Upstream ― あの娘の“イクラ”に俺の白い“ピー”をぶっかけるのはこの俺だぁ! ―

宇枝一夫

Birth Game

 皮は裂け、肉がむき出しになり、一部骨が見えている、満身創痍となった高校二年生男子、伊倉大介いくらだいすけには三分以内にやらなければならないことがあった。


(すぅ~……ハァ~、俺の体は……もってあと三分……ってとこか……。背ビレ……胸ビレ……腹ビレもあってないようなもので尾びれもボロボロでまっすぐおよげやしねぇ……。元気なのは今にもパンクしそうな下腹部……精巣だけだな……)


 時は晩秋。


 地は北海道、とある川の上流。


 となった大介は、鼻曲がりとなったアゴを思いっきり開き、水中で吠えた!


咲川蘭さきかわらんちゃんのイクラに“ピー”をぶっかけるのは、この大介様だぁ~~!!」


 ― ※ ―


 時は遡り、ここは新千歳空港発、成田空港行きの国内線旅客機の機内。


 大介はエコノミーシートに体を預けながら、北海道の修学旅行を思い返していた。


(あ~あ、せっかく咲川さんと同じ班になれたのに、な~にもなかったな……)


 通路を挟んだ隣の席には、二年男子人気No.1で二学期から生徒会会長になった美少女、咲川蘭が座っていた。


 蘭の名の通り、その美しさもさることながら、高校二年にあるまじきエッチな体をしているため、三年男子からも告白された噂があった。 


(中学から好きになって、頑張って勉強して同じ高校に入学したのに……。まだ彼氏がいれば諦めがつくのになぁ……)


 蘭の性格はちょっと天然が入っているため、悪い虫がつかないようにと、女友達が親衛隊のようにガードしているのである。


 そのため、付き合っている男の影も匂いも一切しなかった。


(結局、俺のような陰キャゲームヲタクの男は、スマホで撮った写真を“オカズ”にすることしかできないのか……)


 大介のスマホには

”同じ班として“

蘭と一緒に撮った写真や、風景を撮ろうとしたら

”たまたま蘭が写ってしまった”

写真が数多く記録されていた。


(そういえば、俺が買ったサケが巻き付いた剣のキーホルダー、咲川さんも買ったようなこと言ってたな?)


 同じ班で蘭の友人である姉御肌のギャル、増田優里ますだゆりは、そのキーホルダーを一目見るなり


『蘭、あんたこれ買ったの? こんなダサいの買うのは、どこぞの中二病のゲームヲタクぐらいよ!』


(余計なお世話だっつ~の! まぁいいか。

『修学旅行中にくっついたカップルは自然消滅する』

って都市伝説もあるし、来年も同じクラスになることを祈るしかねぇ……)


 ちらっと横を見ると、蘭は隣の優里と“キャッキャ、ウフフ”とスマホを見ながら談笑していた。


 旅客機は上昇を終え、巡行に入ると、修学旅行の疲れもあって、大介のまぶたは重くなり、偶然か、蘭のまぶたも重くしていった。


 ― ※ ―

 

『初めまして生徒諸君。私は

《バース(Birth)ゲームマスター》。

これから君たちはサケになって、野生のサケとともに川を遡上そじょうし、新しい命をはぐくむゲームをしてもらいますよ』


 笑い顔の白仮面の声で大介は目を覚ますと


「はああぁぁぁぁ!?」


 その体はオスのサケになっていた!


(なんだこれ? ゲーム? なんかデスゲームのゲームマスターのような仮面をつけたやつがいたけど!?)


 あたりを見渡すと、無数の野生のサケが川に向かって泳いでおり、その中には同じ旅客機に乗っていた同級生たちがいた。


 もちろん見た目は同じくサケで、大介は嗅覚で同級生を認識していた。


(どうなっているんだ? まさか旅客機が海に墜落して、学年ごと異世界じゃなくみんなサケになったとかぁ!? そうだ! 咲川さんは?)

 

 そして、蘭の匂いのするメスのサケの姿もあった。


 その周りには優里たち親衛隊のサケが泳いでおり、さらに、蘭と優里たち目当ての男子のサケが並走して泳いでいた。


(咲川さん! 上を泳いでいるのは生徒会副会長のオスサケか!? ちゃっかりと一緒に泳ぎ……いや待て落ち着け俺。これは“ゲーム”だ。絶対何かある! しばらくは様子を見たほうがいいな……)


 大介は欄を視界にとらえつつ、野生のサケとともに遡上の流れに身を任せて泳いでいた。


(そういえばMHKの《野生のダーウィン》で、サケの遡上の番組を見たことあったな……。ってことはぁ! 最後には!!)


 声に出したい思いを何とかこらえながら、大介は思いっきりにやける。


(咲川さんの“イクラ”に俺の“ピー”をぶっかけることができるのかぁぁぁ!!)


”ボシュ!”


