02 忘れられぬ傷跡

 昔、ミコトは神童だった。

 田舎の星バダインジャランの学生の中で、一番の成績を取り、銀河アカデミーに推薦入学をしたのだ。故郷の期待を背負い、星を出た時の希望でいっぱいの気持ちを、今のミコトは失意と共に思い出す。

 アカデミーは竜騎士科もあり、ミコトは教師の勧めで最新の補助脳をもらって、竜騎士に挑戦することにした。竜船の竜脳ブレイン強制起動ハッキングして、竜船のパートナーになれば、返済不要の奨学金がもらえるからだ。

 見事、竜船のパートナーに選ばれたミコトは、有頂天になった。

 このころが一番、輝いていた時だと思う。

 正式に竜騎士になって、実戦配備された後も、とんとん拍子に勝利し、ミコトは調子に乗っていた。何の根拠もなく、自分は何でもできると、過信していたのだ。

 

「虚種プラナリアは、攻撃を加えれば加えるほど分裂して、手に負えなくなる。最初に核をつぶせ。分裂して増加した敵に囲まれ、撤退の機を逃せば、おしまいだ」

 

 熟練の竜騎士でも、死亡することのある難敵だと聞いていた。

 それでも若いミコトは、自分なら大丈夫だと、軽く考えていた。

 核をつぶすのに失敗し、分裂した大量の敵に囲まれた後も、いつでも逃げられると考えていて引き際をあやまった。

 失敗に気づいたのは、自身のパートナーである竜船の竜脳ブレインに別れを告げられた時だった。


「船を降りて、友軍機に移って、ミコト」

「ルビー! 俺たちはまだ戦える!」

「駄目よ。私の計算では、もう未来は見えている。ここでお別れよ」

 

 ミコトのパートナーは、ミコトを友軍機に移し、自分ひとりで敵の大群の中に飛び込み、自爆した。

 そのおかげで、ミコトと同僚は無事に逃げ延びることができた。

 命は助かったものの、竜船を失ったミコトは、銀河防衛竜船盟ギャラクシーフォースの審問にかけられた。


「お前は、無謀な行為により、友軍機を危険にさらし、貸与された竜船を失った。銀河防衛竜船盟ギャラクシーフォースは竜船の費用を請求する」


 竜船は無料ではない。

 ただし、アカデミーの学生が竜騎士となった場合は、半額アカデミーが出資し、残りは給与から毎月天引きで一隻分の費用が賄われるという。このような事態にならなければ、気にもしない話だが、ミコトにとってはまさに泣きっ面に蜂。

 仲の良かった竜船――竜船の竜脳ブレインは人間と同等以上の思考を持ち、パートナーの人間と交流を持つ。友人でもあった竜船ルビーナインを喪った悲嘆に暮れる間もなく、ミコトは借金返済に追われた。

 バダインジャラン星を出て手に入れたすべて――家も金になるものすべて、それにアカデミー入学時に特別にもらった高性能の補助脳パソコンも、売り払った。

 文字通りのすかんぴん、裸一丁とはいかないが、ほぼすべてを失ったミコトは、失意の中、故郷のバダインジャラン星に帰った。

 ミコトは、審問会で言われた言葉が忘れられない。


「人生にチャンスは一度きりだ。致命的な失敗を犯した人間を、誰が信頼するものか」

 

 輝かしい未来を、失った。

 もう二度と、栄光を手にすることはない。

 大切な相棒を喪ったミコトには、その資格もない。

 

「……夢か」

 

 衛星港ステーションの職員寮の、狭い寝台で目を覚ましたミコトは、上体を起こした。

 アカデミー時代の、懐かしい夢を見ていた気がする。

 しかし、窓に映った自分の姿は、三十になろうとする、くたびれた大人の男だった。

 バダインジャラン星では一般的な、黒髪に琥珀色の瞳。中途半端に短く切った黒髪が、荒涼とした目元を少し隠してくれている。

 窓の向こうには、渦を巻く雲と砂色の大地、マーブル状の水色が織り成す、星の表層が見える。ここは、雲の上で、宇宙と星のちょうど中間だ。


「眠れないな」

 

 何十年ぶりに、竜船を見たからだろうか。

 黒い覆いが掛けられた下の竜船が、どんな形をしているのか、気になっていた。

 アカデミー時代は、いろいろな竜船を見たものだ。

 しかし、原親船オリジンは見たことがない。銀河防衛竜船盟ギャラクシーフォースに属する竜船のほとんどが、原親船オリジンから生まれた子世代、四つ星以下だ。

 遺跡から発掘されたということは、五つ星以上、原親船オリジンかもしれない。

 好奇心がうずいた。


「見るくらいなら、かまわないだろう」

 

 どうせ動かすことはできないのだし。

 これも衛星港ステーションの清掃員の特権だと、ミコトは格納庫に行ってみることにした。

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