エピローグ 月夜の魔王 ー王女マリアー
ヴィダルとレオリアが魔王国を旅立ち、数ヶ月が経った頃。
——魔王城。王女マリアの自室。
夜。眠れずに目が覚めた。
「明日は、アレクが……」
明日は弟のアレクが魔王国へ訪れる日。短い間ではあるけれど、あの子をこの腕で抱きしめることができる……。私に望む物はもう何も無い。
私、お父様、アレク。王族は交代で魔王国で過ごす。これは我が国ヒューメニアが魔王へと忠誠を誓った証。ヒューメニア王室が生み出したレオンハルトの……罪を償う為に必要なこと。
ただ……私達は運が良かった。魔王ならば、王族の人間全てを処刑することもできたはず。それを免れたのだから。
窓を開けて魔王国の夜景を見る。眼下に広がるあの灯り、一つ一つが人々の生きる証。魔王が創世の神エスタ様だと分かった今。神の加護を受けたこの国へ住まう彼らが最も幸福な民なのかもしれない……。
そんなことを考えていると、黒い翼がはためくのが見えた。夜空を舞うように飛ぶように。月明かりに照らされるその姿。あまりの美しさに思わず息を呑んでしまう。
しばらく彼女の様子を眺めていると、私に気が付いたのか、魔王デモニカ・ヴェスタスローズがゆっくりとこちらへと向かって来る。なびく長い髪に緋色の瞳を光らせて。
そして、窓の前へとやって来ると、コンコンと窓を叩いた。
鍵を開けると、デモニカの威厳ある声が響いた。
「どうしたマリア。眠れないのか?」
「は、はい。明日は弟のアレクセイと会えるものですから……その、嬉しくて」
「まるで母のようだな」
「……あの子は幼い頃に母親を亡くしておりますから。私が、愛してあげたいのです」
デモニカが無言で窓に腰を下ろす。その瞬間、フワリと花のような香りが部屋に漂った。
「……すまぬなマリア。其方の気持ちも分からぬではないが、我1人の意思ではお前達を共に暮らすようにはできぬ」
「分かっております。王室が無くなればヒューメニアには混乱が広がるでしょう。そうなればまた多くの血が流れます……デモニカ様の采配は妥当だと、私も思います」
デモニカは少しだけ微笑むと、夜空に浮かぶ月へと目を向けた。
「……マリア。我は其方のことを気に入っている」
「なぜです?」
「其方の
「私が……ですか」
「ああ。しかし、この世界は変わってしまった。強き者が他者を虐げる世界。それを戻すのは……どうなのだろうな? 長き時間が必要かもしれぬし、戻らぬかもしれぬ」
なんだか彼女の顔が寂しげに見える。初めて彼女の存在を知った時、魔王とは恐ろしい存在と思っていた。
しかし、今はどうだろうか? この世界のことを真剣に考えている統治者……寂しげな存在。そんな風に見えた。
「大丈夫なのですか? デモニカ……様が1人でこの世界を治めるなんて」
「問題無い。今の我には血族の者達が……ヴィダルがいるからな」
ヴィダル……。
魔王軍知将という男か。思えば、ヒューメニアの統治も戦後の復興もあの男が中心となっていた。よほどの手腕なのだろうか。
「信頼されているのですね。その人のことを」
「……」
デモニカが無言になる。私は何かまずいことを言ってしまったのだろうか?
「ヴィダルは……我の全てを癒してくれた。我の為にこの世界を取り戻してくれた。『信頼』という言葉だけでは足りぬ」
「足りない……ですか?」
なぜだろう? デモニカの顔が少しだけ……。
「しかし、言葉にはできぬ。我の想いを、何かの言葉にはめ込みたくないのだ」
「ふふっ。デモニカ様もそのような顔をされるのですね」
「我は今、どのような顔をしている?」
「そうですねぇ……」
口にしていいのだろうか? 彼女は自分の想いを言い表せないと言った。それはきっと私のアレクへの想いのようなものなのだろう。
私には到底想像もつかないほどの想いが、彼女と彼を繋いでいるのだろう。
だからこのような言葉にしよう。私が思ったままの彼女の印象を。
「少女のような顔をしておりましたよ」
魔王デモニカ・ヴェスタスローズは一瞬大きく目を見開き。そして……。
「ははっ。それは面白いな」
再び無邪気な笑顔を浮かべた。
異世界征服〜会社員。女魔王とオープンワールドに似た世界で最強魔王軍を作る〜 三丈 夕六 @YUMITAKE
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