第3話
◆
アラン先生が経営する星獣専門診療所は、毎日朝から晩までてんやわんやだ。
「アカネ、入院患者に異常はねえか?」
往診の支度から戻ってきたアラン先生に、私はうなずく。
「大丈夫です。あ、でもうさぎの星獣の子が、ニンジン食べたいって朝から三十五回言ってます」
「数えてんのかよ」
私にできるのは星獣たちの言葉を聞いて届けるだけだもん。一言一句、聞き逃さないように、ちゃんとメモしてるんだ。
星獣は、動物が星の力を得て変化した生き物なんだって。
リディのように風を操ったり、炎を噴いたりする子もいる。
人に慣れていない子の診察は、命の危険も伴うんだよね。
だからこそ、アラン先生のような星獣専門医師はとっても貴重なんだそう。
「ニンジンなあ。あげたいのは山々だが、あげすぎもよくねえからな。夜のデザートで出してやるからガマンしろって言っといてくれ」
「はーい」
私もここで助手をするようになってから、知ったことだけど。
星獣にも、人と同じようにそれぞれの性格があるんだ。だから、会話をするときもその子に合わせて話さないといけない。
「アラン先生が、ニンジンは夜のデザートでくれるって」
『いまは~?』
「いまはちょっと、ガマンかなぁ。でもほら、楽しみなものを後にとっておくと、そのときまでわくわくしない? きっとデザートで食べるニンジンは格別だよ」
『! たしかにねえ~。じゃあぼく、ガマンするよ~』
「うん。いい子!」
うさぎの星獣は、ふんふんと鼻を動かすと、そのまま毛布の上で寝はじめた。
それを見届けると、私はアラン先生のもとに戻る。
いつの間にか準備を終えて戻っていたらしいハルも合流していた。
「納得してくれたみたいです」
「助かるわ。あんがとな」
ちょっと乱暴に、髪をくしゃっとなでられた。
でも、すぐさま乱れた髪をハルがきれいに直してくれる。
「先生! いつも言ってますけど、アカネは女の子なんだからもっとていねいに扱ってください。おれとはちがうんですよ」
「あはは……だいじょうぶだよ、ハル。もう慣れたし」
「だめだよ。ほっといたらどんどんエスカレートするから」
ハルは、なんというか、紳士なんだよね。
あまり表情が豊かなタイプではないけど、すごく思いやってくれるんだ。私がここでやっていけているのは、ハルのおかげといっても過言ではないくらい。
しっかりしてるし、努力家だし、同い年とは思えないくらい大人だし。
元の世界で関わっていた同級生の男子とも、全然ちがう。
「……おまえらなんか、夫婦みたいだな」
そんな私たちのやりとりを聞いて、アラン先生はなんともいえない顔で言う。
「なに言ってるんですか。くだらないこと言ってないで往診行きますよ」
「へーへー」
ハルは診察用のバッグを持つと、アラン先生を横切って歩いていく。
うーん。くだらない、かあ……。
離れていく背中を見ながら、私は小さくため息。悪意のある言葉じゃないことはわかっていても、ちょっぴり胸が苦しくなってしまった。
きっとハルにとって私は、恋愛対象にはならないんだろう。
たぶん、妹みたいな立ち位置なんだよね。
「……あいつは現実的だからな。そうへこむな」
「っ、え!?」
「アカネはいつか帰っちまうわけだし、しばりたくないんだろ。あいつも」
アラン先生はたまに、心をのぞいてるんじゃないかって思うときがある。
ぎょっとして赤くなりながら先生を見ると、ハルがいないのをいいことに、また頭をなでられた。さきほどよりは優しく、ポンッと励ますみたいに。
「ま、俺は応援してるぞ」
「な、なんのことですか……!?」
「さあなあ」
のらりくらり歩き出したアラン先生に、あわてて付いていく。
……アラン先生にはお見通しなんだろうな。
私がハルを気になっているのも、全部。
でも、私は異世界の人間。いつかは帰らないといけないんだ。
だから、この芽生えはじめた気持ちが結ばれることはない。それを考えたら、変な期待を持たせずに距離を保ってくれるハルは、優しいのかもしれないけど。
「帰る、かあ」
本音を言うと、最近はちょっとだけ『帰りたくない』って思いはじめてしまっている自分がいるんだよね……──。
◆
アラン先生は、森に住む星獣のために往診を欠かさない。体の大きな星獣は入院ができないから、どんなに忙しくても、毎日必ず回るんだ。
