第3話


 そして、透明な壁の向こうは戦禍せんかだった。人のような形をした真っ黒い影が攻めてくる。傷つき、逃げまどい、あちこちで火事が起きている。

 倒れた人を踏みつけ、銃のようなものから真っ黒い何かを噴射ふんしゃしている。そして、それを浴びた人はまた真っ黒い影となり攻めてくる。

 

「ゾンビみたいだ……」

 

 増えていく真っ黒い影。それから俺は目をそらすことができなかった。リアル過ぎた。作り物にはとても見えない。

 

「これが敵のモンスター、シャドウだ。人を倒して仲間に変えて増殖する。お前らが力を使って助けろ。ヒーラーは文字を使って力を発揮できる。ただし、文字と言っても漢字のみだ。その時に聖なるアイテムを絶対に手放すなよ。力が使えなくなる」


「テストの時間は30分です。何個漢字を使っても構いません。先ほどゴールグ様がおっしゃった通り、使用する文字は漢字のみ。防御と回復・治療などのサポートしかヒーラーにはできません。なので、攻撃をするような文字は意味を成しませんのでご注意を。あ、漢字は指でちゅうに書いてくださいね。こんな感じです」

 

 そう言いながら、スイは宙に【岩】と書いた。すると【岩】という字はぐにゃりとまるで象形文字しょうけいもじのようになったかと思うと、キラキラと白く光った。

 すると大きな岩が攻撃こうげきされそうな人とシャドウの間に出現し、攻撃を防いだ。

 

「これはシュミレーションです。シャドウにされると失格になりますが、本当に死ぬこともシャドウになることもありません。あぁ、自分自身のみを守る人も失格ですので、きちんと人々を助けてくださいね」


「さぁ、お前たちはまだシャドウになっていない人をどう救う? それでは第二試験、スタートだ」

 

 ゴールグの合図で壁は消えた。それと同時に叫んで走り出した女子が早速攻撃を受け、シャドウとなり姿を消した。

 

「何なんだよ……」


 自分の世界も危ないかもしれないと言われて「そうですか」と何もしないわけにはいかない。実力がなく落ちるのはいいが、辞退するのは寝覚めが悪い。

 

「選ばれるのは俺以外だろうけど……」

 

 それでもやらなければいけない。例えシュミレーションでも、目の前で人がモンスターにされている。さすがにそれを関係ないと言えるほど非道ではない。

 

 【鉄壁てっぺき

 

 そう宙に書けば、書いている間は指先が光っている。書かれた文字はぐにゃりと形を変えた。【銕壁てっぺき】へと。そして、文字は踊るように絵みたいになり、白く光った。

 すると、モンスターと人の間に鉄の壁ができた。


「よし!」


 すぐに走ってかけ寄れば、その女性の横には小さな男の子と女の子がいる。「お母さん!」と叫ぶ子供たち。母親は足から大量の血が流れていて怪我けがをしており、子供に先に逃げろと必死に言っている。


「どけっ! パンツ野郎にばっかり活躍かつやくされてたまるか!」


 ドン、と俺を押し退けた坊主頭の男子は光るグローブをはめている。野球部なんだろう。そいつは宙に漢字を書く。


 【直】


「は?」


 えっ? 直? 直すってことか?


「その直すじゃ、元に戻すって意味よ。例えば、寝癖ねぐせを直す……とかね。怪我や病気に対して使う漢字じゃないわよ」


 そう言いながら、ショートカットの女子は【治】と書いた。その子の髪には星がついたヘアピンが白く光っている。

 怪我をしている母親の足の血は止まり、動きだそうとした時、ぐらりと体が傾いた。「お母さん、大丈夫?」と子供の声が響く。シャドウは鉄の壁を破壊してしまいそうなほど、壁は揺れている。


 きっと、貧血だ。血を流しすぎたのだろうか。

 【鉄分】とあわてて書いたが、子供たちの母親はまだふらつている。


「貧血に効くのって、あと何!?」

「回復じゃダメなの?」

「さっきの【治】の文字で傷は治ったけど、貧血は治ってない。より具体的に書いた方が効き目があるかもしれない」


 動き出さない子供達の母親にあせるばかりで、良いアイディアが浮かばない。


 【亜鉛あえん】【葉酸ようさん


 メガネが白く輝く男子が漢字を追加して書いてくれ、母親は子供たちを連れて動き出した。

 

「ビタミンも書きたいですが、漢字にできませんので。それにしても、パンツくんやりますね。すばらしい洞察力どうさつりょくです」

「パンツくんじゃないから! 俺は咲々ササ。ふたりは?」

「私はユメよ」

「僕はリツです」

 

 自己紹介をしながらも俺たちは宙に漢字を書く。

 

 【鏡岩かがみいわ】【回復】【癒合ゆごう

 

 俺たちは互いに役割を分担し、三人で連携していく。

 俺が防御。ユメが回復や簡単な治癒ちゆ、リツがユメが治せなかった人の治療だ。

 

