真面目だけが取り柄の委員長がダメ王子の家庭教師に任命されました
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第1話 真面目過ぎる委員長
「葵ちゃんは真面目だね」
友達や先生から何十回、何百回と言われてきたけど、それって全然誉め言葉じゃないことに最近気がついた。
小学校の頃は、真面目な自分を誇りに持っていた。真面目に宿題すれば両親からは褒められたし、真面目に授業を受けていれば先生からも褒められた。
真面目でいることは素晴らしいことなのだと信じて疑わなかった。
だけど中学に上がってから、真面目という言葉の裏に別の意味が込められていることを知った。
「石渡は真面目だからなぁ……」
「葵ちゃんって、ちょっと真面目すぎるよねぇ……」
眉をひそめながら溜息をつくクラスメイト。その言葉からは、呆れや非難が滲んでいた。真面目でいることは、必ずしも正義ではないらしい。
*
中学に入学した
立候補者が現れず沈黙に包まれる中、小学校からの知り合いが私を推薦したのだ。
「葵ちゃんは真面目だからぴったりだと思いまーす!」
なんて呑気に言いながら、一番面倒な役回りを押し付けるクラスメイト。拒む隙も与えられず、私は委員長に任命された。
その日から私は、クラスメイトから「葵ちゃん」ではなく「委員長」と呼ばれるようになった。
別に呼び方にこだわりはないんだけど、「委員長」と呼ばれると真面目さに拍車がかかったように思えた。
委員長になった私は、役割をまっとうするため、さらに真面目になった。
校則違反にならないように制服のスカート丈を長くして、腰まである長い黒髪は低い位置で二つ縛りにした。近視であることから、目元にはフレームの細い眼鏡をかけている。
どこからどう見ても真面目な女子生徒だ。
もちろん勉強だって抜かりはない。クラスメイトの手本になれるように、中間テストではトップの成績を収めた
私が真面目に過ごす分には、とくに問題はない。だけど私は、その真面目さをクラスメイトにも強要するようになっていた。
それがトラブルの火種になるとは知らずに……。
*
この日もまさに、真面目さが仇になって、クラスメイトから疎まれてしまった。
放課後。帰り支度を終えた私は、リュックを背負って教室を出ようとする。
すると、日直の女子生徒が一人で当番をしていることに気がついた。
日直は放課後にも仕事がある。黒板消し、学級日誌の作成、植物の水やり、簡単な清掃……。
それらを一人でこなすのは大変だから、男女のペアで分担をするのがルールだ。
しかし、日直の女子生徒は一人で当番をこなしていた。眉を顰め、不服そうな表情を浮かべながら。
男子の日直はだれ? そう思って黒板の隅にかかれた名前を確認すると、クラスで一番顔が整っている男子の名前が書かれていた。
襟足が跳ねた栗色の髪、光を閉じ込めた大きな瞳、女子顔負けの滑らかな肌。やや中性的な顔立ちの彼は、クラスでも断トツのイケメンだった。
可愛い顔とは裏腹に、体操服から伸びた脚にはほどよく筋肉が付いている。陸上部に所属している彼は、その足で上級生も打ち負かしているとの噂だ。
顔が良くて、運動ができる。さらに小倉大空は人当たりも良かった。女子生徒から人気を集めるのも頷ける。
しかし、いまはそんなことはどうでもいい。顔が良かろうが悪かろうが、日直当番はきちんとこなしてもらわなければ。
私は教室を出て、廊下を見渡す。すると、女子生徒数人に囲まれてお喋りをする小倉大空を見つめた。
日直を放棄して、呑気にお喋りをしているんなんてっ!
