悪役令嬢忠臣蔵 ~47人の悪役令嬢がみんなで王子に立ち向かい法律をちり紙みたいに破り捨てたら、うまくいっちゃいました!~

もちぱん太郎@やり直し配信者

悪役令嬢忠臣蔵


  ◆ ◆ ◆


『闇の女王ステラ』

 彼女を中心に、たくさんの悪役令嬢たちが横並びになっていた。

 通常悪役令嬢というものは一緒にいることはない。周りにいるのは手下と取り巻きである。いわば一国一城の主であり、王のようなもの。

 それが、並んでいた。二人や三人ではない。

『闇の女王ステラ』を含めて47人。

 異様であった。

『闇の女王ステラ』を中心に、悪役令嬢たちは決意の表情を浮かべて、人気の少ない王都を歩いている。

 風が強く吹き荒れ、そのため彼女たちの髪の毛やドレスは舞っていた。

 一人ひとりが静かに歩く。『闇の女王ステラ』はわずかにだけ先頭に立って進んでいた。彼女たちは目的地に向けて進み続ける中、誰もが心の中で複雑な思いを抱いていた。


「あの男たちを倒すために私たちはここにいるの。でも、それでもやっぱり不安な気持ちは抱えてしまいますわね」

 そう呟く悪役令嬢がいた。


 悪役令嬢たちは、それぞれが個性的で、見た目も衣装も全く異なっていた。しかし、今は彼女たちが一つの目的を持ち、力を合わせていた。悪役令嬢ごとに別の考えを胸に秘めながらも、仲間たちとともに進むことで力を得ていた。


『闇の女王ステラ』は言った。

「これが最後の戦いです。死ぬ覚悟がある悪役令嬢だけ、ついてきてください」

 しかし、それで去るような者は一人もいなかった。

 ステラの近くにいた悪役令嬢が、フ、と笑った。

「ここまで来たら、引き返すわけには参りませんわぁ…あの憎い相手も料理して差し上げますわぁ」

 また別の悪役令嬢が真面目くさった口調でいう。

「私たちは、私たち自身の仇を獲るために来た。引き返すような者は、悪役令嬢の名を返上したほうがいい」


 ゴウ、と強い風の音がする。

 風が再び吹き荒れ、彼女たちの髪の毛やドレスは強く揺れる。

 しかし、彼女たちはそれに動揺せず、むしろ颯爽と進んでいく。

 空はだんだんと曇ってきていた。

 声が聞こえる。

 それは民衆の声だ。

 彼女たちは目の前に広がる大きな神殿を見つめた。


「さあ、いきますよ! いざ神殿!」と『闇の女王ステラ』が叫び、駆け出す。

 続くように悪役令嬢たちは一斉に大神殿へと向かって走り出した。


 誰もが、決戦が始まることを感じていた。


 なぜ悪役令嬢たちは47人も集まり大神殿へ乗り込むことになったのか。


 話は約二週間ほど前にさかのぼる。



  ◆ ◆ ◆



 中世ファンタジー風なこの世界で、貴族たちは強い力を持っていた。

 そんな世界だから必然だったのかもしれない。


 蝶よ花よと育てられ、わがまま放題し放題。

 そんな令嬢たくさん育つ。


 彼女たちを人は悪役令嬢と呼んだ。




「オーホホホホホ! パンがなければケーキを食べればいいですわぁ! ケーキがなければお肉を食べればいいですわぁ! どちらもなければァ!? 買ってくればいいのですわぁ!!!」

 そう高笑いを上げる悪役令嬢がいれば、

「あなたのお洋服、古くて安っぽいですの! そんなものを着ているなんて。大爆笑ですの! 今の流行は高い襟! フリル&フリル! 重厚かつ華やか! あなたのそのスタイルは、半端すぎますの! 何ならわたくしが繕ってさしあげますの!!」

 そういって他者をあざける悪役令嬢もいる。

「あなた、無能ですね。能力がない。品位がない。家柄知能美しさHPこうげきぼうぎょとくこうとくぼうすばやさ! すべてがありません! 天は人に二物を与えずという言葉もありますけど、何一つ持ってないんですね! お可哀想」

 悪役令嬢たちはたくさんの人を泣かせてきた。

 泣いちゃった貴族家当主すらいた。


 だからできてしまったのだ。

「悪役令嬢禁止法」

 この法案を提案したのは第一王子キラであった。

 そういった法案ができた結果、たくさんの令嬢が自室に謹慎することとなった。

 このことに悪役令嬢たちの不満はたまっていった。


 自室に謹慎を命ぜられ、しばらく表に出ることすらできない。

 しかし、悪役令嬢たちは折れなかった。


 悪役令嬢は激怒した。必ず、邪知暴虐のあの第一王子を除かねばならぬと決意した。

 悪役令嬢に政治はわからぬ。ただのわがままな令嬢である。

 贅をこらし、わがまま放題に暮らしてきた。

 けれども、自らの邪魔をするものには人一倍に敏感であった。

 わがままができない?

 そんな人生、死んでいるのと一緒よ!

 わたくしの人生はわたくしの欲を満たすためにあるのよ!


