第2話


 ざわざわざわ……。


 みんなが俺を見て何かを言っていると思うのは多分気のせいなんかじゃない。俺の光るパンツと走り去ったメイラのせいだろう。

 もしや……、とズボンのウエストを少し引っ張って見たパンツはやはり光っていた。ズボンの外には光がれていないのがせめてもの救いだ。

 

 チラチラと見られる視線に息が詰まりそうなその時──。


咲々ササ!」


 俺を呼ぶ聞き慣れた声がした。その相手はざわめく人をかき分けて進んでくる。


「ハヤテ! お前も呼ばれたのか?」

「まぁな。ササの聖なるアイテムはパンツか。なんかうわさになってるぞ」

「うっ……。せめて、違うパンツなら……」

「いやいや、ばーちゃんが許してくれねーだろ。だって、俺が泊まりに行くといつも俺のパンツがハヤテって名前の書かれた白のブリーフになってんだぜ。んで、帰る時に俺のパンツが帰ってくんだわ。最近はササん家に泊まるときはパンツ持ってかねーもん」

 

 ゲラゲラと笑いながらハヤテは言う。白ブリーフの刑は俺だけではなく友達にも起きていたらしい。どうりで、ササ以外は泊まりに来なくなるわけだ。

 

「なんで、言わないんだよ」

「別にいいかなって。他のやつらは俺が口止めした。ばーちゃんとケンカして欲しくないのあるしな」


 ニカッとハヤテが笑う。くそう、イケメンだ。モテるのも分かる。男の俺から見ても、文句なしの良いヤツだ。だが、パンツの件は教えてくれ。って何だよ。って。面白がってるだろ。

 でも、ハヤテはいつもしんどい時にとなりにいてくれるんだよなぁ。今だって、俺が周りの視線に耐えられなくなりそうな時に来てくれた。自分だって、変な目で見られるかもしれないのに。


「ハヤテ、ありがとな」

「何が? それより、これからどんなテストするんだろうな」

「さぁ。俺はさっさと帰りたいよ」


 洗濯物を返してもらったら、もう一度洗わないと。きっとしわくちゃだ。それに、俺のパンツの行方が気になる。

 メイラ、頼むから俺のパンツは置いてってくれ。追いかけても追いかけなくても、俺が変態扱いになる未来しかないじゃないか。


「そういや、ハヤテの聖なるアイテムは木刀ぼくとうだったんだな」


 俺の白く光るパンツと違って、ハヤテの木刀は赤く光っている。周りを見れば赤、青、黄色、白に光っているものが見える。


「ん? あぁ、そうだな。この色って、なんの意味があんだろうな」


 確かに。何か意味があるんだろうか……。



 ハヤテと合流してから五分くらいしたあとだろうか、「注目ー!!」と頭上から声がした。そちらを見れば、少し大きなフリスビーのようなものの上に立っているメイラがいる。


「ハロハロー! はっじめましてぇ、勇者予備軍の少年・少女よ! 異世界に来た気分はどうかなぁ? わくわくしちゃうよねぇ。だってキミたちは第三の眼とか言っちゃうお年頃だもんねぇ!! さてさて、これから勇者、戦士、ヒーラー、魔法使いの選抜テストをするよぉ。準備はいいかなぁー!?」


 メイラはフリスビーで俺たちの上をふらふらと飛びながら、出会ったときのようなことを言っている。

 またキャラ作ってんな。無理しない方が良いのに……。っていうか、パンツ返してくれ。

 そう思って見ていたら、視線があった。だが、次の瞬間──。


「え、あからさま過ぎない?」

 

 バッと音がしそうなほど、視線をそらされた。うん。理由はパンツだよね。分かる。分かるけど、傷つくなぁ。持ち逃げしたくせに。


 思わずため息をついた瞬間、俺は違う場所にいた。周りを見回せば、メイラが乗っていたような大きめのフリスビーのようなものに一人ずつ乗っている。

 

「なんだこれ」

「魔法らしいぞ。俺を連れてきた人が魔法を使った会場でテストするから、受かっても落ちても楽しんでこい! って言ってた」

「……そうなんだ」

 

 宇宙空間のような会場に浮かぶ大きめのフリスビーに乗る子供たち。その人数は少なくても百人はいるだろう。

 規模がでかすぎて頭が追い付かない。しかも、俺のパンツの行方が気になりすぎて落ち着かない。

 

「さーて、聖なるアイテムは持ってるかな? では第一試験、いっくよー! 今から言う問題に答えてねぇ!! あなたの目の前にモンスターが現れました。ヒーラーが襲われています。しかし、たくさんの一般人もまた大ピンチな状況です。どちらを助けますか?」

 

 ざわり、と会場がまたもやざわめいた。これ、どの答えも間違いじゃないのか?

