05 航海のはじまり

 衛星港ステーションの壁に頭を突っ込んだ竜船アルブムは、ハッチを開けて二人の人間を回収した。厳密にいえば、竜脳であるアルブムは人間ではないのだが、彼は竜船から出て行動できるので、物理的には大差はない。

 竜船の中は、数十人程度が居住できる広さがあり、船室や格納庫がある。

 ミコトが見た感じ、アルブム内部は自動機械による清掃で清潔に保たれていたが、何百年も人が生活していない、隔絶された廃墟のような空気が漂っている。ごく普通の船に見受けられる、住人が付ける傷跡や、私物などが見当たらない。まったくの無人だ。

 まるで新品の商品の封を開けたようだった。

 制御室に走りこむと、正面にスクリーンが起動する。


「お前の兵装は?」


 とりあえず、虚種サーディンの群れをどうにかしなければならない。

 あれらは放っておくと、障壁をつきやぶり、衛星港ステーションに棲みついてしまう。

 アルブムが行った破壊行為には目をつむり、ミコトは目の前の目標に集中した。


「そうだね。近接ブレードと、絶界バリアと……」

「どっちも役に立たないだろ。小魚の群れに、包丁振り回して何になるんだよ。バリアで体当たりしても、散り散りになるだけだ」

「なら、虚空穴爆弾コラプサーショットはどうかな」

 

 モニターに映し出された兵装の内容に、ミコトはぎょっとした。

 ちょっとしたブラックホールを生成して、敵を滅ぼす、物騒な爆弾だった。

 下手すれば衛星港ステーションがふっとぶ。


「これなら、文字通り一網打尽だろう。これで行こうか」

「おい!」

 

 竜脳の青年がうきうきした声で告げると同時に、竜船はサーディンの群れに向かって宇宙を翔ける。

 このままでは、被害が広がってしまう。

 ミコトは手近な椅子に腰を下ろし、補助脳を船と接続し、兵装を確認するが、アルブムの言う通りだった。この船は、とにかく強力過ぎて、小回りがきかない。

 ええい、ままよ。

 砲撃システムを呼び出し、マニュアルコントロールを確認しながら、ミコトは宣言した。


「アイハブコントロール!」


 それは、竜騎士と竜船の守るべき約束事項。

 原親船オリジンのアルブムに通じるかは、賭けだった。

 隣に立って前を見つめていたアルブムが、驚いた顔をして、こちらを振り返る。

 そうして、うっすら笑みを浮かべた。


「……ユーハブコントロール」

 

 失敗したとしても、責任は自分で負いたい。

 ミコトは決意し、照準の制御を自分の手で行う。竜脳が行った方が確実だとしても……最悪の事態になった時、あれは自分の意思ではなかったと、後悔したくない。

 流れる汗をぬぐう時間も惜しかった。

 爆弾を投げ入れるタイミング、座標を計算する。

 入力を行う手が震えた。


虚空穴爆弾コラプサーショット、射出」

 

 純白の竜の腹から、砲撃が発射される。

 それは弧を描いて虚種サーディーンの群れをかすめるように飛び――漆黒の宙で爆発する。

 無音の衝撃と、閃光が収まった時。

 外殻の一部が欠けただけで、無事な衛星港ステーションがスクリーンに大写しになり、ミコトは安堵のあまり、椅子に崩れ落ちた。

 うち漏らしたサーディーンが数匹、驚いて逃げていく。

 虚種の残骸と、衛星港ステーションの破片が漂う宇宙そらを、茫然と見上げる。


「……これから、どうするかい?」

 

 アルブムが伺うように聞いてきた。


「決まってるだろう。銀河防衛竜船盟ギャラクシーフォースに行って、お前を熨斗のしつけて、突き返してやる。戦いの中で死ぬなんて、ごめんだ」


 竜脳の言う通りに行動しても、破滅が待っているだけだ。

 自分だけならともかく、今回のように大勢の人を巻き込む事態は避けたい。

 そのためには、まず銀河防衛竜船盟ギャラクシーフォースに行き、このアルブムが本当に原親船オリジンかどうか、ルビーとの関係も含め、明らかにする必要があった。


「ふっ、私の竜騎士の望むままに」

 

 アルブムが了承し、船の進路を設定する。

 ミコトは知らない。

 背を向けた彼の頬に浮かんだ、淡い慈愛の笑みを。

 彼らの物語はまだ、始まったばかりだ。



( 落ちこぼれ竜騎士と、はじまりの船 了 )

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落ちこぼれ竜騎士と、はじまりの船 空色蜻蛉 @25tonbo

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