 そう思った悪役令嬢たちは、その法律を作った第一王子を倒すために立ち上がることにしたのだ。

 令嬢たちはこっそりと集まることになった。

 しかし悪役令嬢たちはさほど交流がなく、令嬢たちは、お互い面識のない人すらいた。

 そのため、自分たちがどんな存在なのかを悪役令嬢同士で伝え合うために、二つ名をつけることにしたのだ。

 それは誰かにつけられたり、自ら名乗ったりし合ったのだ。

 もちろん、本人に見合わないような二つ名をつけたら、誰とはなしにツッコミが入った。

 結果として、悪役令嬢たちはそれぞれにふさわしい二つ名で呼び合うことになった。

 ごくまれに、二つ名に見合わないような人物もいたが。


 悪役令嬢たちの集まりの中心人物となったのは、その二つ名に見合わない人物だった。

『闇の女王ステラ』だ。


 彼女は元々病弱で誰とも面識がなかった。

 なぜそんな『闇の女王ステラ』の家に集まることになったのかといえば、ステラの家の近くで迷子になっていた悪役令嬢を家まで案内したことがはじまりだ。

 ステラの名前を聞いて、あなたの家にいきたいと言われたことにはびっくりしたが、ステラにその話を断るつもりはなかった。

 ステラのことはこの中の誰一人として知らないが、彼女は特に何もできない悪役令嬢だ。

 自分にかっこいい二つ名をつけただけであり、闇要素も女王要素もなかった。

 しかし、悪役令嬢たちは、彼女が自らを「闇の女王」と名乗り、誰もそれに異を唱えなかった。

 ステラは普段から引きこもっていたため、誰もステラのことを知らなかったのだ。

 闇の女王などと大層な二つ名をつけ、誰もがそのことに文句ひとつつけない。

 そのため、悪役令嬢たちはステラを大物だと思ってしまったのだ。


 ステラは円卓の一番の上座に座っていた。

 みんなの視線が集まったことで、ステラはテンパっていた。

 何かいいことを言わなくてはならない。

 そんな考えが頭の中をぐるぐるしていた。


「世界――」とステラが話し出すと、悪役令嬢たちの視線が集まった。


「世界を、変えましょう。私たちの――この手で――手に入れたいものを、手に入れられない――そんな腐った世界に、革命を起こしましょう――」

 言葉には不自然な部分があった。

 ステラは何を言うか考えていなかったので、頑張って考えながら話していた。

 そのため、たくさんの隙間ができてしまっていた。

 しかし、それは偶然にもいい感じの間になった。

 彼女の話に、人心掌握術を極めた達人の演説のように、人々の意識を引き付けるような最適な間が生まれたのだ。

 悪役令嬢たちは、ステラの言葉に魅了された。

 彼女の熱意と決意を感じていた。

 彼女の言葉は、自分たちの意志であり、同じ思想をもっていると感じた。

 そして自分たちは間違ってなどいないと再確認したのだった。


「ステラさん、その通りですわ! 私たちもあの王子の悪事に怒りを感じていますわ! 一緒に世界を変えるのですわ!!」

 と、令嬢たちが声を揃えて言った。

 ステラは自分が言った言葉に自分自身も驚いていた。

 適当なことを言っただけなのに。

 いや、違う。

 これは自分が元々考えていたことかもしれない。無意識に自分の本心とカリスマ性が発露したのだ。

 ステラはそう思い込んだ。

 なぜなら、令嬢たちの同意を示す言葉に力を貰い自信を持つことができたからだ。

「ありがとう、皆さん」

 その声には力が宿っていた。

 みんなが認めてくれるからステラはすごい人物になった気になっていた。

 堂々としながらも冷静なその姿はまさに闇の女王だった。

「私たちは、この世界を変えるために、力を合わせましょう!」

 ステラの言葉に、悪役令嬢たちは更なる決意を持った。

 彼女たちは、ステラと共に世界を変えるため、立ち上がったのだ。

「あんな法律なんて、従う必要などないのです」

 ステラはそこまで言って、少しためをつくってから続けた。ためというか本当はちょっと考えていただけだ。

「法律は――破るためにあるのです!」

 その言葉にたくさんの悪役令嬢は目を輝かせた。

 そして、誰ともなくつぶやき始める。


「法律は、破るためにあるんですわぁ」

 そのような声があちこちから上がった。


 最初はばらばらだった声の波はだんだん一つになっていった。


「「「「「法律は破るためにあるんですわ」」」」」


 彼女たちの意思はそこで固まった。



 そのあと悪役令嬢たちは会議を行った。

 会議によって決定されたのは、各地で暴れまわることだった。

 これは『闇の女王ステラ』が強くいって決定した事柄だ。

 この世界で貴族は強い権力を持つがゆえに、他者から責められることはほとんどない。なのでメンタルは弱かった。

 その弱い貴族のメンタルを攻撃しようという作戦なのだ。

 作戦を立てた悪役令嬢は、ほかにも考えがあるということを言っていた。だが悪役令嬢たちには関係がない。悪役令嬢たちはその欲を満たすだけだ。

 彼女たちは様々な悪事を行った。

 たとえば会議の翌日に行われたパーティなどは、複数の悪役令嬢が参加した。

 地獄――そう形容するのも生ぬるいような、スーパー煉獄と化した。

 参加した悪役令嬢たちはこんな感じだった。


『貪欲のライラ』

 パンもお菓子も肉も食べつくしてしまう食欲の怪物だ。

 そこにあるパンも肉もお菓子も食べつくし、パーティ会場にいたたくさんの貴族たちはおなかをすかせてしまった。

 なんと恐ろしい悪事であろうか。

 おなかをすかせた貴族たちは、おなかの音を我慢することができなかった。貴族とは見栄の生き物。恥をかくくらいなら死ぬほうがマシ。そう考える人も相当数いた。そんな貴族がおなかの音を他人に聞かれてしまう。これはあってはならないことだった。

 おなかをならした貴族たちは、恥ずかしさのあまり寝込んでしまった。


『一張羅のリリィ』

 彼女は素晴らしい仕立ての衣装を一着だけ持っており、それを裏表逆にすることで二着持っているように見せかけている悪役令嬢だ。

 パーティーにいくと、自分よりださいドレスを着ている令嬢にこれ見よがしに悪口を言って泣かしてしまう。

 本物のワルである。

 彼女が再びパーティに出ることにより、ドレスを涙で汚す令嬢が増えたという。令嬢たちはその後パーティにいくことを嫌がり、行かせようとした家族と衝突した。娘に反抗された貴族たちは寝込んでしまった。


『呪詛のセレナ』

 彼女は舌鋒するどく、ナイフみたいにとがっては触るものみな傷つけた。

 彼女に嫌味を言われた貴族たちは「そっか。そうなんだ。俺はだめなやつなんだ」と思ってしまい寝込んでしまった。


『借りパクのアイラ』

 彼女はこのパーティには参加していなかったが、自宅で弟のお菓子を借りパクしていた。


 ともかく、そのパーティに参加した貴族たちは、そのほとんどが自室にこもったり寝込んでしまった。

 こんな悪魔のような悪役令嬢が47人もいるものだから、当然問題はたくさんおきた。

 そして貴族たちはどんどん具合を悪くしてしまい、国の行政は滞ってしまったのだ。


  ◆ ◆ ◆


 このままではいかぬ――と立ち上がったのはこの国の第一王子、キラだった。

 彼はまだ十代後半だったが、国を守るという使命を強く持っていた。

 キラ王子は自室で家臣たちに向かって口を開いた。

「赦せぬ」

 キラ王子は片手を広げた。

「彼女たちは我が国の大地を欲に燃えて掘り起こし、貪欲にその果実を啜り取る。残された荒野にはただの虚しさが残るのみ。我らが住むこの地を、彼女たちの欲望が蝕む。それは決して赦されることではない」

 キラ王子の言葉を家臣たちの過半数はよく理解できなかった。キラ王子は物事を難しくいうことで有名だった。

 なんとか理解した家臣の一人は尋ねる。

「ではキラ王子。捕まえて牢屋にでも放り込みましょうか」

 キラ王子は首を横に振る。

「我々が彼女たちを直接取り締まることは許されぬ。たとえ取り締まったところで、大した罪には問えぬことは明らか。我々は法の剣を以って民を治めるものであり、その剣を恣意的に振り回す者に非ず」

