第4話
◆
「アカネ、こんなところにいたの」
「ハル……。うん、外の空気を吸いたくなって」
往診から帰ったあとは、保護した子の治療を施したり、入院している子たちのお世話をしたりとドタバタだった。
気づいたら夜が更けていて、もう空には満天の星が輝いている。
「ルウ、よく寝てるね」
ハルが私の腕のなかをのぞきこみながら微笑んだ。
そこですやすやと寝ているのは、森で保護したフェネックの星獣。
名前がないと呼びにくいから、仮にルウってつけたんだよね。
「やっぱりアカネから離れないか」
「うん。ゲージにいれようとしても拒まれちゃうから、もうあきらめて抱っこしてることにしたよ。先生もそのほうがいいって」
ルウは、しばらく入院することになったんだ。右足のケガはひどくないけど、栄養失調になっちゃってるんだって。
アラン先生いわく、やっぱり育児放棄の可能性が高いみたい。
「ルウのお母さん、どこに行っちゃったのかなぁ」
「……見つけたい?」
「そりゃあそうだよ。ルウも会いたがってるし。一緒に探すって約束したから、これから往診のときに探してみる」
捨てられたってルウは言っていたけど、まだそうと決まったわけじゃないしね。
「──ねえ、アカネはさ。なんで動物がきらいなの?」
「っ……」
「おれにはやっぱり、きらいなようには見えないんだけど」
いつかは聞かれることだと思っていた。
でも、いざ聞かれると言葉が詰まってすぐには出てこない。
「日々の星獣たちとの触れ合い方も、今日のルウへの接し方も。アカネはいつだって星獣を大切する。おれや先生と、同じ目をしてるでしょ」
「……うーん」
「そんなアカネが、動物をきらいだなんて信じられない」
それはたしかにそうだなあ、とつい納得してしまった。
私がハルの立場でもきっとそう思う。
「……言ってなかったけど、うちね、動物病院なんだ」
「えっ」
「だから、ここと同じように毎日患者さんが来るよ。小さい頃はみんな可愛くて、入院してる子たちとよく触れ合ってた。──でね、そんなある日、子猫を拾ったの」
雨の日の公園で、たった一匹、震えていた黒猫。
それが、ノアとの出会いだった。
「うちで飼うことになって。ずっと一緒で、大好きで。……だけど、二年前に病気で死んじゃったんだ」
「……病気か」
「うん。それから、動物が怖くなっちゃった」
いま思えば、お父さんは私でも大丈夫な子だけ関わらせてくれてたんだよね。
命が懸かっている子は、当然だけど近づかせてくれなかったし。
だから、ノアの死を実感するまでは、知らなかった。
「私は動物が好きだよ。でも、きらい。……失うのが、怖いから」
「……なるほどね。そういうことか」
「でも、アラン先生の助手をするようになって、気づいたことがあるんだ」
ハルが「気づいたこと?」と首をかしげる。
「入院してる星獣たちと会話してると感じるの。みんな、一生懸命に生きようとしてるんだなって。そして先生も、命を救うために身を粉にして働いてる。星獣の言葉がわからなくても、ちゃんと通じ合ってる」
それがすごくかっこいいと思った。
逃げ続けていた自分が、すごく情けなくなるくらい。
「ハル、私ね。──ほんとは、獣医師さんになりたいんだ」
ノアが死んじゃってから、その夢はもうなくなったと思っていた。でも、やっぱり私は大好きな動物たちを救えるお医者さんになりたい。
「お父さんやアラン先生みたいになるのは大変だと思うけど……。でも、逃げてたら救える命も救えないんだって実感したから」
ひとりで震えるルウを見たとき、昔のノアの姿が重なった。
あのとき私が拾わなければ、死んじゃっていたかもしれないノア。
ルウも、もし私が声に気づかなければ危なかったと思う。
「だから、元の世界に帰る日がくるまでは、ここでハルと一緒にお医者さんを目指して頑張りたい。怖いのは変わらないけど、もう逃げるのはやめにする!」
「……そっか。アカネは前に進むことを決めたんだ」
ハルはどこか安心したような顔でつぶやくと、空を見上げた。
「アカネが降ってきたときはびっくりしたけど、遭遇したのがおれでよかった」
「え?」
「おかげで毎日、楽しいから。本音を言うと、帰ってほしくない」
まさかハルがそんなことを言ってくれるとは思わなくて、私は固まってしまう。
帰ってほしくない、なんて。
……まるで、ずっと一緒がいいって言われてるみたいだ。
「だけどさ。もし突然アカネが帰っちゃっても、同じ夢に向かって頑張ってるって思えば繋がってる感じがするから。アカネの気持ちが聞けてうれしいよ」
「っ……そ、そうだね」
離れていても繋がってる、かあ。
でも、たしかにそうかもしれない。会えないのは寂しいけど、ハルも頑張ってるって思えば、私も頑張れる気がする。
「まあ先のことはわからないし、いまはアカネと過ごす時間を大事にするけど」
「…………うん。ハルって、ずるいね」
「えっ、なにが」
「なんでもないよ、もう」
ほのかに芽生えてしまったこの恋心が叶うかはわからない。
でも、今はそれでいいのかも。
だって、この限りある時間をともに過ごせているんだから。
願わくは、帰るその日まで一緒に。
──ねえ、ノア。私をここに連れて来てくれて、ありがとう。
了
異世界星獣診療所! 琴織ゆき @cotoori_yuki
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