楽し気にお喋りをする彼らを睨みつけながら、大股で近寄った。
「小倉くん! 今日日直でしょ? サボってないで仕事して!」
はっきりと注意をすると、小倉大空はきょとんとした瞳をこちらに向けた。そこに焦りは微塵も伺えない。
「一応、ペアの子には声かけたよ。『部活あるから当番お願いしていい?』って」
「部活があるのはみんな一緒でしょ? 部活を理由にサボったら、誰も当番やらなくなるよ」
「でも、今週末に大会があるんだ。早く行かないと先輩に怒られる」
「その割には、お喋りしている時間はあるんだね」
「ちょっと呼び止められたから話してただけだよ」
「ふーん……」
言い訳がましい小倉大空を、ジトっとした視線で見つめる。
すると彼は、眉を下げながら笑った。
「まあでも、委員長の言う通りだよね。一人で当番をやるのは大変だし、俺戻るよ」
小倉大空は意外にもあっさり折れた。そのまま駆け足で教室に戻った。
わかってもらえてよかった。そう胸を撫でおろして、私は昇降口に向かった。
しかし階段を降りている途中で、忘れ物をしたことに気付いた。私は慌てて教室に戻った。
教室に入ろうとすると、扉の前で小倉大空と喋っていた女子生徒がコソコソと会話をしていた。こういう話し方をする時は大抵悪口だ。
素通りしようとした時、悪口のターゲットが私であることに気付いた。
「委員長のあの言い方、ウザくない? 小倉くんはちゃんと当番の子と話をつけていたのに」
「真面目っていうか、融通がきかないっていうか、シンプルにめんどくさっ」
そう吐き捨てると、彼女達はせせら笑っていた。
私は教室に入るのを辞めて、そのままUターンした
ショックと恥ずかしさで顔が熱くなる。歯を食いしばっていなければ、涙が零れそうだった。
なんで? 私は悪くない!
小学生の私だったら、そうやって彼女達を悪者にしていただろう。だけど今は、彼女達の言い分も理解できる。
日直の二人は、当人同士で話し合いをしていた。仕事を押し付けられた女子生徒は、不服そうな顔をしていたが、納得してのことだったのかもしれない。
それなのに、真面目な私は勝手に正義感を振りかざして小倉大空を悪者にした。傍から見れば、そのことが気に食わないのだろう。
空気を読めないのは自分でもわかっていた。だからこそ、恥ずかしくて泣きたくなった。
階段の踊り場まで辿り着いた時、足を止めて深呼吸をした。いよいよ泣き出してしまいそうだったからだ。
その時、誰かが階段を降りてくる音がした。
「委員長!」
振り返ると、小倉大空がいた。彼は息を切らしながら、私を追いかけてきた。
「あのさ、委員長、さっきはごめんね。俺のせいで」
「何が?」
「俺のせいで、クラスの子から悪口言われちゃって」
「見てたんだ」
「うん。見てた」
気まずそうに頭を掻きながら、私の様子を伺う。
私はといえば、声を出したら涙交じりになりそうだったから、歯を食いしばりながら上履きを見つめていた。
すると小倉大空が遠慮がちに言葉を続けた。
「俺はさ、委員長のことウザいとか思ってないから。注意されたこともめんどくさいとは思ってないよ」
なにそれ? 慰めてるつもり? そもそも誰のせいでこんなっ!
若干の苛立ちを感じていると、小倉大空は言葉を続けた。
「委員長が頑張っているの、俺は知ってるから」
咄嗟に顔を上げると、小倉大空は真っすぐこちらを見つめていた。
心の内を見透かされそうな澄んだ瞳に蹴落とされて、思わず後退りする。
「だからさ、泣かないで、ね?」
手を差し伸べながら微笑む小倉大空。あまたの女子を虜にした天使の笑顔を向けられて、鼓動が高鳴った。
思わずもう一歩後退りする。
すると、あると思っていた床が消え、大きく体勢を崩した。
「危ない!」
身体が重力従って落ちていく。落ちながら、自分が階段から落ちていることに気がついた。
背中に強烈な痛みが走ったと同時に、私は意識を手放した。
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