洗濯機を開けたら、自称美少女に異世界へと引きずりこまれました。俺のパンツが聖なるアイテムとか、勘弁してください。

うり北 うりこ

第1話


 世の中には色んなパンツがある。色も柄も形も。


 その中の俺の憧れはボクサーパンツ。トランクスも捨てがたいが、ボクサーパンツの暗めの色のパンツがいい。だから、勇気を出して買った。買ったのだ。それも一度や二度じゃない。それなのに──。

 

「ばーちゃん! 俺のパンツ捨てただろ!!」

「パンツ? ちゃんとタンスに入ってるだろ」

 

 あぁ、入ってるさ。真っ白なのがな。だが。俺の探してるパンツはそれじゃない。

 

「こんなんじゃなくて! 俺のボクサーパンツ!! なんで捨てんだよ!!」

 

 ギャンギャンさわぐ俺に、ばーちゃんはわざとらしいほど大きなため息をついた。

 

「いいかい、よく聞きな。あたしはあんたを不良に育てた覚えはないよ!」

「はぁ? どう見たって俺は真面目な優等生だろ。何言ってんだ?」

「白のブリーフ。それ以外のパンツは不良がはくものだよ。分かったら、白のブリーフ以外はあきらめな」

 

 白のブリーフ。それは俺のタンスにぎゅうぎゅうに詰められている。ばあちゃんの手によって。

 小学生まではそれで我慢してきたさ。だけどな、俺だってもう中学一年生。白のブリーフは卒業だ。いや、別に白のブリーフが悪いとかじゃない。俺の好みじゃないだけだ。

 

「ばあちゃん、今時は幼稚園児でもキャラもののパンツはいてるって」

「よそはよそ。うちはうち。とにかく、白のブリーフ以外は認めないよ」

 

 そう言うと、ばあちゃんはさっさと俺の前を通りすぎて台所へと行ってしまった。取り残された俺は仕方なしに洗濯機のある洗面所へと向かう。

 

 ばあちゃんは昔からパンツにだけ異様にうるさかった。俺が「ピアスを開けようかな」と言ってみた時も反対されなかったし、ネックレスをつけた時も「かっこいいじゃないか」の一言で終わり。

 

「だから、納得できないんだよな。パンツだけ駄目だめって意味わからん」

 

 ぶつぶつ言いながら、たて型の白い洗濯機を開ける。乾燥機付きなら楽なのに……と思いながら、白いかごに洗濯物を入れようと片手を洗濯機へと突っ込んだ。

 だが、その手は宙を切った。

 

「んぁ?」

 

 洗濯槽せんたくそうすら手に触れなかった。おかしい。不思議に思って洗濯機のなかをのぞき込めば、影よりも濃い真っ暗なやみが広がっていた。

 思わず一歩下がったその時──。

 

「ハロハロー! はっじめましてぇ、勇者予備軍の少年よ! こことは違う世界に興味あるかな? あるよねぇ。だって君たちは第三の眼とか言っちゃうお年頃だもんねぇ!!」

 

 洗濯機のなかから、ピンクの髪をツインテールにした異様にテンションの高い女の子が飛び出してきた。

 

「…………誰?」

「おぉっと、そうだよねぇ。気になるよねぇ。ぼくみたいな美少女が出てきたらさぁ」

 

 上半身だけ洗濯機から出した状態の自称美少女はウインクをしてくる。その姿はなんともマヌケだ。だが、俺はそんなマヌケでも容赦ようしゃはしない。

 ジーンズの後ろポケットからスマートフォンスマホを出すと、すばやく電話をかけた。

 

「あ、もしもし警察けいさつですか? 今、不審者ふしんしゃが──」

「ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 不審者の自称美少女が叫んだ瞬間に、俺のスマホは二つになった。いや、正確には半分に切られた。

 

「うわあぁぁぁぁぁ!!!! 何してくれてんの? 本当に何してくれてんの? 信じられないんだけど!!」

「そっちこそ、警察に電話するなんて信じられないんですけどぉ!」

「だからって壊す必要ないだろ! 弁償べんしょうだよね? 当然してくれるんだよね!!」


 洗濯機へと近付いて文句を言えば、ギロリとにらまれる。


「イヤに決まってんでしょ! あー、もう面倒くさいなぁ。直すにしても、ぼくじゃ無理。説明……は、キミならしなくていいよね」

 