「みんな悪くなってなくてよかったですね」
「だな。ふぁあ……帰ったら仮眠すっか……」
「寝るのはいいですけど、王宮への提出書類忘れずに。明日締切ですよ」
「うへー……弟子がキチク」
ハルはアラン先生の弟子だけど、どちらかというとマネージャーみたいだ。
師弟関係っていうより、兄弟みたいに見えることもあるし。
「なんか、いいなあ」
「うん? なにが?」
「ふたりで星獣を守ってきたんだなって思うと、胸があったかくなるっていうか。ハルと先生を見てると、ちょっとうらやましくなるんだよね」
そこまで答えた、そのとき。
『……ママ、どこ?』
ふいに聞こえたかすかな声に、ハッと立ち止まる。
「どうしたの? アカネ」
「いま、なんか……」
耳を澄ますと、ふたたび『ママ』と泣きそうな声が耳をついた。
私ははじかれるように振り向くと、そちらに駆けだす。
「あっ」
『!?』
声が聞こえてきた茂みをのぞくと、小さな星獣が驚いたように跳ねた。かと思うと、その子はキバをむき出してイカクしはじめる。
「アカネ、下がれ」
腕をつかまれ、アラン先生にぐいっと引き戻された。そっと様子をうかがった先生は、神妙な顔で「よりによってフェネックか」とつぶやく。
「フェネックの星獣ですか?」
「ああ。足をケガしてるみたいだから、逃げられはしないだろうが……」
「なにか、問題が……?」
「フェネックの星獣は警戒心が強くてな。大丈夫だと判断した相手にしか、絶対に触らせねえんだ。ケガのせいでよけいに気が立ってるから、いま無理やり治療すると継続して治療できなくなっちまう。しかもまだ子どもだ」
アラン先生が頭を抱えるのを横目に見て、ハルが腕を組んだ。
「親はいなさそうですか」
「見たところな。育児放棄じゃなければいいが……」
育児放棄。その言葉に、全身がぞわっとした。
……あの子、『ママ』って呼んでたよね?
もしかして、ケガをしたまま、ずっとひとりでここにいたの?
「っ、おい。アカネ?」
「私が話してみます」
「やめとけ、噛みつかれるかもしれねえぞ」
アラン先生が止めるのも聞かず、私はふたたび茂みをのぞきこむ。そっと枝木をかきわけて、キバをむきだしにするフェネックの前にヒザをついた。
『うううう……!』
「大丈夫だよ、怖がらないで」
『う、う……?』
「私ね、アカネっていうの。あなたはママを探してるんだよね?」
『あ、かね……? アカネ、はなせる?』
私が星獣たちの言葉がわかるように、星獣たちも私の言葉がわかる。
だからみんな、私が話しかけると最初はびっくりするんだよね。
いまやその反応も慣れてきたけど。
「うん、話せるよ。だから、怖がらないでくれるとうれしいな」
『でも、ママ……にんげん、ちかづくなって』
「そのママはどこに行ったかわかる?」
『わからない。どこにも、いない。よんでるのにきてくれない。すてられちゃったんだって、ほかのみんなはいってた』
ほかのみんなって、星獣の仲間のことかな?
『アカネ、ママ、しってる?』
「ううん。ごめんね、わからない」
『そか。じゃあ、やっぱり、すてられちゃったんだ』
言葉はつたないけど、ちゃんと会話ができていることにホッとする。
その場で丸まろうとするその子を、私はとっさに抱きあげた。
『んゃ!?』
「じゃあ、そのケガが治ったら、一緒にママを探そっか」
一瞬暴れかけたその子は、私の言葉にぴたりと動きを止めた。
『さがす……? アカネも?』
「うん。でも動けなかったら探せないし、まずは足の治療をしてもいいかな?」
ちょっと無理やりだけど、距離を縮めるならいましかないって思ったんだ。
勘が当たったのか、その子は『うん』と身をあずけてくれる。
よかった……。敵判定はされなかったみたい。
『アカネ、あったかい』
私の腕のなかで、すりすりと頭をこすりつけてくる。その姿に胸が温かくなりながら、私はアラン先生たちの方を振り返った。
あっけに取られたような顔をしていたふたりは、ハッと我に返る。
「助かった。とりあえずそのまま診療所まで連れて帰るぞ」
「すごいな、アカネ。大手柄だ」
「そんなことないよ」
正直、うまくいく自信はなかったし。
でも、あのまま放っておくなんて絶対にできないと思ったんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます