03 竜脳の青年

 軌道上の衛星港ステーションは、昼も夜もない。

 しかし、ちょうど人が空いている時間帯だったらしく、格納庫へ向かうミコトを呼び止める者はいなかった。

 格納庫内は、清掃のため出入りが許されている。

 ちょうどいいから掃除もしようと、ミコトはモップを手に格納庫に入った。いつも通り点検しながら、昼間に領主が立っていたあたりまで歩く。

 すると、透明なひつぎのようなものが、無造作に他の荷物にまじって置かれているのに気付いた。


竜脳ブレインを、こんなところに放置するなんてな」


 盗まれたらどうするんだろう、とミコトは他人事ながら呆れた。

 もっとも、竜脳ブレイン凍結スリープ状態なら、誰にも手が出せないのだから、転がしておいてもいいのかもしれない。どうせ、船体から遠くに離れすぎると、自動的に船体に転送される仕組みだ。

 この竜脳はどんな姿をしているのだろうと、ひょいと氷の棺をのぞきこむ。


「人型か……こいつはマジで、原親船オリジンなのか」

 

 人間の姿の端末を持つのは、四つ星以上の竜船だ。

 棺の中の眠り姫……いや、眠り王子か。

 竜脳ブレインは、美しい白銀の髪の青年の姿をしていた。服装は、起源星アースのアジア圏の道袍と呼ばれるものに似ている。漆黒の絹の布地には、精緻な龍の模様が薄く入っていた。バダインジャランの民が祖先を祀る霊廟に飾られた、龍神をモチーフにしているのだろう。こいつは、どこから服装のデータを持ってきたのだろうな、とミコトは思う。

 竜脳は寝ていても付近の情報を収集し、知的生命体の知識にアクセスしている。


「覆いをとって船の全体を見たいけど、まあ、それはさすがに清掃の範囲を超えてるよな」

 

 棺から視線を外し、黒い覆いを見上げる。

 砂漠から牽引してきたためか、覆いの上から鋼鉄製のロープがぐるぐる巻きついている。

 その時、ぴしりと小さな音がした。

 ミコトは驚いて、棺に視線を戻す。

 途端に、注目を浴びるのを待っていたかのように、透明な棺は硝子の破砕音と共に砕け散った。


「え?!」

 

 目を丸くするミコトの前で、棺の中から青年が上体を起こす。

 ありえない。

 こちらから何のアクションもないのに、勝手に竜脳が動くなど。

 それとも、原親船オリジンだから特別なのか。

 青年が完全に立ち上がるとともに、棺の破片は床に溶けるように消える。綺麗さっぱり、そこに氷の棺などなかったかのように。

 竜脳の青年は、まっすぐミコトを見る。立ち上がると、青年は案外背が高く、ミコトと同程度ある。それに、若いようにも老成しているようにも見える、不思議な佇まいだ。

 その瞳は蒼天のように眩しい青色だった。


「はじめまして、竜騎士くん。君の名前は?」

「……ミコト。あいにくだが、竜騎士は廃業中でな。他をあたってくれ」

 

 ミコトは警戒し、身構えた。

 竜船の振りをしている、虚種アビスの一種だという可能性もある。それにしては、手が込んでいるが。


「ううむ、開口一番、断られるとは。私は渡りに船ではなかったかな」

「いきなり、怪しすぎるんだよ」

「そうか。万象を見通しているというのも、不便なものだ」

 

 竜脳の青年は、目頭に指をあて、困ったように頭を振る。

 動作にあわせ、白銀の髪がさらさら舞う。女子が好きそうな姿をしやがってと、ミコトは勝手に腹を立てた。


「元どおり凍結スリープしろ。それで、おとなしく銀河防衛竜船盟ギャラクシーフォースに行け。お前がもし原親船オリジンなら、下にも置かぬ扱いを受けて、竜騎士選び放題だ。よかったな」

「そう、つれなくしないでくれ。私は君に会いたくて出てきたのだから」

 

 青年は、白皙の美貌に、謎めいた笑みを浮かべた。


「私の名前は、アルブム。君達、人類の言うところの原親船オリジンが一隻。せっかくだから、衛星港ステーションを案内してくれないかな。気が済んだら、君の言う通り凍結して、その銀河防衛竜船盟ギャラクシーフォースに行く。だから、頼むよ」

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