 

「俺なら両方助ける。たくさんの人を守るためにきたえてきたからな」

 

 そう言ったハヤテの将来の夢は警察官。赤く光る木刀を見るハヤテこそこの世界を救うのにふさわしい。

 俺は、間違いなくヒーラーを助けに行く。ヒーラーが無事なら、他の人の怪我を治せる。一般人よりも優先すべきはヒーラーだ。そう思った瞬間、フリスビーが動き出した。

 

「えっ! ハヤテ!!」

 

 ハヤテとは違う方向に進むフリスビー。なぜか視界に映る光が減っている。どういうことだ?

 

 新しく連れてこられた空間は、真っ白だった。何もない。いや、二人いる。赤ぶちメガネにエメラルドグリーンの髪の毛がピョコピョコ跳ねている白衣を着た女の子と、金の髪を肩で切り揃えたスーツを着た男が。

 

「やぁ、ヒーラー候補の諸君しょくん。よく来たね。我が名はゴールグ。この子は助手のスイ。選抜テストの続きといこう」

 

 何が何だか分からない。そう思ったのは俺だけじゃないらしい。ポニーテールの女の子が手をあげた。

 

「私たちがヒーラー候補ってどういうことですか?」

「そのまんまですよ。あなたたちはヒーラー候補です。聖なるアイテムが白く光っていますから。そして、先程の姫様の質問の答えは『ヒーラーを助ける』にしましたよね? あれは、ヒーラーの素質を持った者にとっては正解です」

 

 スイと呼ばれる助手の女の子が言うには、赤く光る聖なるアイテムは勇者の資格。青が戦士、黄色は魔法使い。そして、白はヒーラーとのこと。


 なぜ、ヒーラーを助ける選択が正解だったのか。それは、ヒーラーの役目は治癒ちゆ防御ぼうぎょ。治癒と防御をするとき、誰を最優先にし、誰を切り捨てるのかを瞬時しゅんじに判断できなければいけない。時には一般人を切り捨てて、パーティメンバーを優先しなくてはならないと言う。


 因みに勇者は全てを救う。戦士は一般市民を救う。魔法使いは答えられない、が正解らしい。その回答基準は説明してくれなかったからよく分からないが、パーティの思考がかたよるのを防いでいるのかもしれない。

 

「え、オレ勇者になれるかもって聞いたんだけど」

「あたしはイケメンの彼氏ができるよって言われたわ」

 

 文句を言い始めた人がいるなか、ゴールグと名乗った男は目を細めた。すると、フリスビーに乗っていた人が消えた。

 

「人を助けるのがヒーラーだ。だが、ヒーラーは万能ではない。だからこそ、『悩みながらもヒーラーを助ける』その選択をした者こそに素質はある。ヒーラーは、時には恨まれもする。パーティメンバーに責められることもある。生半可なまはんかな覚悟では務まるまい」

 

 いやいやいや、俺だって覚悟なんかない。パンツを回収して帰りたいんだよ。洗濯物を干さないとばーちゃんに怒られる。

 

「ダメだとこちらで判断した者はお帰り頂きます。その際、ここでの記憶は消させてもらいますので」

 

 うん。記憶を消すのは仕方ない。けどさぁ、帰すのはこいつらの都合とかふざけんな。勝手に呼んで、勝手に選んで……本当にろくでもない。

 

「俺、辞退じたいします。そっちの都合で呼んで、用がないからと勝手に帰す。こちらの意見なんて無視じゃないですか」

「ほう? それで多くの人が死んでもか?」

「それこそ、自分たちでどうにかすればいい。できないのなら、きちんと説明をしてお願いするのがすじですよね?」


 ゴールグの視線は厳しくなったが、これで帰れるのなら願ったり叶ったりだし、辞退すると言っているのだからさっさと帰して欲しい。


「この世界をモンスターが滅ぼしたら、やつらは次の世界に行く。この世界の力を吸収し、より強力となって。それはお前の世界かもしれんがな」


 なっ……!! おどし? これは嘘か、それとも真実か……。分からない。けれど、真実なら──。


 俺が何も言えなくなっているのを見て、ゴールグはため息をひとつこぼした。


「説明をきちんとしなかったのは、こちらの落ち度だ。すまなかった。すべてが終われば、願いをひとつ叶えよう。では、第二試験に入る。とは言っても、これが最後のテストだ」


 ゴールグがそう言うと、自分自身の立っている場所が変わった。俺たちの周りを透明なドーム状のかべがおおっている。

 

 

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