「じゃあどうするのですか? キラ王子」

「我らは民草によって支えられるもの。法という剣を振り回すには民草の心こそ変えねばならぬ」

「つまりどういうことですかキラ王子」

「我が声を響かせ、民衆の心を揺るがし、彼女らが欲望に駆られた輩であることを明白にするのだ。彼女らの嘘と欺瞞を裏付けていることを示すのだ!」

 家臣のほとんどが理解できませんでした。

 かろうじて理解した家臣が、しばらくの時がたった後いいました。

「国民に演説するということですね?」

 第一王子キラはこくりとうなずいた。


 それからキラ王子は貴族を幽閉する塔へと足を運んだ。

 この一室には第二王子が幽閉されていた。

「サノアよ。そろそろ目の盲は開かれたか? いくら我が弟とはいえ、そこまで愚かであれば使い道がない」

 貴族を幽霊するに十分な程度に行き届いた部屋の中で、第一王子キラがいった。

 第二王子サノアはその美しい顔をあげた。悪くなった血色がその美貌を幾分か衰えさせていた。

「兄さんこそ、馬鹿な真似はやめるんだ。いきなり強硬な手段をとらなくてもいいじゃないか。彼女たちと話せば、みんなとは言わなくてもわかってくれる令嬢も多いはずなんだ。悪役令嬢禁止法なんて必要ないんだ」

 第一王子キラは次期国王としての立場の強さを利用して、半ば無理やりこの法案を通した。

 それに反対していたのは第二王子サノアだ。

 サノアはそのことにより幽閉されてしまうことになった。

「愚物が。同じ王族の血が流れていることすら信じられぬ。そなたは悪を信じ栄えさせる、腐った果実よな。そなたのような人間がいるから虫はそなたという果実を苗床に肥え太り数を増やす」

「兄さんはなぜ自分以外を信じないんだ……。そんなことじゃ、最後にはだれからも信じてもらえなくなってしまう」

 つらそうな声で第二王子サノアがいった。

 しかし第一王子キラはそれを歯牙にもかけない。

「くだらぬ。人は信じるのではなく、使うだけよ。そなたのような王族がいるだけで害悪。このままその害しかない生涯を終えるとよい。我と同じ血が流れているからと、」

 第一王子キラはそう言い残して部屋から出て行った。

「……兄さん」

 第二王子サノアの切なくつらそうなその声を聞くものは、窓辺にいた一羽の鳥のみだった。

 鳥は窓辺から飛び立っていく。しかしサノアに飛べるような羽はなく、狭い窓からでは抜け出すことも叶わない。

 脱出できるような目当ては何一つとしてなかった。




 その翌日のことだった。

 キラ王子が王都で演説をするという話が通達された。

 国民たちはさほど興味を持たなかった。

 しかしそうなることを想定した家臣が、来場者全員においしい焼き菓子をプレゼントする企画をした。

 その結果、おいしいお菓子が食べられるという噂は駆け巡った。

 国民たちはその日を心待ちにしていた。


  ◆ ◆ ◆


 その噂を聞いて静かに笑った悪役令嬢がいた。

『闇の女王ステラ』だ。

 彼女は病弱で、ずっと自室で寝たきりだった。最近になってようやく、病気が治って活動できるようになった。

 それまで彼女はずっと自室で本ばかりを読んで、空想ばかりをしてきた。

 その経験と、悪役令嬢たちから聞いた第一王子キラの話をまとめて、考えてみたのだ。

 結果として彼女の考えるキラ王子の行動は見事に当てはまった。

「演説の話を聞いた途端笑って、どうしたのかしらぁ? ステラさん」

 そう尋ねたのは『追従のオリーブ』だ。『追従のオリーブ』は的確に令嬢たちをほめそやし、悪い部分を育ててしまったりして、たくさんの悪役令嬢を生んだ、ある意味悪役令嬢たちの生みの親でもあった。

「いえ。想定通りになりました、と思いまして」

「第一王子が演説するということを呼んでいたということですわねぇ? さすが、ステラさんですわぁ」

「ふふ。そう褒めないでください。照れてしまいます」

 そういった『闇の女王ステラ』のほっぺたはちょっとだけ赤くなっていた。

『闇の女王ステラ』はキラ王子が演説することを読んでいた。

――否。

 そうなるように誘導した。

 悪役令嬢がいろんなパーティーで暴れれば、何らかの対策をとってくることは目に見えていた。そしてその中で確率が高いのは演説であった。

「そういえばそういう感じの作戦でしたわぁ! ステラさんはまるで神のごとき知恵ですわぁ~」」

 そんなふうにいわれて『闇の女王ステラ』は少し照れた様子をみせた。

 悪役令嬢たちは素直に褒められることに弱いことが多々あるのだ。

「各地で悪役令嬢が暴れれば国は乱れちゃいますし、世も乱れちゃいますし、乱世を呼び込むことすらありえるんです。だったら国はどうするか? 止めなければいけません。けれど、かわいい女の子たちを無理やり捕まえるなんて世論が許しませんよね。だから、世論を変えるために演説をはじめる。これはほぼ起こる出来事だと読んでいました」

 外れてしまう可能性もあったため、不安ではあった。しかし、悪役令嬢たちに頼られたら頑張るしかない。不安な顔を見せれば、悪役令嬢たちが不安がるかもしれない。

 そんなふうに『闇の女王ステラ』は考えて、がんばったのだ。

「えっと……キラ王子の演説でみんなの気持ちがかわったらぁ、私たちが捕まってしまうわぁ~。違うのかしら、ステラさん」

 その未来を想像して『追従のオリーブ』は震えあがった。

「ええ。でも逆に、世論が私たちを支持したらどうなりますかね?」

『追従のオリーブ』はハッとした。

「それは、民衆たちが私たちの味方になるわぁ~。そうしたら、決して捕まらなくなるかもしれないわぁ」

「ふふ。そうなったら、天の采配は悪役令嬢たちが決める時代がきます。悪役令嬢にあらずんば人にあらず、ですよ」

『闇の女王ステラ』は発言したあと、やっぱり言い過ぎたと思ったのか「やっぱりみんな人です」と言い足した。

『追従のオリーブ』が心配そうに言う。

「でも、もし、みなさんにわかってもらえなかったら、どうしましょう?」

「もし、民衆を味方につけられなくても大丈夫ですよ。キラ王子さえ言い負かしてしまえば大丈夫です」

 親玉さえ倒せばだいたい大丈夫なんです、と『闇の女王ステラ』は思った。

「えっと」

「私たちを止められるのはキラ王子くらいのものです。ほかの人間には、そんな思い切りはないし、公爵令嬢や侯爵令嬢がたくさんいる私たちをとらえることは不可能ですよ。貴族は、えらいんです。それに第二王子サノアさんも捕まっていますしね」

 サノア。それはこの国の第二王子である。彼は美しく気高く、国民に人気があった。優れた剣技で名を馳せるだけでなく、その優れた知恵は幼き頃より神童として有名であった。しかし彼を何より有名にしていたのは、その能力を一切鼻にかけることのない気さくさと、やさしさであった。

