと見惚れていると、今度は黒髪短髪の男が私の腕を掴む。


「こうしている時間がもったいない。さっさと来てもらいましょう」

「えっ、ちょっと!」


 右手は金髪長髪の男に優しく握られ、左腕は黒髪短髪の男にがっちりつかまれた。その後ろではスカイが呑気に笑っている。


「あははは! 兄さん達は相変わらず強引だなー」


 顔立ちの整った三人の男に囲まれて、逃げ場を失う。


「待って! 全然状況が掴めないんですけどぉぉぉ!」


 美しい草原の中で、悲鳴にも似た叫び声が響き渡った。

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