04 一度きりのチャンス
意図せずとはいえ、竜脳を起こしてしまったことを知られれば、良からぬ疑いを掛けられる。
ミコトは、アルブムを急かしてその場を離れた。
「というか、お前の容姿は目立つんだよ!」
「?」
美醜の捉え方は文化圏によって違うと言えど、アルブムは単純に汚れが無さすぎて、一般人には見えない。予備の職員の制服をかぶせ、人のいない通路を辿って、自分の部屋に戻ってきた。
さて、これからどうしよう。
「久しぶりに、人間の食べ物が食べたい」
こちらの苦労を知らず、アルブムは無邪気にねだる。
仕方なく、残りものを使ってビーフンを作ってやった。狭い部屋の中央に陣取って、ビーフンをむさぼる美青年。これは悪夢か。
「……俺に会いたくて、出てきたと言ったな。竜脳同士は、ネットワークで繋がっていると聞いたことがある。俺の事は、他の竜から聞いたのか」
それしか考えられない。
早いところ、この竜脳の好奇心を満足させ、そして自分の元に現れた謎を解明し、帰ってもらわなければならなかった。
ミコトが問いかけると、アルブムは顔を上げる。
「この麺は思いのほか固いが、味付けは新鮮だ。生身の人の体で感じることは、本当に色鮮やかで情報の精度が違う」
「……」
「君の相棒だった、暁星の竜船ルビーナインは、私の娘だよ」
ビーフンの感想に続いて告げられたのは、特大の爆弾発言だった。
しかし、今の今まで砂漠の片隅に眠っていたアルブムから、現役の竜船ルビーナインが作られたのは、計算が合わない。そうであれば、彼が眠っているべき場所は、
動悸が早くなる。
今ミコトは、このアルブムからルビーナインが作られたかどうか、仔細を推察する余裕はなかった。
それよりも重要なのは、彼が相棒ルビーナインと親しい竜船だったということだ。
過去の傷痕がうずくように痛んだ。
「……それは、悪かったな。俺はルビーナインを返してやれなかった。あまつさえ、今は田舎の星で竜船と関係ない仕事に就いている」
さぞかし、失望しただろう。
「何か誤解しているようだね。重要なのは、君が生きているということだ」
アルブムはビーフンが残っている皿を脇に押しやった。
彼は穏やかな表情だ。
「私の娘は、君を生かすという目的を達成した。あとは、君の好きに生きればいい。生きていれば、何を為すのも自由だ。チャンスはいくらでもある」
その言葉に、ミコトはぎゅっと拳を握りしめた。
「だというのに、君は浮かない顔だね」
小首をかしげ、アルブムは不思議そうに言った。
「
「……竜船のあんたには、想像できないかもしれないが、人生にチャンスはそう何度もないんだよ」
ドロップアウトして帰ってきたミコトを迎えたのは、劣悪な環境だった。田舎の星から出ていくには資金もチャンスも必要だが、それを逃したのだ。バダインジャランで売られている補助脳は、もう何世代も型落ちしたものが主流だし、それだって馬鹿高い。
何かしたくても、選べない環境というものはある。
「私に人間の価値観は分からないが」
アルブムは頬杖をつき、柔らかい声音で続けた。
「命は一度きり。そのチャンスは一度しかない事に同意しよう。しかし、君の人生はまだ終わっていない。生命を賭けた挑戦は、始まったばかりだ」
「!」
「だというのに君は、目の前のチャンスを掴もうとしない」
この竜脳は、自分を誘惑しているのか。
ミコトは目の前の
胡散臭いこと、この上ない。
判断するには情報が必要だと返事しようとした時。
急に、
一拍遅れて、緊急事態を告げる館内放送が始まる。
「なんだ?!」
『
外殻障壁とは、どの辺りだろう。
ミコトは、嫌な予感がした。
すぐさま立ち上がり、机の上の端末を起動する。
密かに増設した補助脳を連結し、一時的に処理能力を上げ、
外殻のモニター映像を拾い出す。
「なっ……虚種サーディーンの群れじゃないか?! なんで、
金属で出来た、銀色の鳥のような虚種が、百匹近く群れている。
サーディン達は、進路の邪魔になる
おかしい。
「妨害装置が故障したのかもしれないねぇ」
アルブムがのんびり言った。
「どうする? こんな田舎の星には、
薄笑いを浮かべる竜脳の青年。
あまりにも、できすぎている。
ミコトは、まさかと思いながら、ある推測を口にした。
「まさか、お前が……お前が妨害装置を切ったのか?!」
「……」
アルブムは、その玲瓏とした面差しに、ぞっとするほど酷薄な笑みを浮かべた。
「ふふ、気づくのが早い。さすがルビーが選んだ竜騎士だ」
「何が狙いで、俺を引っ張り出そうとする!」
「決まっているだろう。私の可愛い娘を殺した男が、こんな田舎の星で平和な一生を送るなど、許されていいはずがない」
「なっ?!」
「戦いの中で、苦しんで、苦しみぬいて死ぬがいい。それが君に許された唯一の選択肢だ」
とんだ家族愛だと、ミコトは愕然とする。
竜船にも、同族を想う感情があるのだ。彼らは単なる機械ではない。
結局、選択の余地などないではないか。
ミコトは唇を噛む。
「分かった。だが、この
「やる気になってくれて、うれしいよ」
アルブムは立ち上がり、優雅に腕を振る。
どこかで爆発音が響き、部屋の窓の向こうで閃光が走る。
砂嵐と水色のマーブル模様の星、バダインジャランを背景に、その竜は白い翼を広げ、まるで蝶のように優雅に、蜂のように鋭く、宇宙の闇の中で輝いていた。
竜は咆哮し、この部屋がある居住区に向けて突っ込んでくる。
「えぇぇぇぇーーっ!?」
あまりに豪快な破壊行為による乗員回収に、ミコトは悲鳴を上げた。
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