行き止まりの海

高黄森哉

堤防


 僕は建物の内部にいる。白く低い円柱状の建築だ。それは堤防の途中にあり、ドームの屋根を具えている。屋根は五本の柱で支えられていて、そしてその隙間から、青い海と、雲一つない空が見える。カモメが飛んでいるが、彼らは鳴いてはいない。


「思うに、海というのは行き止まりだと思うんだ」


 風が吹いて、風切り音が耳を鼓膜を圧迫した。朝凪というのだろうか。昇りかけの太陽の位置から午前であることがわかる。


「なぜだい。海はこんなに自由じゃないか」


 友人は言った。彼は柱と柱を渡す土台の部分に、足を組み身体を斜めにして、柱に身を預けつつ、腰を掛けている。


「船を造れば遠くまで行けると思うよ。でも、ご覧」


 僕は彼に促した。海は、小さな三角の波を、鱗のように隆起させている。とても安定していて、白波は見当たらなかった。船日和だ。でも船は一隻も見当たらなかった。


「なら僕達の旅はここで終りかい」

「そうだね」

「おもしろくないや」


 彼はそういいつつ、笑っていた。白い犬歯を少し見せながら、声を上げずに笑っていた。


「この海の向こう側には何があるんだい」

「向こう側にはなにもないよ。ご覧」


 僕は、そう言って地平線を見た。そこには大陸はなく、ただ海の終わりが広がっているのみだ。理屈では球体に沿って海が落ち込み、死角が生まれているのだろうけど、僕にしてみれば、そこは世界のお終いでしかなかった。


「諦めるのかい」

「船がないんだ。僕には船がない」


 彼はうんうんと納得して頷いた。そして、


「檻だね」


 と断言する。

 僕はもう一度呟いた。


「思うに、海というのは行き止まりだと思う」


 僕は堤防に背を向ける。風切り音が鼓膜を圧迫する。彼は、僕の選択を尊重したようで、しおらしくついてくる。堤防には陽の光が降り注ぎ、真っ白なドームを眩しくしている。


「じゃあなんで、僕を連れてきたんだい?」


 照りつける太陽に、前髪は濃い影をつくり、目は見えないが、彼の口元は確かに笑い、真っ白い犬歯をちらつかせていた。


「逃げ出したかったからだよ」

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行き止まりの海 高黄森哉 @kamikawa2001

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