 そう言った目の前の自称美少女は、ぐいっと遠慮えんりょなく俺の腕を引っ張った。

 

「どこにそんな力があるんだよ!? 離せよ」

「気になるところはそこなわけ? これから何処に連れていかれるんだ? とか、この美少女は誰だ? とかあるでしょう!?」

「え、それ本気で言ってるの?」 


 驚き過ぎて、抵抗する動きが止まった瞬間──。

 

「うおわぁ!」

 

 俺は洗濯機の中へと引きずり込まれた。そして、洗濯機の中は……。

 

「なんで、ドアだらけなんだよ!」

 

 とツッコミを入れないなんて選択肢がないほどドアしかなかった。見える景色、全てがドア。ドアが縦にも横にもびっしりだ。

 

「勝手に開けないでね。不法侵入ふほうしんにゅうで捕まるよ」

「するわけないだろ。キミじゃあるまいし」


 俺の言葉に自称美少女は眉間みけんにシワを寄せ、わざとらしくため息をついた。


「あのねぇ、今時そういうのってモテないよ?」

「は?」

「可愛い女の子を目の前にして緊張する気持ちは分かるけど、そういう連れない態度って良くないと思うんだよね! わかる? ぼくちゃん」


 ぼ、ぼくちゃん? え、ふざけてるのか? 俺にけんか売ってる?


「俺の名前は咲々ささだ!」

「ササ? ふーん。そう。ぼくはメイラ。名前を聞き出す戦略ってやつ? 特別にぼくのことはメイラ様って呼ばせてあげてもいいよ」


 なんだこいつ。キャラぶれがすごい。とりあえず──。


「メイラは俺をどこに連れていく気なんだ?」

「え、呼び捨てなの? まぁ、許してあげるけど。ありがたく思ってよね! んで、どこかだよね? ササは勇者パーティ候補なんだよ。だから、ぼくの住む世界に来て欲しいってわけ。助けて欲しいんだ」

「勇者候補? ってことは、他にもいるのか?」

「そう。いるよ。がっかりした?」

「いや、それなら俺へ行かなくてもいいよね?」


 沈黙ちんもくが流れる間も、ドアがたくさんの空間をどんどん進んでいく。俺は果たして帰れるのだろうか。


「……キミ、ササは勇者にはなりたくないの?」

「別に興味ないかな」

「え、じゃぁ……サポート役は? 後衛も募集してるよ」

「いや、俺はいいかな。んで、何人募集してるんだ?」

「最低四人かな。素質さえあれば何人いても足りないくらいだけど……。あっ! もちろん、ぼくも行くよ!」

「へぇ。よそ者を集めて使い捨てるのかと思った」


 そう言った時、重そうな鉄の扉が開き、そちらに吸い込まれていった。そして、気が付けばふわっふわの絨毯じゅうたんの上にいた。

 周りには人、人、人。同い年くらいの人がたくさんいる。


「ついたよ! ここがメイノノ王国」

「メイノノ?」

「そう。ぼく、王女なんだから!」

「へぇ……」


 メイノノ王国、メイラ姫ね。ということは、呼び捨てはまずいか。


「んで、姫様。俺はこれからどうなるんですかね?」

「テストを受けてもらうよ。あ、ぼくのことは気にせずメイラでいいよ」

「そのテストに落ちるとどうなるんです? 姫様」

「お家に帰ってもらうだけ。だから、ぼくのことはメイラでいいってば」


 なかなかしつこいな。姫様を呼び捨てするとか、周りの目が怖くて俺には無理。

 それにしても、テスト……か。それなら、わざと落ちればいい。そしたら帰れる。


「あ、わざと間違えるのは無理だから。魔法でそういうのできなくなってるし」

「えっ、あー……はい」

「他に質問は?」

「うちの洗濯物はどこに?」

「洗濯物? 聖なるアイテムならここだよ!」


 ポケットからメイラは光る布を取り出した。丸まっているそれは、間違いない。俺の白いあれ・・だ。


「ちょっと待っ……」

「この布、何だろうね? ハンカ……チ…………」


 俺の制止も聞かず、それを広げたメイラの手には俺の白いあれ・・。そして数秒後、メイラのつんざくような悲鳴が響き渡り、メイラは俺のあれ・・を持ったまま走り去っていった。




 

 

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