エピローグ

それから数か月が過ぎ、春が巡り、桜の季節となった。

ライトアップされた大原地区の桜広場には、昼も夜も花見客が押し寄せた。この桜山村のすべての特産物が並ぶ、朝市地区の道の駅「朝とれ市場」は今日も大繁盛していた。

スナックコーナーでは、農業ガールの有野マナが張り切って机を並べ、ソフトクリームの機械を早くから用意していた。そう、有野マナが育てたバニラがついに収穫され、製品となり、今日売り出しだ。

そこにあのシカサン、シェアカーゴ3輪バイクタイプに乗って新入り仲間のツクシが乗り付ける。

「おまたせー、看板出来上がったよ!」

もともとこのシカサンは、カルガモバスにごみや荷物を運んだり、宅配便を持ち帰ったりするために籠を大きくし、3輪にして車体を安定させている。でもそれが段ボール作家のツクシにはもってこいだ。段ボール作品をちょいと乗せて、どこへでも出ていける。

今日も大きなかごから段ボールがおろされ、すぐに組み合わされて、自立する看板セットが完成する。早速机の横に看板が並ぶ。

「すごい、ツクシさん、ばっちりですよ!」

看板からソフトクリームが飛び出してくるような迫力だ。

「段ボール製だけど、でも大事に使ってもらえば、売り出しセール中ぐらいはきれいに使えるから」

新製品の甘酒豆乳バニラアイスクリームの売り出しだ。このカラフルな看板は、一応水をはじくスプレーで仕上げてあり、にわか雨ぐらいならへっちゃらだ。

と、見る間に一人、二人と新製品を買いにお客が訪れる。

「お、さっそく売れてるね」

発酵塾の塾頭、酒屋の津栗の若旦那が声をかける。

さらにどやどやと発酵塾のメンバーが集まってくる。実は、普通にはない、健康に良いソフトクリームを作りたいという有野マナにツクシが発酵塾のメンバーを引き合わせ、コラボ商品を企画したのだ。

甘酒と、豆乳と、地元のバニラのハーモニー、今までにないソフトクリームが出来上がった。隠し味に醤油屋の松風さんの醤油がほんの少し入っているらしい。

みんな口々にカラフルな看板をほめ、何か手伝うことがあれば何でもすると笑顔で言ってくれた。

「ハーイ、ツクシさん、こんにちは」

そこにやってきたのは安徳寺ミツ、アンミツだ。今日、ソフトクリームの新製品が出ると知らせたら、近くだからとわざわざ来てくれたのだ。

「私、名前の通りで、甘いものには目がないのよ。ウフフ」

さっそくソフトクリームに瞳を輝かせる。さらに、今度はあのメガネのなんでもマートの桑田社長と、アイデアマンの北石照三が並んでやってくる。

「どうです、機械の調子は?、おいしいソフトクリーム、できてますか?」

「はい、ばっちりです」

そう、発酵塾とのコラボ商品、特別な材料で作るソフトクリーム、クラウドファンディングで資金を集め、桑田社長や北石照三が機械を用意、調整してくれたのだ。ここで評判が良ければ、なんでもマートの定番商品になる可能性も出てくる。

「実はね、これとは別に、買ったばかりの堅いアイスクリームをあっという間にとろとろの食べごろにする家庭用の新製品のアイデアがあってね。今回ソフトクリームの機械をいろいろ勉強させてもらったから、次はそっちを開発しようかなって思っているんだ」

なんでもどんなアイスカップでも、数秒でカチカチからトロトロにする新製品だそうだ。北石照三はまたやってくれそうだ。

するとそこに村長の娘、あのタウン誌の編集長、中七織さんが取材にやってきた。今日は新しく雇ったという若い女の子が一眼レフを持ってついてきている。

「地元でできたバニラと、いくつもの発酵食品でできた植物性のソフトクリーム、これは話題になりそうね、健康食品ばかりでできていて、カロリーも低めで、女子が喜びそうだわ。張り切って取材させてもらうわ」

珍しいバニラ栽培の話や、弁天カフェでの発酵塾との打ち合わせなど、しばらく苦労話などを有野マナに聞いた後、七織さんは、カメラであちこち撮影していた新人の若い女の子にさっそくソフトクリームを渡し、ひと声かけた。

「写真はたくさん撮ったわね。あとは味よ。はい、初めての食レポ、期待してるからいいコメント書いてね」

するとその女の子は大きな口でソフトクリームにかぶりついた。

「わあ、おいしい。甘酒のやさしい甘さと、豆乳クリームの滑らかな口当たりに、地元のバニラの芳醇な風味が合わさって…後味もすっきり。いくらでも食べられそう」

ところがその食レポを何気なく見ていたツクシが急に大きな声を出した。

「あれ、あなた、荒川伊代さん、荒川伊代さんよね。ええ、どうして七織さんの助手をやってるの?」

スポーティーな服装で一眼レフを使いこなす彼女は、よくよく見れば、新入り仲間、アイドル風のあの荒川伊代ではないか?!

ところがそれではすまなかった、ツクシの声に、まじまじと荒川伊代を見たアンミツが顔をしかめた。

「あれ、この子、すっかり服装や髪型が変わってるから気が付かなかった?!あなた、確か…スパイヘリに葛飾内蔵と一緒に乗り込んだ!!」

すると荒川は、口に指をあてて静かにするようジェスチャーすると、アンミツとツクシを自分のそばに呼び、そっと言った。

「あれからいろいろあったんだけど…私、葛飾ストアーとあの組織をやめて…正式にこの村で就職することにしたの」

なんとあれから反省してちゃんと警察に出頭、しばらく拘束され、証拠不十分で不起訴になったというのだ。

「危険な仕事はみんなトモコちゃんがやってくれてたから私は見逃してくれたみたい」

「トモコちゃんって、あの女ね。本名鶴倫子だっけ。そのまま読むと、かくともこじゃなくてツルリンコよね」

アンミツが一言言った

「あ、それ言うと本人すごく怒るから、気を付けてね。ボスだった葛飾内蔵も一度ツルリンコって言って逆鱗に触れ、それからは気を使ってトモコちゃんって呼ぶようになったのよ」

グレイローズ、鶴倫子は、今はロスに戻っているらしい。

それにしても、天才少女ハッカーとして注目を集め組織にヘッドハンティングされ、高額の報酬で雇われた荒川伊代がなぜ…?

「あの時、控室の村長さんとモニターカメラをつなげて、葛飾内蔵が初めて対面したの。もちろん私も一緒にいた。それが村長さんは意外にいい人で、話は盛り上がったわ。でも…話はまとまることがなかった」

そしてそこまで言うと、荒川伊代は、まっすぐツクシたちの目を見てつづけた。

「葛飾が持ち掛けた大きな儲け話を、村長は断ったんです。村長さんが、儲けのためじゃない、幸せな村を、幸せな暮らしを作るためだって言っていたのを聞いて、高いお金で人の邪魔をしている自分がむなしくなっちゃってっ…。それにこの村、住み心地本当にいいから、説得力もあったんです…。ポイントをためれば生活も楽だし、それにツクシさんのサイトも楽しくいつも読んでるし、有野マナさんがよくおいしいものの紹介メールを送ってくれるの。発酵塾の製品もよく買ってるのよ」

そこで得意のネットで新しい仕事を検索、なんと募集中のタウン誌の記者の見習いになったのだという。

七織さんもニコニコして言った。

「とにかく、パソコンやネットにとても強いから、何かと重宝しているわ。お父さんもすべてを知ったうえで、仲間になればいいって応援してくれたの」

「そういうわけで、よろしくお願いします」

すると、北石照三が言った。

「ほら、見てごらん。あの時の新入り四人組が久しぶりに全員揃ったよ」

気が付けばソフトクリームを囲んであの時の四人が集まっていた。みんなニコニコして、幸せそうにここにいた。

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鹿に乗るサル セイン葉山 @seinsein

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