「【鏡岩】でカウンターができるとは思わなかったわ」

「鏡みたいに反射したらと思ったけど、上手くいって良かったよ。それより、俺は【癒合】にびっくりなんだけど、どういう意味?」

「傷がふさがったり、骨がくっつくことです。見える傷はユメさんが治してくれるので、今回は骨折に対してになりますね」

 

 たくさんの漢字を書き続けていく。【障壁しょうへき】【防壁ぼうへき】【城塞じょうさい】──。【城塞】と書いた瞬間、俺達の周りを厚く高い壁がおおった。


「うわっ! 何?」

「ごめん。【城塞】って書いたら、こんなになった」

「ここを本拠地ほんきょちにして、無事な人を救出しましょう」


 三人で次の作戦へ移ろうとした時、ピーっと笛の音がした。それと同時に試験を受ける前の部屋に移動していた。


「さて、生き残れたのは十人だけか」

「運も実力のうちですから。えーっと、この中で戦わなかった人は……」

 

 スイがそう言ったあと、三人が消えた。残りは七人。残ったメンバーには俺を突き飛ばした坊主頭のやつもいる。


「この七人か。やはりアイテムを身につける系が強いな。統計通りだ。さて、戦力的に残すのは四人だな。思ったよりも戦える者が多かったのは喜ばしいことだ」

 

 ゴールグがそう言うと、俺とユメ、リツ、そして坊主頭が残った。

 

「パンツなんかと同レベルかよ」

「パンツじゃない。俺は咲々ササだ、坊主頭!」

「うるせー、坊主頭って呼ぶな。俺様は好我コウガだ。きちんと覚えろよ、パンツ野郎」

「なっ……」


 腹立たしさに言い換えそうとした時、スイがパンッと大きな音をたてて手を打った。


「ふふ、ダメですよコウガくん。この四人のなかでコウガくんは最下位。ササくんは二位です。お勉強が苦手なキミはランクが上のササくんに逆らってはいけません。この世界は弱肉強食ですから」

「スイ、それは少し違う。強者は弱者を守る。弱者は強者に守られる立場なのだから、人権を損なわれない限りは歯向かってはならないんだ。コウガ、ササに何か言いたいのであれば、ササよりも強くなるんだな」


 ゴールグが冷たく言い放ったあと、俺達の順位を発表した。一位がリツで、俺が二位。そのあとにユメ、コウガと続いた。


「さて、他はどうなったか……。お前たち四人はこれからヒーラーとして漢字を学びながら実戦の練習をしていく。いわば、研修生だ。すぐに戦場に立てとはいわん。それと、急ぎでなければ基本的に土日と長期休暇に呼び出すからな。学業をおこたるなよ。特に漢字は意味も含めて学んでおけ。漢字を制するものはヒーラーとして成熟する。分かったな? では、もうお帰りの時間だ。また次の休みに会おう」


 ゴールグのその言葉を最後に足元に木製のドアができて開いた。そして、来た時と同じようにたくさんのドアがある空間へと落ちていく。


「な、何だったんだ?」


 となりにいたはずのリツとユメがいない。その代わり、俺のとなりには見慣れた幼馴染みがいる。


「ササ?」

「ハヤテ……」


 不思議そうなハヤテの顔に、この状況が分かっていないのは俺だけではないのだと実感する。


「ササ、ズボンの下でめちゃくちゃパンツが光ってるな……」

「へ? う、うあぁぁぁぁぁあ!!」


 俺のジーンズがめちゃくちゃ光ってる。それもパンツのある部分だけ。


「レベルアップした……のか?」

「んな、アホな! 迷惑でしかない! クーリングオフだ! 人々を救う前に俺のパンツを救ってくれよぉぉぉ」


 光り輝くパンツをはいたまま、俺はまたドアに吸い込まれていく。


「おかえり、咲々」

「え、ばーちゃん?」

「その様子だと、ちゃんとヒーラーになれたようだね」

「え? えぇ!?」


 ばーちゃんは、俺の周りに転がっているしわしわの洗濯物を拾っていく。


「今日は疲れただろうから、洗濯は代わりにやっておくよ。お前は漢字の勉強でもしてな」


 それだけ言い残すとばーちゃんはさっさと洗面所から出ていってしまった。洗面所には叫ぶ俺一人が取り残された。ジーンズの下では俺の聖なるアイテムである白ブリーフが変わらず光っていた。



 余談だが、洗濯された俺のブリーフは今もメイノノ王国に取り残されている。持ったまま走って逃げてしまったメイラは、困り果てた末にゴールグに渡していた。

 そして、それをゴールグが干してくれたことで俺のパンツはメイノノ王国の空をはためいているのであった。


 

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洗濯機を開けたら、自称美少女に異世界へと引きずりこまれました。俺のパンツが聖なるアイテムとか、勘弁してください。 うり北 うりこ@ざまされ書籍化決定 @u-Riko

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