謝罪

「お、俺が死霊術師ネクロマンサー? ど、どういう意味ですか……」


 何食わぬ顔で理解の範疇を超える事態を告げられ、連斗はただただ困惑していた。

 ファンタジーを題材としたゲームの職種などを意味する用語だが、どこか聞き憶えがある。ゲーム関連の知識ではなく、誰かの話の中で、だ。


「おかしいとは思わない? 優莉ちゃんの報告だと君は腹部を損傷し瀕死の重態だった。出血も多くすぐに手術をしなと危うい状態にも関わらず君は奇跡的に一命を取り留めた。それは何故か?」


 混濁としてた記憶が鮮明になった時から謎だった点を仁から指摘される。

 連斗はグレアの砲弾を喰らった。腹の奥を尖った何かが突き抜く感触の直後で意識は途絶えてしまったが、攻撃を受けたのは確実である。悪霊のように肉体が粉々にならずとも死んだと連斗も諦めていた。


 だが、いまも連斗は生きている。

 連斗が意識を失った後に何かがあったのは明白で、その〝何か〟について仁は知っているのだろう。

 彼の確信的な表情から連斗はそう読み取った。


「順を追って説明しよう。君は、あの日悪霊に襲われていたところを優莉ちゃんに助けられた。しかし、そこに異形の怪物ではなく人間の姿をした上位の悪霊と遭遇し交戦となり、君は無茶をして殺されかけた」


 優莉から報告されたことを簡単に要約する仁。

 端折っている部分はあるにしろざっくりと纏めるならその通りだ。

 連斗は頷き、共感する。


「幸運にも急所は外れていたみたいだけど、それでも出血量が尋常ではなく、本来なら君は助からないはず、だった――」


 真相解明が佳境に差し掛かったタイミング。

 ガラガラと病室の扉が開かれる。


「そこからについては私の口からお伝えしましょう」


 突然聞こえてきた音と声に連斗と仁は揃って視線を入り口に注目させた。

 誰だろう?

 疑問と一緒に連斗の声は上がった。


「し、東雲さん!?」


 新たにやって来たのは仁との会話でもちょくちょく登場していた東雲優莉その本人である。

 まさかの人物の乱入に動揺する連斗。お互いの無事を喜ぶ一方で彼女の格好が何を物語っているかを悟る。


 優莉は連斗と同じ病衣姿だった。端正な顔にはガーゼが貼られ、右腕と腹部には包帯がきつく巻かれている。腕の怪我は狼に噛みつかれたもので、腹部はグレアに砲弾に撃たれた時のものだろう。

 どう考えても連斗より重態。包帯に隠れているだけで痣だって幾つも残っているはずだ。


 おそらく絶対安静が必要な優莉は、ふらつくことなく自分の足で堂々と連斗のいるベッドまで歩み寄り、そして――


「この度は申し訳ございませんでした」


 真っ先に謝罪をしてきた。

 最敬礼のモデルのような丁寧に腰を折っての対応。そのあまりに綺麗な仕草にビシッという効果音が連斗の脳内では再生される。


「えっ、いや、あの……東雲さん?」


 突然の事に連斗はパニックになり激しく狼狽する。

 優莉の真意も掴めず、隣にいる仁へと目線でヘルプを送るもニマァと悪戯笑みだけが返ってきた。

 完全に面白がっている……。

 連斗は困り果てながらも優莉に向き直る。


「不測の事態とはいえ、私の一存であなたを死霊術師ネクロマンサーにしてしまったこと。加えて処置のためとはいえ、あなたの許可なしに接吻をしてしまったことをここに深くお詫び申し上げます」


「えっ、はぁ……せ、接吻って、えぇ!?」


 パニックに混乱の上塗り。連斗は死霊術師だと告白された時よりも遥かに驚嘆し、助けを求めてもう一度隣の仁を見る。


「だぁ~はっはっはっはっ!! 接吻て、チューしたことを素直に曝露して謝る人とか初めて見た!?」


 大爆笑して笑い転げていた。

 どうやら仲裁するつもりは皆無らしい。

 仁が解説を放棄した以上、連斗は自分んで事情を確かめる他なくなる。


「え、えっと、接吻ということはキスしたんですか?」


「はい」


「東雲さんが、俺に?」


「はい」


「…………」


「…………」


 事実確認終了。会話が滞る。

 嘘偽りつもりのない正直な眼にどう返答したらいいか迷う。

 そもそも意識を失っている最中の出来事であって、記憶にも残っておらず、わざわざ謝られたとして『どうしろ?』というのが本音だ。

 その辺りの温度差に困窮しながら連斗は優莉の誠意に配慮しつつ慎重に言葉を選びながら訊いていく。


「え、え~と、どうしてキスをしなくてはならなかったのでしょう」


「あなたを救うため。正確に言えば私の血液をあなたの体内に取り込ませて死霊術師ネクロマンサーとしての力を覚醒させるためです」


「あぁ、そうか。うん、人命救助のためなら仕方ないですよねぇ」


 血を取り込ませたや死霊術師ネクロマンサーへ覚醒など気になるワードは挙がっているもまずはこの謝罪ムードを収拾しなければ、と連斗は必死に宥める。


「どういう原理かは分からないけど、そのおかげでこうして俺は生きているんだったら責める理由はないかな、なんて……と、とにかく俺としても気にしてないので東雲さんが気に病む必要はありませんから!」


 しどろもどろになりながら連斗は答えを紡ぐ。

 連斗の懸命なフォローに優莉は曲げていた腰を戻し顔を上げるが、表情はどこか険しく釈然としていない雰囲気だった。


「ですが、好意を寄せていない異性から唇を奪われるなど男性とはいえ迷惑でしょう」


「だから人工呼吸みたいなものでしょ」


「血を飲ませるため舌まで入れてしまいました」


「舌までッ!?」


 恥辱する様子もなくディープな内容を告白され、連斗は一瞬怯む。

 ――どんなテクニックを駆使したのか!?

 眠っている間に大人の階段を登らされた件を詳しく掘り下げたい気持ちを堪え、優莉の感情を静めることに徹し、バタバタと掌を振りながら矢継ぎ早に宥める。


「だ、だとしても迷惑とは思ってないから!」


「そ、そうなんですか?」


「いやいや、優莉ちゃんは何も分かってない」


 優莉がようやく納得してくれたと思いきや爆笑していたはずの仁がここぞとばかりに茶々を入れてくる。


「例え人命救助とはいえ、童貞である彼がファーストキスを、しかも気絶している間に奪われるというのがどれだけ辛いことか。また尊いものなのか。優莉ちゃんは微塵も理解していない!!」


 この男は何を突然語り出しているのだろうか。余計なことを、と苦い表情で隣を見遣ると仁が愉快そうにほくそ笑んでいた。完全に確信犯である。

 連斗の努力は仁の口八丁により台無しにされ、せっかく和らいできた優莉の表情が見る見る内に険しさを増していく。


「はい、全くもってその通りです。私は彼の、童貞のファーストキスがどれだけ大切で貴重なものなのか、理解せずに奪ってしまいました」


「全然辛さもなければ、尊くもないのですが!? ってか、童貞とかファーストキスとか決めつけは止めてもらっていいですか!」


 優莉も完全に仁に絆され、ペースを蒸し返されていた。

 自身の貞操関連まで問われ、気恥ずかしさで顔が沸騰しそうな連斗は、勢い任せにツッコミをしては会話の軌道修正を図る。


「違うのですか?」


「あっ、うっ、そ、それは……」


 連斗はこれまで特定の異性と恋人関係になったことはなく、童貞でファーストキスも未達なのは本当だ。

 つい魔が刺して見栄を張ってしまった連斗にきょとん、と純粋無垢な瞳が向けられる。

 優莉を騙すみたいで心苦しいが、男としてのプライドも捨てきれずにいた。そんな一人で悶え葛藤する連斗を余所に仁は――。


「あ~違わないよ。彼の情報は僕も調べたけどそれらしい形跡とかはなかったし」


「なっ――!?」


 あっけらかんと曝露しては、連斗のプライドを粉々に打ち砕いた。


「つまり童貞が露見したくなく見栄を張った、と」


 羞恥のあまり両手で顔を隠す連斗の目の前で、優莉が傷口に塩を塗る。


「安心してください。私も経験はありませんし、あなたのとがファーストキスでしたから」


「あぁ、うん。お気遣いどうもありがとう」


 あれ、もしかしてこの子デリカシーない感じ系?

 薄々勘付いていたが、優莉は大分恋愛観に疎く、デリケートな問題にも直球勝負を仕掛けてしまう不器用ちゃんだ。本人の真剣さが逆に空回りしているが故の結果なため指摘もしにくい。

 連斗は目元にうっすらと涙を浮かべ、無垢な彼女を傷つけまいと己の心を犠牲とする。


「ぷはっ、サイコー」


 ちなみにこの事態を引き起こした張本人は、暴走気味の優莉を玩具にして愉しんでいるだけの享楽主義者だった。

 至って真面目に分析する優莉の態度に、仁は耐え切れず噴いている。


「ここらでもう一押し、と」


 打ち負かされ、天井を仰ぎはははと乾いた笑いを浮かべる連斗の横で、仁がボソッと不穏なことを呟く。


「ピュアなハートを弄ばれ、心の底は涙に濡れているというのに……それを隠して気丈に振る舞う気概ぶり、流石は吾妻くんだ!」


「そ、そうだったのですか!?」


 仁の勝手な代弁を鵜呑みにして、ショックを受ける優莉。すっかり騙されている。


「それでも優莉ちゃんの体裁を守るために自分を押し殺して苦痛に耐えている彼に、君は何ができる!?」


 相手に悟らせるような熱い台詞を語る仁だが、その実どうでもいい事態に本気で悩む滑稽な優莉を焚きつけ遊んでいる。

 丸見えな魂胆も阻むことなく当事者は、思惑通りに言葉を買ってしまう。


「勿論、犯してしまった罪から逃れるつもりはありません。私にできることがあれば何でもする覚悟です!!」


「な、なんでも!」


 ニヤリ、と仁が下卑た笑みを作ったのと連斗が声を発したのはほぼ同時だった。

 どうやら優莉はまんまと仁の術中にハマったらしい。

 が、誰も彼の謀略には触れず。


 一度は涙を呑んだ連斗も健全な男子高校生の欲望をそそる甘美な響きに復活し、ゴクリと条件反射で喉を鳴らす。

 情欲とはどこまでも素直なものである。

 頭では茶番を諫めるべきだと考えつつも、ついつい病衣という薄手の格好から強調される魅惑的なボディラインに目線を注いでしまい、肌色な妄想を膨らませてしまう。


「だってさ!」


 してやったりと、仁がサムズアップを送る。

 連斗もその反応に顔を見合わせる。


『どうよ、僕の用意した千載一遇のシチュは?』


 仁の藍色の瞳は自慢げに語っているようで。


『俺、一ミリも望んでませんけど!!』


 ハッと我に返った連斗が目で反発した。


「ねぇねぇ、何してもらう? おっぱい? 学校でも憧れの彼女のおっぱいを存分に揉みしだいちゃう!?」


 連斗のメッセージが伝わらなかったのか、はたまた無視されたか。仁が露骨に興奮しながら奇怪なテンションでウザ絡む。


 数分前までの確信的なイメージを帳消しにし、軽薄さとおふざけ具合を前面に押し出した仁の対応に追われていると今度は優莉が何かを納得したように頷いてくる。


「……胸ですか? それくらいでしたらいくらでもどうぞ」


「へぁ!?」


 特段悩みもせず、握手感覚でセクハラを了承する優莉。


 思わず間抜けな声が出た。

 どんな世界線で生きていたら異性に平然と胸を揉ませられるのか。


 嘘だろと連斗は疑うも優莉は躊躇わず病衣の胸元を緩め谷間を大胆に露出させ、ベッドの端に腰を据える。そのまま連斗が触りやすい位置まで身を寄せ、押し倒すようなポーズで優莉が待つ。


 連斗のすぐ傍まで迫る二つの天使。殺意増し増しのノーブラだった。艶と張りのある形の綺麗な双丘がふるんと揺れ、連斗の手を魔境へと誘う。


 そのような体勢のため必然的に、人形と見間違う程の優莉の端正な顔も吐息がハッキリ聞こえる距離にあるが、連斗の視線は宝石のような瞳ではなく、その下で実り輝く果実かじつへ釘付けとなる。


「あっ、うっ……」


 バクバクと心臓が跳ねる。とっくに理性は弾けていた。まともに話す語彙も失い、連斗は本能的欲求のままに優莉の胸へとガクガクに震える手を伸ばす。


 いいぞいいぞ、と仁からは歓声と口笛で煽られる。

 連斗の病室は個室。二度開けられた扉は隙間なくきっちりと閉まっているため不祥事を看護師や他の入院患者に目撃される心配もない。

 神が恵んだ絶好の機会に感謝しつつ連斗は――両手で優莉のはだけた襟元を直す。


「……触らないのですか?」


 仁の期待を裏切り、致す寸前で留まった連斗は、純真に尋ねられた質問に断腸の思いで答える。


「そ、そういうことは本当に大切な人とすることだから……責任感や罪悪感ですることじゃない、から」


 人生最大の転機を棒に振った後悔と悲しみを余さず引きずり、惜しみさ満載で連斗は優莉からの誘惑を拒む。

 性欲に忠実で紳士とはかけ離れながら安いプライドを貫く。

 いくら相手が貞操観念に疎く、お詫びという大義名分があろうともその場の雰囲気に流されて行為に及んでしまうのは不誠実だ。


 理性のタガが外れながらも葛藤し欲望に抗う連斗に仁はそれ以上野暮な真似はせず、どうしようもなく固まってしまった両者の仲裁を担う。


「はぁ~しょうがない」


 盛大に嘆息しながらだが。


「優莉ちゃん、ここは病室でしょ。怪我人同士がすることじゃないから」


「確かにそうですね」


 どの口がほざくか、と突っ込みたくなる仁の警告により優莉は納得して引き下がる。

 パーソナルスペースを侵略していた魅惑的な肢体が離れたことで、連斗の心臓も平常運転を再開。鼻孔に残った甘ったるい香りに名残惜しさを感じるもこれでよかったのだと自分の気持ちを言いくるめる。


「そういうのは退院した後ホテルとかで存分にやるもんだぜ」


「根本的な問題解決を!?」


「分かりました。では、退院したらホテルに行きましょう」


「東雲さんは意味分かって言ってます!?」


 不穏な知識を授ける仁と、操り人形の如く首肯する優莉に挟まれた連斗は胃がぎゅるりと痛くなる。このまま仁を放置していては優莉が暴走する一方だと踏んだ連斗は、ちょうど会話の流れに節目が訪れたのもあり、余計な展開に発展するより先に話題をねじ込む。


「と、ところで死霊術師ネクロマンサーってなんなんですか!? 俺を覚醒させたとか言ってましたけど、それって」


 キス問題で有耶無耶にしていた内容を掘り起こす。

 連斗は極力明るい口調のつもりだったが、優莉は無機質どころか鬱々と顔を曇らせた。


「あなたには話しておかなければなりませんね」


 仁とは反対側のベッドサイドのパイプ椅子に座り、なんとも重いたい調子で優莉が口を開く。


「どこまでご存知なのかは分かりませんが、私たちはあなたが学校で遭遇したような怪物、〝悪霊〟と戦い人間社会の平穏を守る死霊術師ネクロマンサーという存在です」


 明かされるといっても今更な正体だ。

 既に現実離れした怪物とそれらと戦う優莉の姿は目にしているため、何者であるか正式名称が判明したくらいだ。


「悪霊については天牡さんから簡単にだけど、聞きました」


 どのくらい前提知識があるのか図り兼ねている優莉に連斗は伝えられたことを打ち明ける。


「では、死霊術師ネクロマンサーとは何なのか。そこから話しましょう」


 一呼吸だけ置いて、優莉は死霊術師ネクロマンサーについて語り始める。



 現代にまで残された記録では、死霊術師ネクロマンサーの起源は平安時代まで遡るらしい。平安の時代から邪悪な〝魂〟を鎮魂してきた術師がいて、その者が現代の死霊術師ネクロマンサーの祖先に当たるそうだ。

 術師には現世と幽界を繋げる特殊な力が発現していたそうで、その力を使って人々に悪事を働く数々の霊を退治していった。やがて術師の才覚は次の世代へと引き継がれ、代々その末裔が悪霊退治の使命を負ってきたらしい。


「へぇ~。じゃあ、東雲さんはその術師の末裔なんですね!」


 死霊術師ネクロマンサーの歴史を聞き、優莉の境遇に連斗が感嘆していると仁がそれだけじゃないと豪語する。


「優莉ちゃんは既存する他の死霊術師ネクロマンサーと違って、起源となった術師の直属の子孫なんだよ」


「す、凄い!?」


「東雲家は平安時代より術師の才覚を受け継いできた伝統ある家系で、他の名家は全て東雲家から分家したものなんだ。だからいま現存する死霊術師ネクロマンサーの先駆者たる東雲家は他の名家よりも断然高い地位を有している」


「つまり本物の令嬢ってことですか!」


「えぇ、そうなりますね」


 仁も連斗も褒めちぎっているというのに優莉は陰鬱としていた。忌々し気と表現した方がいいか。そんな肩書きなど疎ましくて仕方がないと彼女のオーラが語っていた。


 地雷を踏んだか。

 連斗は慌てて言葉を洗おうとして、詰まる。その隙に優莉は陰鬱としたムードのまま話を再開してしまいフォローできずに終わる。


「術師発祥の家系と言っても所詮は先祖の話です。先祖が凄いのであって私たちはただの凡人に過ぎません」


「そんなことは……」


 安易に否定できる空気ではなく、連斗は途中で言葉をしまう。

 戦う使命を持って生まれ、身を挺して悪霊から誰かを守る優莉の姿はとても殊勝だ。凡人などと卑下せずともいいのではないか。


 だが、それは実際に命を救われた連斗が抱くスケールであって、彼女を取り巻く環境では価値観が異なるのかもしれない。

 そう思うと安直に励ませなかった。


「あの――ところで、こんな状態の俺が訊くのも変な話ですけど。傷、大丈夫なんですか? それだけ大きいと痕が残るんじゃ……」


 連斗は仕方なしに別の観点から優莉を心配する。

 指摘したのは傷つき、ボロボロとなった彼女の身体だ。

 改めて見ると相当酷い。右腕は噛みつかれ、腹部は貫かれ、全身の至る箇所は打撲と擦過傷でズタズタ。綺麗に完治するのか、大切な女性の肌だけあって不安になる。


「ご心配頂きありがとうございます。腕と腹部の傷に関しては医者からも痕は残ると宣告されています」


「そんな……」


「女性の肌ということを悼んでいるのでしたらお気になさらず。傷を負うなど日常茶飯事ですし、既に消えぬことのない痕だって身体にはあります。このみすぼらしい身体で誰かに嫁ごうなどとも考えてはいません」


 優莉は悔やむどころかただただ平然としていた。兼ね備えた美貌がありながら〝美〟という概念に徹底的に無頓着。彼女にとって一番は継承されてきた使命で、己の身は二の次なのだとも読み解ける。


「ですので、ご安心ください。私の身体は戦いのためにあって、己の幸せを勝ち取る武器などでは決してありませんので」


 誰かを助けるヒーローとは即ち、そういうことなのだろう。

 漠然とではあるが、連斗は優莉の態度から感じていた。グレア戦で足手纏いな高校生を庇い身を削れたことの真意を……。


 本当に、優莉は正義心だけでその身を戦いに捧げているのだろうか。

 唐突で理解不能な疑問が連斗の思考によぎる。

 彼女は真面目で優しく、迷いがなかった。他人を助けるためなら命すら投げ売れる偉大な人物。実際に悪霊と戦う彼女の背中を見ていた連斗の感想だ。


 しかし、いま正面にいる彼女はどうか。

 優雅で毅然としているはずなのに、どこか自暴自棄で危うさを孕んでいる。

 後悔と罪悪感。連斗が抱いていたものと同じ気配を彼女の瞳から感じてならず、果ては悪霊に殺されるのも本望と考えている気がして――


 どうしてそう感じてしまうのか、連斗にも真偽は不明だったが、優莉が使命に対して並々ならぬ覚悟を持っていることは分かる。同時に根深い、因縁のような何かに身をやつしていることも。


「東雲さんは――」


「少し話が逸れてしまいましたね」


 連斗が言い淀んでいると優莉が無表情に流れを断ち切る。そのあからさまな対応に連斗は完全に言及の機会を見失う。


「本題に戻りましょう。私は死霊術師ネクロマンサーの起源たる術師の末裔として生まれ、ある特殊な天賦を授かりました」


「天賦、ですか?」


「私はその力を使い、あなたに眠る才覚を目醒めさせ、命を繋ぎ止めました」


淡々と、しかしどこか蔑みながら優莉は連斗に施した行為の正体について語り始める。

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盟約の死霊術師 ゆう@まる @yumal3008

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