 頭上の水面で音がすると、上を泳いでいたサケが突然消えた。


「えっ!?」


”ボシュ!” ”ボシュ!”と音がするたび、水面近くを泳いでいたサケが消え、蘭たちの上を泳いでいた生徒会副会長のサケも消えていった。


 にやけ顔が瞬時に真顔になる。


「カモメだぁ! みんなぁ! 深いところを泳げぇ!」


 同級生サケたちは大介の声が届いたのか、深いところを泳ぎ始めた


(ふぅ~やれやれだぜ。よし、まずは第一関門突破! 野生のダーウィンを思い出しながら、ギャルゲーのように

《咲川さんのイクラへ“ピー”をぶっかけルート》

を目指すとするか!)


『……ほう、これは面白いサケがいましたね。ゲームの行方が楽しみです』


(うるせぇ!)


 白仮面の声に向かって大介は吠えた。


 ― ※ ―


 下流から中流へと差し掛かると、落差のある急流があった。


 野生のサケたちは高速で泳いだりジャンプしたりして乗り越えるが、ひときわ目立つのが陸上部の奴らだった。


(運動部はまだしも、この急流は咲川さんたち女子サケで越えられるかどうか? 確か番組では……。よし! を使うか!)


 急流の前で躊躇ちゅうちょする蘭たち女子サケ。


 その前に大介が躍り出ると、男子サケに向かって大声で叫んだ。


「おまえらぁ~! 、急流の中で並べぇ~!!」


 急流の川底で一斉に並ぶ男子サケたち。


 それはさながらレッドカーペットが敷かれたサケの階段カスケード


「咲川さん、俺の後に続いて!」


「あ、はい!」


「ほい! よっと! ちょいとごめんよ!」


 男子サケをジャンプ台にして、大介は跳ねるように泳ぐ。


「おい伊倉! 俺を踏み台にして……あはっ!」


「ご、ごめんなさい!」


 蘭がで踏むと、ドМ男子サケの声は歓喜へと変わった。


 さらに蘭の胸ビレ、腹ビレ、そして尾びれがまるで鞭のように男子サケの体をペチペチ叩く!


「じょ、女王様……」


 ありがとうございます!」


「も、もう俺、死んでもいい……」


「早くも“ピー”が出ちゃいそう……」


 そして優里たち女子サケもあとへ続いた。


(よし! 第二関門突破!)


『……いささか変態じみていますが、まぁこれはこれでよしとしましょう。ですが、ここから先は一筋縄ではいきませんよ』


(へんっ! 俺の咲川さんへの愛は不滅だぜ!)


 ― ※ ―


 中流から上流へ、流れが速くなり、水量も少なくなっていった。


 大介は蘭たち女子サケを引き連れ、流れをかき分けながら遡上する。


(くっ! 流れがキツい! 俺一人がスリップストリームになるのはそろそろ限界か……)


「お前にだけいい格好はさせないぜ!」


 男子サケたちが大介の周りに集まってきた。


「お、おまえら……」


「伊倉のそばにいれば、咲川さんとはぐれなくてすむしな」


「おまえらぁ~!」


 胸ビレで男子サケにツっこむと、大介は川の中心部、そして深いところを泳いでいた。


(あの白仮面の言葉からすると、そろそろ《最強の敵》が出てくる頃か? 会わないに越したことはないが……)


 やがて一部の男子サケが、川のほとりへと泳いでいった。


「こっちのほうが流れが緩やかだな。せっかくだから俺はこっちを泳ぐぜ」


「やめろ~! 岸沿いを泳ぐなぁ~!」


“ザッシュ!!”


 それは、命を刈り取る死神の鎌!


 それは、体長数十センチ、数キロの重さのサケを、瞬時に数メートルの高さ、距離まで吹っ飛ばす、丸太のような前足。


 それは、日本国内、地上での最大最強の野生の哺乳類!


 そのモノの名は、ヒグマ!!


 しかも、それ一頭ではなかった。


 冬眠の食料のため、川の両端で狩られる野生のサケたち。


(すまん野生のサケよ。俺のぶっかけのために人柱ならぬサケ柱になってくれ!)


 しかし大介たちの行く先には四本の丸太のような足が!


(川の中へ入ってきただと!? このルートが一番深いのに! どうすりゃいいんだぁ?)


 大介のゲーム脳はフル回転する。


(落ち着け、これは弾幕シューティングゲームと一緒だ! 必ずどこかに安全なルートが……)


「伊倉君!」


 悲鳴のような蘭の声が後ろから聞こえてきた。


「咲川さん大丈夫! 俺を信じてついてきて!」


「は、はい!」


 現実では絶対言わないセリフを、大介は力強く放った。


 四本の脚へ向かって突き進む大介。


「今だ! みんなぁ! ヒグマの右側を泳げぇ!」


 大介たちはヒグマの手前で右へカーブすると、後ろ足の後方を泳ぎ、難を逃れた。


(やったぜ! さすがのヒグマ様も、後ろ足でサケを狩ることはできねぇからな!)