「第二王子は私たちのために第一王子に反論して、つかまってしまいましたわねぇ。でもそれ以外にも、王様がいらっしゃるのではなくてぇ~?」

「大丈夫です。王様は、今は臥せっていますからね」

「えっ」

「これは上層部以外では伏せられていることですが」

 そう前置きをして『闇の女王ステラ』がいった。お父さんに聞いたことだから間違いはなかった。

「王様はこの前隣国の使者を迎えたときに、使者が遅刻してきたんです。そのせいで具合を悪くしたんですよ」

「な、なぜですのぉ? それでしたら、使者のほうが申し訳なくて具合を悪くしちゃうはずですわぁ」

「もちろん、使者も申し訳なくなって具合を悪くしました。ですが、王様もノーダメージではなかったんです。遅刻されるなんて、もしかしたら自分は嫌われているかもしれない。そんなふうに考えて、心を弱くしてしまったんですね。おかわいそうに」

 想像して『闇の女王ステラ』の胸はきゅぅっとなった。

「でも私たちにとっては好都合です」

「さすが、ステラさんですわぁ~」


  ◆ ◆ ◆


 そして、とうとう演説の日がきた。

「ついに、私が望んでいた演説の日が訪れた。今こそ民衆たちの心を私の言葉で固め、思い通りに導いてみせる時だ。私にはその力がある。私の言葉は彼らを動かす。そして私の意図するところに導く」

 キラ王子は家臣たちと共に大神殿へと訪れていた。

 民衆たちはすでに集まり始め、がやがやとした声がうるさい。

 側近が口開いた。

「キラ王子。民衆には先にお菓子を配ったほうがよろしいかと存じますが」

 その提案をキラ王子は一顧だにせず蹴った。

「否。民衆は果てのない欲望に流され、つかの間の安堵を追い求める存在に過ぎぬ。甘味一つ与えられれば、容易にその場を去ってしまうことは必定である。だが演説を全て聴き終えし者のみに、褒章として与えるのだ。一時を耐え忍ぶことこそ、未来を変えるために必要なのだ」

 家臣はこれ以上進言しても無駄だと思ったのか、口を閉じた。

 大神殿の前の大広間につくと、すでにたくさんの民衆がいた。

 キラ王子は内心、彼らのことを下に見ていた。

 平民という立場だけでなく、その精神性を。

(甘味などというひと時しか幸福を得られぬものを求め、集まる者がここまでいるか。その労力と時間を研鑽に使えばこの中のいかほどが優れた人材となりうるだろうか)

 キラ王子は左右に首を振った。

(否である。一瞬の快楽しか見えぬものは元より低俗な存在でしかない。研鑽をつめるものは、もとよりそうなのだ。自ずと頭角を現し、天へ登る竜となる。なれぬものは地を這う虫でしかない)

 そう考えながら、キラ王子は大広間にある壇上へと登った。普段は神父などが説法をする場所である。


 そして、上から民衆を見下ろしながら言った。

「親愛なる国民の諸君」

 それはよく通る、力強い声だった。

「我がここに立つに至るまで、我が国は多くの苦難を乗り越えてきた」

 だんだんとざわめきが静まっていく。

「今、我々は新たな困難に直面している」

 民はキラ王子の声に耳を傾けた。

「しかし、我々は共に戦い、勝利する。そして、私たちは、我が国の未来を共に築き、その栄光を共有することができる。さて、我が親愛なる諸君、そのために私たちは何をすべきか。私たちは、彼女らが悪辣な計画をめぐらし、悪役令嬢として君臨していることを明らかにし、彼女らの罪を明確にすることが必要である。彼女らの陰謀を裏付け、彼女らの嘘と欺瞞を暴き出すのだ!」

 キラ王子の声が熱を帯びていく。

「今こそ、我々は悪役令嬢という邪悪な存在に立ち向かわねばならない。彼女たちは、自分たちの欲望のために、無辜の者たちを傷つけ、国家の秩序を乱し、民衆の心を蝕んでいる」

 力強い声と、端正な容姿の王子が、自分たちに声をかけている。そんなことを感じた民衆は声に集中した。

「しかしそのような行為は許されるべきではない。我々は彼女たちを取り締まり、逮捕しなければならない!」

 そうだ! と民衆の中から声があがった。キラ王子は知る由もないが、これは家臣が仕込んだサクラであった。

 その声を皮切りに「そうだ」という声があがってくる。

 キラ王子はその反応に返すように声を張り上げた。

「これは、単なる肉体的にか弱き婦女子であろうとも関係ない! 法の下に平等であることは、我々が生きる社会の基本である! 今こそ、我々は団結し、悪役令嬢を追い詰め、正義を勝ち取らねばならないのだ!」

 盛り上がっていた。

 キラ王子の言葉は、その場にいない相手を的確に貶めていた。

「彼女たちはその存在そのものが、あってはならない悪徳を顕現した、悪の権化なのだ!」

 悪役令嬢死すべし! そんな声が上がるのも、時間の問題だった。


  ◆ ◆ ◆


『闇の女王ステラ』

 彼女を中心に、たくさんの悪役令嬢たちが横並びになっていた。

 通常悪役令嬢というものは一緒にいることはない。周りにいるのは手下と取り巻きである。いわば一国一城の主であり、王のようなもの。

 それが、並んでいた。二人や三人ではない。

『闇の女王ステラ』を含めて47人。

 異様であった。

『闇の女王ステラ』を中心に、悪役令嬢たちは決意の表情を浮かべて、人気の少ない王都を歩いている。

 人が少ない理由はキラ王子の演説だろうと『闇の女王ステラ』は思っていた。

 風が強く吹き荒れ、そのため彼女たちの髪の毛やドレスは舞っていた。

 一人ひとりが静かに歩く。『闇の女王ステラ』はわずかにだけ先頭に立って進んでいた。彼女たちは目的地に向けて進み続ける中、誰もが心の中で複雑な思いを抱いていた。


「あの男たちを倒すために私たちはここにいるの。でも、それでもやっぱり不安な気持ちは抱えてしまいますわね」

 そう呟く悪役令嬢がいた。


 彼女の名前は『呪詛のカミラ』で、彼女は普段は常に厳しい言葉を口にしていた。しかし、彼女はそのような言葉を呟いてしまうほどに、悪役令嬢たちは誰もが同じように不安な気持ちを抱えていた。