『Excellent! だがここからは仲間との戦いです。意中の方と子孫を残すことができますかな?』


(ここまで来たらヤるしかねぇ! 男子サケも野生サケも、まとめて蹴散らして、咲川さんのイクラにぶっかけてやるぜ!)


 ― ※ ― 


 一行は産卵場所であるなだらかな川へ差し掛かった。

 

 水量が少なくなり、背びれを水面に出し、川底に腹をこすりながら泳ぐサケたち。

 

 体はボロボロになりながらも、彼らは、彼女たちは、子孫を残そうとつがいを探していた。


「くっそ! 咲川さんとはぐれちまった! ほかの奴らにぶっかけられてなければいいけど……」


 ちなみに蘭の友人である優里は……。


「増田さん! 俺、ずっと前からあなたのことが!」


「お、俺も!」


「おい! 抜け駆けするなよ!」


 優里はけだるそうな声で男子たちに言った。


「あ~はいはい順番に並んで並んで。まとめて面倒見てあげるからさ。ちなみに受精できるかどうかは君らの“ピー”次第だから恨みっこなしね」


 一匹のメスの産卵中、取り囲むように多数のオスが放精するのはよくあることである……。

 

「さすがギャル姉御の増田さん。太っ腹だなぁ。でもあれじゃ咲川さんがどこにいるか聞けそうにない……」


「こ、困ります!」


 大介の耳に届く欄の悲鳴!


「いいじゃん。増田さんのように、俺らの“ピー”まとめて面倒見てよ」


 学年カースト上位のイケメン陽キャサケたちが、蘭を取り囲んでいた。


「で、でも伊倉君が……」


「あ~あのヲタク? その辺でくたばっているんじゃないの?」


「ヲタクはこういう時便利だよね。おかげでほぼ無傷でここまで来れちゃった」


「これも神の御導きってやつぅ? やっぱ優秀なオスは子孫を残す権利があるよね」


「咲川さんのセクシーな尾びれも堪能したことだし、そろそろ君のイクラも見たいなぁ」


(あ、あいつら、俺の回りにいなかったってことは、女子サケの後ろを泳いでいたのかぁ!!)


 蘭を助けたい大介だったが、今一歩が踏み出せなかった。


(一人二人なら何とかなるが、四人では……。何か武器になるもの……って、ここには川底の石とサケしかいねぇ……。ん? サケ!?)


 大介は水中の酸素を限界まで取り込み、叫ぶ!


『女子サケ、野生のメスサケのみなさぁ~ん! イケメン陽キャサケさんたちはぁ〜、あちらにいらっしゃいますよぉ~!!』


 次の瞬間、イケメン陽キャサケたちにメスサケたちが殺到した。


「な、なんだ!?」


「ちょ、俺、獣〇、いや魚〇は興味ない……うわぁ!」


「お、押さないでくれ! で、出るぅ!」


「や、やめろぉ~! 搾り取るなぁ~。これは咲川さん専……用……」


 説明しよう!


 今この産卵場所には野生のメスサケが大勢いるのである。


 なぜなら遡上中、

《大介たち生き残った男子サケ》

《蘭たち女子サケ》

《イケメン陽キャサケ》

の列ができ、さらに、数々の困難を突破する大介をリーダーと認めた野生のメスサケたちは、陽キャサケのフェロモンと相まって、後ろについて泳いでいったのである。


 その光景は、さながらオスメス比が一対数十のハーレム列車!


「咲川さんこっち!」


「伊倉君!」


 二人は誰もいない産卵場所を見つけると、大介は最後の酸素と勇気を振り絞って欄に告白する。


「咲川さん、好きだ! 君のイクラにぶっかけたい!」


「実はわたしも、伊倉君にぶっかけられたいの!」


「咲川さん!」


「伊倉君!」


 やがて、オレンジ色をした命の宝石が、川底に敷きつめられる……。


 そして、何物にも染まっていない、純白の命の素が、粉雪のように降り積もっていく……。


 こうして、新しい命が誕生していった。 


“パチパチパチパチ!” 


『Congratulation! おめでとう! ゲームクリアだ。報酬として、元の世界でも“ピー”のぶっかけを堪能してくれたまえ!」


(ま、咲川さんの写真を……オカズにするのが……関の山……だけどな)


 命の役目が終わり息絶える寸前の大介であったが、同時に白仮面の声も途切れ途切れになっていく。


『あと、の……私を…………に……感謝……する……ありが……とう』


 旅客機は何事もなく羽田空港に着陸した。


 その後、大介と蘭の関係がどうなったのかは当人しか知らない。


 しかし数か月後、とあるSNSの投稿がきっかけで、

《#ぶっかけ》

の言葉と共にサケが巻き付いた剣のキーホルダーが、恋愛成就のパワーアイテムとして飛ぶように売れ始めたのは、疑いようのない事実であった……。



 ― 完 ―

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Upstream ― あの娘の“イクラ”に俺の白い“ピー”をぶっかけるのはこの俺だぁ! ― 宇枝一夫 @kazuoueda

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