 悪役令嬢たちは、それぞれが個性的で、見た目も衣装も全く異なっていた。

 それぞれが美しく可愛らしい。

 個々それぞればらばらの魅力を持った少女たち。

 中には決して相容れぬ性格の少女もいるだろう。

 しかし、今は彼女たちが一つの目的を持ち、力を合わせていた。

 それぞれが思い思いの考えを胸に秘めながらも、仲間たちとともに進むことで力を得ていた。


『闇の女王ステラ』は言った。

「これが最後の戦いです。死ぬ覚悟がある悪役令嬢だけ、ついてきてください」

 しかし、それで去るような者は一人もいなかった。

 ステラの近くにいた『貪欲のライラ』が口を開く。

「ここまで来たら、引き返すわけには参りませんわぁ…あの憎い相手も料理して差し上げますわぁ」

 また別の悪役令嬢が真面目くさった口調でいう。

「私たちは、私たち自身の仇を獲るために来た。引き返すような者は、悪役令嬢の名を返上したほうがいい」


 ゴウ、と強い風の音がする。

 風が再び吹き荒れ、彼女たちの髪の毛やドレスは強く揺れる。

 しかし、彼女たちはそれに動揺せず、むしろ颯爽と進んでいく。

 空はだんだんと曇ってきていた。

 声が聞こえる。

 それは民衆の声だ。

 彼女たちは目の前に広がる大きな神殿を見つめた。

 すでに演説は始まっている。

 民衆は盛り上がっているようで、すでに不利な盤面だった。


「さあ、いきますよ! いざ神殿!」と『闇の女王ステラ』が叫び、駆け出す。

 続くように悪役令嬢たちは一斉に大神殿へと向かって走り出した。


「待て貴様ら! 何者だ!」

 鎧を着て剣を腰に下げた騎士が誰何(すいか)の声をあげた。

 警護の騎士は三人ほど。


「すみません! 今はお話にお付き合いする暇がないんです!」

『闇の女王ステラ』は叫ぶ。屈強な騎士が相手でも、足は決して緩めない。病弱だった『闇の女王ステラ』にとって死の危険など慣れ親しんだものでしかなかった。

 しかし自分より体格の良い男に恐怖し、足を止めてしまった令嬢もいた。しかし自分より小さな身体で一歩として引くことなく奔る『闇の女王ステラ』を見て再び走り出す。


「こやつらはいったい!? もしかして今話題の悪役令嬢か!?」

 騎士の一人が叫んだ。

 その言葉に続いて別の騎士が叫ぶ。

「者ども! 出会え出会え! 曲者だ!!」

 声が響き渡って数瞬ののちに、十数名の男たちがどこからともなく現れた。

 彼らは簡素な鎧を着て手に槍をもっている。

 一般兵士だ。


――しかし――――。

「なっ! そんな!?」

 兵士たちのうち数人の手から槍が消えていた。


『借りパクのアイラ』だ。


 彼女は今まで磨いた借りパクのテクニックにより、兵士たちから槍を借りパクしたのだ。

 槍は悪役令嬢たちの遥か後方へと投げ捨てられていた。


 次に活躍したのは『一張羅のリリィ』であった。


「あなたがた、王子の演説なんてこんなハレの日に、いつもと同じ鎧なんですの!? ちゃんと洗っているんですの!?」

 そのことをちょっと気にしたのか、兵士たちの動きが鈍った。


 次は『貪欲のライラ』であった。


 彼女はいつのまにかもぐもぐとおいしそうなお菓子を食べていた。

 兵士たちは驚愕してそれを見た。

 いったいどこから? いや、それ以前にこのお菓子には見覚えが――。

 アッ。

 気づいてしまった。

 気づかなければ大丈夫だったのに。しかし一度知ってしまった、気づいてしまったアイデアはなかったことにはできない。

(あれはもしかして、オレが、王子様にもらった――今日民衆たちがもらえるはずのお菓子!?)

 そう。そのお菓子である。

 後で食べるように厳命されて、大事にとっていたお菓子を食べられたことに気付いた兵士たちは、もはや立ち上がることなどできなかった。

 泣き出してしまった子もいた。

 そうなるともはや大神殿の警備どころではない。

 多くの兵士たちは床に倒れ、嗚咽を漏らしていた。


 しかし、そのアイデアに成功せずにお菓子のことなど全く気付かない鈍い兵士や騎士もいた。

 彼らは力づくで悪役令嬢たちを取り押さえようとした。

 特に中心人物のように見える『闇の女王ステラ』を、だ。

 少数とはいえ力の強い兵士や騎士に、悪役令嬢たちが勝てることなどあろうか?

 あるはずがない。


 だが、他の悪役令嬢たちが守るように盾となった。

「『闇の女王ステラ』さん! ここは」私たちが、食い止めます!」

「そうですわ! あなたたちは先へ!

 彼女たちはごく普通の悪役令嬢であり、特段スキルを持たない存在だった。

 自分たちの身を挺して、つよつよ悪役令嬢たちを大広間へと送ろうとした。


 まだ王子の演説を聞いていない騎士や兵士はこれにはとても困ってしまった。

 王子の演説を聞いていれば、悪役令嬢たちを悪の化身として捕えることができたかもしれない。

 悪役令嬢たちは見た目は可愛らしい女の子たちだ。

 自分たちの力で取り押さえてしまったら、砂糖菓子のようにほろほろと崩れて壊れてしまわないだろうか?

 そう思った騎士や兵士は本来の力で取り押さえることなど、到底できはしなかった。


 悪役令嬢たちの想いを乗せて『闇の女王ステラ』は走る。

 それに複数の悪役令嬢たちが続く。

 大広間が見えた。

 すでに民衆たちはたくさん集まっている。

 そこへ悪役令嬢たちはたどり着いた。


「待ってください! 私たちの話も聞いてください!」

『闇の女王ステラ』たち、煌びやかな悪役令嬢たちに民草の視線は集まった。

 美しい衣装を身にまとった可憐な、あるいは美しい令嬢たち。

 それらが数十人集まって、走る。

 まるで演劇の一幕のようですらあった。


「通して、通してください!」

『闇の女王ステラ』は民衆をかき分け、少し高くなった壇上へと進んでいく。

 目の前では荘厳な大神殿が、威圧するようにそびえたっていた。

 悪役令嬢たちはまさに今、神に逆らう麗しき堕天使のようですあった。


 ようやく少し高くなっている壇上にたどり着く。

『闇の女王ステラ』が一歩前に出てキラ王子に向かって口を開いた。

「一方的な主張ではなく、こちらの話も聞いてくれませんか?」

『闇の女王ステラ』は鈴のような声が響き渡る。

「私たちはあなたが作った王国史上最大の悪法である『悪役令嬢禁止法』について、物申しにきました!」

 キラ王子は冷たい声で答えた。

「愚かな。悪役令嬢は悪の化身であり、対話など必要ない。悪魔と話すものはまた心を悪魔に絡めとられるゆえに」

『闇の女王ステラ』がいう。

「そんなことは、決して、決してありません。話し合えるということは、素晴らしいことなんです。お互いに分かり合おうという意志があるなら、対話は必要なものなんです!」

 その声には切実な気持ちがこもっているように、聞く者には聞こえた。

「愚かな…」

『闇の女王ステラ』がいった。

「そう! 今、私たちは心を一つにして、あなたと対話をしにきたんです!」


 どんな話が始まるのか。民衆たちが見守るっていた。

 そのときだった。

 一人の悪役令嬢がキラ王子のほうへ突然走り出した。

 

 まさか暗殺か!?

 そう考えた騎士たちが警戒をする。

 取り囲まれた悪役令嬢『玉砕のリーリリ』は、勢いよく頭を下げた。


「キラ王子様! お慕い申し上げております! 婚約してください!」



「貴様! 王子に何をする!」

 王子の家臣たちが鉄壁のガードを作った。

 そして令嬢は取り押さえられてしまう。

 王子は鼻を鳴らして冷たくいった。

「我が耳目を疑うしかないな。そなたらは、この令嬢と同様の考えなのか? 罪びとの分際で世迷言を吐き散らすとは。この愚かな行為を僅かでも正当化することは到底許されぬ。我が声を響かせ、民衆の心を揺るがし、彼女らが欲望に駆られた輩であることを明白にしてやる!」

 そう言ったあと王子が片手を広げマントを昼がらせて、民衆に問いかける。

「我が愛する臣民たちよ! このように悪役令嬢は我がことしか考えぬ! いかに!?」


「ち、違うわ! 私たちはそんなつもりじゃ……」

 慌てて悪役令嬢たちは口々に反論したが、民衆の怒号にかき消されてしまう。

 罪を犯した上に王子に求婚するなんて、本当に自分の事しか考えてないと思われたのだろう。

 国民も王子も騎士も、悪役令嬢たちを攻める。

 悪役令嬢たちは今、この国そのものが敵となっていた。


 そこに『理屈屋マリン』が現れた。

 なんだか面倒くさいことばっかりいう悪役令嬢だ。

 彼女は民衆のブーイングにも耐え、王子に立ち向かった。

「あなたをなんとかしたい、その気持ちはひとつだよ」

「ほう」

「だけどなんとかの意味合いが違っただけなんだ。それをドラゴンの首でもとったかのように勝ち誇るのは、少々浅ましいんじゃないのかな。そもそも人と人の気持ちが完全に重なることなどありえない」

『理屈屋マリン』は続けて言う。

「それぞれにそれぞれの欲がある。富が欲しい、権力が欲しい、おいしいものが食べたい。モテたい。尊重されたい。様々だよ。だから自分のために多少わがままになるのは人として当然の事さ」

 しかしキラ王子はその言葉を切って捨てた。

「否である」

「キラ王子は人は欲を持つべきではないというのかい?」

「それもまた否。我々がそれぞれ欲を持つこと自体は当然である。しかしながら、各々が好き勝手に行動したならば、混乱が生じる。それゆえに、自己を律し、欲を飼いならさねばならぬ。あなた方にはそれができぬ。それができぬは、単なる豚である。その行動は、人間としての資格を失うものでしかない。あなた方が、それを理解できぬということは、あなた方自身が自らの欲望に隷属しているに過ぎん。そのような欲望の支配下にある者は、ただの獣でしかない」

 正論であった。

「く……」

「成程。悪役令嬢とは獣の類であったか」

『理屈屋マリン』はそれ以上言葉を絞り出せなかった。

 空が暗くなり、雨が降り出す。

 悔しさに歯噛みをして、そのまま膝をついた。

 ほかの悪役令嬢が王子へ立ち向かった。

「次は私よ!」

 彼女もまた、己の能力を生かして立ち向かったが、勝てずに地に伏した。

 そして様々な悪役令嬢が王子に挑んでは破れていく。

 頼りになる悪役令嬢がまるで殺陣のやられ役のように、次々と敗北していった。

 心をえぐられた悪役令嬢は死屍累々といった有様で、壇上に倒れていった。

 彼女たちの身体に冷たい雨が冷酷に降り注ぐ。

 このままでは勝てない。

 悪役令嬢が禁止されてしまい、二度と悪役令嬢を名乗ることすらできなくなってしまう。

 空は彼女たちの絶望を表すかのように、その雨脚を強めていった。


 そんな令嬢たちに声をかけるものがいた。

『闇の女王ステラ』だった。

 王子に告白し敗れた悪役令嬢に

「そうだったんですね。あなたは王子様が好きだったんですね。大丈夫です、謝ることなんてありませんよ。好きな気持ちは止められませんものね。でも少し残念です。え? なぜって、好きだという気持ちを教えてもらって、あなたを一緒に応援するのも、いいじゃないですか。ね?」

 そういわれた悪役令嬢『玉砕のリーリリ』はあたたかな涙を流した。

 ほかの悪役令嬢たちにも近寄っていった。

「言い負かされてしまってごめんって? いいんですよ、マリンさん。あなたはそう思ったんでしょう。言い返せなくても、それが間違いなんてことはありません。思うことに間違いなんてあるはずですから」

 そんなふうに、破れてしまった悪役令嬢浪士たちひとりひとりに声をかけていく。

 王子は不快そうに眉間にしわを寄せていた。

「唾棄すべき砂糖菓子の如き幻想を垂れ流すな。そなたも悪役令嬢であろう? まったくの嘘を口から垂れ流すことを恥と心得よ!」

 強く言われた『闇の女王ステラ』は肩をびくんと震わせた。

「そんな、嘘だなんて……」

「貴公の行いは、その性格を如実に表している。そなたらの欠陥を隠すために嘘を重ねてはならぬ。そなたらにとって何よりも重要なのは、自分の欠点に向き合い克服することだ。貴公がその勇気を持たぬ限り、いつまでも悪役として振る舞い、周囲を惑わせることになるだろう」

 キラ王子は悪しざまに罵った。

『闇の女王ステラ』は首を左右に振る。

「嘘なんてついてません。私の本心です」

「悪役令嬢の分際で綺麗ごとを」

『闇の女王ステラ』は落ち着いた声でいう。

「彼女たちはみんな頑張ったし、みんな正しいし、間違っていません。人の心に間違っているなんて、あってはならないんです」

「否! 間違いは存在する。そなたらの思考、性格、存在そのものが等しく間違っている。正しくあろうとせぬものは一つ残らず誤っており、人として不適切である。人は正しくあらんとすることで、はじめて人となるのだ」

 気が付けば、途中までキラ王子の言葉に頷いていた民衆は静まり返っていた。

 キラ王子の正しいだけの、厳しい正論のようなものに同意できなくなっていたのだ。

 キラ王子は望んだ反応を得られずに、狼狽した。

「な、なぜ、誰も我の言葉に頷かぬのだ……」

『闇の女王ステラ』は一歩王子に近づいた。

「王子様。あなたの言葉もそれは正しいでしょう。あなたはそう思っているし、そう行動できる。でも、みんな考え方は別々なんです」

 その言葉にはどこか重たい説得力があった。

「ぐ……認めぬ。そのようなこと認めぬぞ」

『闇の女王ステラ』は柔らかく微笑んだ。

「私は身体が弱く、今までほとんど表に出ることができませんでした。本ばかり、読んでいました。でも最近になってたくさんの人とふれあえました。みんな違う考えを持っていて、やり方を間違ってしまうこともあるけれど、それもいいんです。その方法がよくなかったら、変えていけばいいだけですから」

 キラ王子は頭を押さえ、顔をしかめていった。

「そなたは、本当に悪役令嬢なのか? 我が目を疑わねばなるまい。いや、もし本当に悪役令嬢であるならば、我が目はいかにも曇りやすいものだと自覚せねばならぬ。そなたの狡猾さ、邪悪さには敬意を表すると共に、警戒の念を強めねばならぬ。しかし我にはそなたが邪悪なものには見えぬ……。悪役令嬢には見えぬのだ……」

 ステラは首を左右に振っていった。

「私は、悪役令嬢です。『闇の女王ステラ』です」

「それが悪役令嬢であるならば、我は今一度、そなたらを見直さねばならぬ。我の負けだ」

 キラ王子はうつむいていった。

「勝ち負けなど、どうでもいいのです。私は、あなたを悪役令嬢をいじめる存在だと思っていました。でも、そうじゃないですね。あなたにも、あなたが思う正しい思いがあるのですね」

 そう言って『闇の女王ステラ』は王子に手を差し伸べた。

「嗚呼――なんたることか。こんな、そなたらを牢獄送りにしようとした我にまで手を差し伸べてくれるとは」

 キラ王子と『闇の女王ステラ』の手が触れ合いそうになった、その瞬間だった。


 そこに、思いもよらぬ強い声が投げかけられた。


「待ちなさい!」


 その声は大きく響き渡った。


「そいつは悪役令嬢じゃないわ!」

 そこには初めて見る令嬢がいた。

 47人の中にこんな悪役令嬢はいなかった。

 憎悪に燃えた瞳で、一人の令嬢が『闇の女王ステラ』を睨みつけてる。



「そいつは偽物よ! 悪役令嬢ですらないわ!」


 えっ! とすべての人間が現れた令嬢を注視する。


「私こそが悪役令嬢スカイラー! ステラは私に名前がよく似ているだけの、私の隣に住んでいるただの令嬢よ! 口に出して言ってごらんなさい! スカイラーとステラ! とってもよく似ているじゃない!」

 口語のように文字を書けば『スティラァ』と『スカィラァ』。確かに似ていた。

 スカイラーは続ける。

「だいたいおかしいじゃない! さっきの話! ずっと引きこもっていたというのに、どうして悪役令嬢として名が知れるわけ!? 最初からそいつは、悪役令嬢仲間なんかじゃないの!」

 その通りだった。

「えっ。そ、そんな……」

『闇の女王ステラ』は戸惑いの声をあげます。

 では『闇の女王ステラ』とは何者なのか。


 つぶやくような声がそこかしこで聞こえます。

「悪役令嬢じゃないの……?」

「だったら何のために……?」

「私たちにうそを、ついていたというの……?」


 その声に『闇の女王ステラ』はぎゅ、と目を瞑った。

「わ、私は本当は仲間じゃなかったんですか……? 悪役令嬢じゃ、なかったんですか……?」


 スカイラーはせつない、まるで泣き出しそうな声でいった。

「本当は私の家で悪役令嬢会議だったのに! ずっと待っていたのに! 何で誰もこないのよ!」

 一人が間違えてステラの家にいってしまった。家の近くで迷っている令嬢に声をかけたステラの名前を『スカィラァ』と聞き間違えて、家に案内させてしまった悪役令嬢がいたのだ。

 そしてその一人が他の悪役令嬢を案内しに行ったため、全員そろって間違えてしまったのだ。


「私こそが真の悪役令嬢で、そいつはただのパンピー令嬢よ!」


 嘘一つつかないような『闇の女王ステラ』が嘘をついていた。

 そのことに、民衆にも王子にも悪役令嬢たちにも衝撃が走った。

 とくに和解をしようとしていた王子の動揺はひとしおだった。


 強い雨が『闇の女王ステラ』の体を殴りつけた。

「そう、ですね……。私は、悪役令嬢じゃ、ないのかもしれません……」

 気が付けば『闇の女王ステラ』の両の瞳から、冷たい涙があふれていた。

 短い期間ではあったけれど、たくさんの悪役令嬢といろんな話をして、いろんなことをした。

 その思い出が『闇の女王ステラ』の、いや、『ただのステラ』の心を通り抜けていく。

 もう仲間じゃいられないんだ。

 悪役令嬢じゃ、ないから。


「そう、ですよね。パンピー令嬢は、悪役令嬢の中にはいられません、よね……」

 ステラにとって、悪役令嬢とははじめてできたともだちだった。

 もう、失いたくないものになっていた。

 でも嘘をついていたから仕方ない。

 失ってしまうのは仕方ない。

「そういう、こと、ですよね……」


 そんな『ただのステラ』へと、王子に告白して玉砕した令嬢が近寄ってきた。

 彼女は『玉砕のリーリリ』。たくさんの貴公子、または令嬢にすら言いよって玉砕してきた悪役令嬢だった。

「りー、りり、さん?」

「ステラさん。いえ、『闇の女王ステラ』。あなたは立派な悪役令嬢です。誰が違うといっても、私が認めます。私、あなたをお慕いも――」

 彼女が何か言いかけたところで『一張羅のリリィ』が言った。

「彼女の言う通りですの。あなたはもう立派な悪役令嬢。この47人の中で失えない大事なものになっているんですの。あなたがいなければ、もう私たちは分解してしまうほどですの」

「り、りぃ、さん……」

 雨はだんだんと弱くなり、空には晴れ間が顔を見せる。

 悪役令嬢たちが次々に駆け寄ってきた。

 彼女たちもそれぞれ『闇の女王ステラ』が必要だというのだ。

「『闇の女王ステラ』は私たちの悪役令嬢よ」

「そうよ『闇の女帝ステラ』はいなくてはならないわ!」

 ステラは思った。

 ありがとう。うれしい。みんな大切なお友達なんだ。そんなふうに感じていた。

 だけど一人『闇の女帝ステラ』が必要だと言っていた人もいた。闇の女王なのに言い間違えてた。

 もしかしたら、自分はその人にとってはそんなに必要じゃないのかな、と『闇の女王ステラ』は心の中でひっそり思った。

 でもそんな無粋なことを口に出さない聡明さを『闇の女王ステラ』は持ち合わせていた。

「そうよ。『闇の女王ステラ』。あなたも含めた私たちが悪役令嬢よ」

「そうですの。私たちが悪役令嬢浪士ですの」

 ある令嬢が何らかの本で見た、浪士という言葉をノリでつけた。それが悪役令嬢たちには何かうまい具合にいい感じに思えた。

「ええ。私たちこそ悪役令嬢浪士47ですわぁ~」

 そんな気持ちの良い悪令嬢たちの言葉を受けた『闇の女王ステラ』は涙を流した。

 先ほどの冷たい涙とは違う、あたたかな涙だ。

 いつの間にか空はすっかりと晴れ上がっていた。


 明るい日差しのなかで、ステラは、だんっ! と地面を強く踏みつけた。スカートのすそがふわりと揺れる。


「私は『闇の女王ステラ』!」


 強く叫んだ。

 ステラはずっと不安だった。『闇の女王ステラ』などと持ち上げられていたが、そう名乗る資格があるのか。そう自問自答しなかった日はない。

 だけどもう、胸を張って言える。


「私は、誰に恥じることのない、悪役令嬢です!!」

 その様子を見て悪役令嬢たちがうなずく。






 そしてその47人を寂しそうに見つめている少女がいた。

 悪役令嬢スカイラーだ。

 彼女はただ寂しかったのだ。自分と同じ悪役令嬢がわいわいしてるところに入りたかった。

 そして、自分の代わりに入り込んだステラが許せなかったのだ。

 自分はみんなが来るのを心待ちにしていたのだ。

 ケーキのタワーを用意して、七面鳥をやかせ、三角帽子までかぶって悪役令嬢たちを待っていた。

 しかし、誰もこなかった。

 泣きながら手づかみで七面鳥食べてケーキを食べて、ケーキをたたいて崩した。

 その経験から、ステラに強い恨みをもっていたのだ。


 そんな悪役令嬢スカイラーを見つめる者がいた。『闇の女王ステラ』だ、


『闇の女王ステラ』は可愛らしいフリフリのドレスの袖口で涙をぐいと拭うと、スカイラーに近づいて行った。

「スカイラーさん」

「……な、なによ」

「あなたは何の悪役令嬢なんですか?」

 悪役令嬢スカイラーは、来た。と思った。悪役令嬢会議の翌日から布団で泣き濡れながら、考えていたのだ。悪役令嬢たちが自分たちでつけたという二つ名を。もし自分に二つ名がつくとしたら、いったいどんなものが相応しいのか。

 悪役令嬢スカイラーは七つの大罪からもらうことにした。

 それを口に出せること自体は、少し、いや、かなりうれしかった。しかし不愉快な気分が消え去るわけではなかった。

「私は、嫉妬――嫉妬の悪役令嬢。『嫉妬のスカイラ―』よ」

 とふてくされたようにいった。

「むかつきますか?」

『嫉妬のスカイラ―』は涙をためながら返す。

「当然よ」

「そうですか。私は『闇の女王ステラ』です。お名前、似てますね」

「な、なによ。馬鹿にしているの?」

『嫉妬のスカイラ―』は瞳の端に涙をためながらいった。

「いいえ。していませんよ。では、私をひっぱたいてください」

『闇の女王ステラ』の唐突な言葉に、『嫉妬のスカイラ―』は困惑した。

「えっ?」

「ちからいっぱい、ひっぱたいてください。ひっぱたいてくれなければ、私の気がすみません。叩いてくれなければ、私はあなたの友になれません」

 最初は躊躇していた『嫉妬のスカイラ―』だった。

 しかし何度も『闇の女王ステラ』に叩くように強く言われて、彼女の頬をひっぱたいた。

 パァン! 乾いた音が大神殿の大広間に響き渡る。

 そして『嫉妬のスカイラ―』がいった。もう涙は止まっていた。

「あなたも私をひっぱたきなさいよ。それで、お相子」

 言われて『闇の女王ステラ』もひっぱたき返した。

 パァン!!!

 先ほどよりおだいぶいい音がした。

「ちょっと強くたたきすぎじゃない?」

 思ったよりも痛かったのか、『嫉妬のスカイラ―』はもう一度『闇の女王ステラ』をひっぱたいた。

「二度もたたいていいなんて言っていません」

 そして二回たたかれたことが不服だった『闇の女王ステラ』も二回目のビンタした。

 そんなやり取りをもう何回か繰り返した後、『闇の女王ステラ』は言った。

「これで、悪役令嬢浪士48ですね」

 と、は悪役令嬢を一人分増やした。

「で、でも私は、あなたに嫉妬して――あなたたちの決死の覚悟を邪魔して――」

「いいんですよ。ちょっと羨ましかっただけなんですよね。私こそ、ずるいことしてごめんなさい。あなたの立場を奪ってしまって、ごめんなさい」

「こちらこそ、ごめんなさい」

 そう言って二人は握手をした。

「これからはARRARR悪役令嬢浪士48として、仲良くしましょうね」


 見守っていた民衆たちは、彼女たちの麗しい友情に拍手喝采スタンディングオベーションだ。

 嘘などでは一切なく、完璧な拍手が彼女たちを包んだ。


 そして、置いてけぼりにされていたキラ王子は二人に近づいて言った。

 彼もなぜか涙を流していた。


「感動した!」


「えっ!?」


「何と美しき友情なのだろう! 自らの心ばかりを見て、視野が狭まっていたとは恥じ入るべき事態だ。我も悪役令嬢の仲間として迎え入れてくれと願わねばなるまい。これでARR49になるな」


 キラ王子は晴れやかな笑顔でいった。


 自分たちは思い悩んだのに、勝手に入ることすら決めているキラ王子にもちょっとむかついたのか、二人はキラ王子をひっぱたいた。


 二人のやり取りを見ていたキラ王子は、これで彼女たちの仲間に入れると喜んだ。

 しかし「王子だから令嬢じゃないのではないか」という誰かの一言でキラ王子は悪役令嬢浪士48にはいれることはなかった。

 キラ王子は多少器が狭かったため、悪役令嬢の実家に、しばらく自宅謹慎させるように命令をした。

 悪役令嬢たちは自分たちの悪行の報いとして、しばらく部屋に閉じ込められることを余儀なくされたのだった。



   ~おしまい~





  ◆ 後日談 ◆


 そのあと悪役令嬢たちは、『闇の女王ステラ』のまごころにふれ、少しずつ改心していった。

 たとえば他者を言葉で傷つける欲求を持つ『呪詛のカミラ』などは、敵国を挑発したいときの交渉の際に重用されるようになり、その曲がった欲求を満たしながら国のために働いた。

『一張羅のリリィ』は服飾デザイナーとなり、リバーシブルできれる可愛らしい服を発表し、あまりお金のない貴族令嬢たちにありがたがられた。

 そのように、悪役令嬢浪士の面々は、それぞれの個性を活かして活躍し、国中の令嬢たちに憧れられた。

 第一王子キラは今回の事件で失脚。そのことにより皇太子、次期国王となった第二王位サノアはその優れた頭脳と行動力で国を富ませていった。

 そして彼が何より優秀であったこととして、民衆に知られていることが一つある。

 あの悪役令嬢たちの中心である『闇の女王ステラ』を見染めたことであった。彼は『闇の女王ステラ』に熱烈な求婚をしたのだ。

『闇の女王ステラ』は美しく賢い王妃となり、隣国からも羨望の目でみられることになった。


 でも『借りパクのアイラ』は窃盗罪で逮捕されていた。


   ~おしまい~

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悪役令嬢忠臣蔵 ~47人の悪役令嬢がみんなで王子に立ち向かい法律をちり紙みたいに破り捨てたら、うまくいっちゃいました!~ もちぱん太郎@やり直し配信者 @mochipantaro

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