第5話 魔女ダエナ

「あんたたち、誰よ?」


 魔女が口を開いて、ルイスとスカーレットを睨みつけた。

 瘴気がこちらに吹きつけてくる。


「げほっ、ごほっ……!」


 ルイスが咳き込み、その場にうずくまる。瘴気のせいだ。

 毒が濃すぎるのか、僕が少し離れているからか、身体に影響が出てる。


「おい坊や、さっさとこっちに来な!」


 地面に膝をつきながら、スカーレットが声を荒げる。

 僕は躊躇っていた。僕が行けば、ふたりは魔女を攻撃するだろう。

 魔女と目が合う。無表情で、こちらを見つめている。

 どう見たって、ただの女の子だ。本当に悪い魔女なのか?


「なにやってんだい!?」


 スカーレットが僕を急かす。

 そうだ。あの瘴気は、なんとかしなくちゃいけない。

 国の人たちは苦しんでいた。だから、魔女は退治しないと。

 僕は一歩、足を踏み出す。


「少年」


 ラルクに呼び止められて、振り返る。


「俺は迷ったとき、なんでも好きか嫌いかで決めるようにしてる」

「え?」

「自分の心に嘘をつくなって話だ」

「ラルク……」

「ちっ……なにやってんだい、あんたらは!?」


 スカーレットがルイスを連れて、魔女から離れる。


「おい坊や、まさか魔女退治を投げ出すつもりかい!」

「わからないけど……」


 スカーレットが「やれやれ」と首を振る。

 そして、斧の切っ先を僕に向けた。


「女王サマの読みは正しかったってわけかい」

「どういうことだ?」


 ラルクがスカーレットに訊ねる。


「アタシとルイスはね、女王サマから密かに命令されてたんだよ」


 スカーレットがにやりと笑う。


「そこのガキが、もし魔女退治を躊躇ったりしたら……始末しろってね」


 嘘だろ、そんなのって……ショックで声も出ない。


「なるほどな、あの女王はうさんくさいと思っていたんだ」


 ラルクは冷静にそう言った。


「あんた、そのガキに味方するつもりかい?」

「そうだな」


 ラルクが剣を抜いて、構える。


「最初に会ったときから、俺はお前とルイスが嫌いだった」

「はっ、そりゃいいね……アタシもさ!」


 スカーレットが地面を蹴って、ラルクに突撃してくる。

 斧の重そうな一撃を、ラルクは剣で真正面から受け止めた。

 金属のぶつかり合う音が響く。


「ルイス、いつまで休んでんだい! ガキを始末しな!」

「お、おう!」


 短剣を手に、ルイスが僕へと迫る。

 僕も腰の剣に手をやり、ルイスと対峙した。


「へへ……小僧、無駄な抵抗はやめな」


 柄を握って、剣を鞘から抜く。


「おいおい、お前にそんな度胸あるのか?」


 じりじりと、ルイスがこちらに近づいてくる。

 大丈夫、僕にだってやれる。ラルクから戦い方を学んだんだ。

 駆け出した。真っ直ぐルイスめがけて走る。

 彼の手元を狙って、剣を振る。甲高い音が鳴った。


「な、なに!?」


 ルイスの手から短剣が弾き飛ばされる。


「やった!」

「調子に乗るなよ!」


 ルイスが僕に、なにか小さな包みのようなものを投げつけた。

 それは途中で弾けて、飛び散った粉が僕の顔に降りかかる。

 さっと目に痛みが走った。これは……目潰しだ!


「へへへ、油断したな」


 目が開けられない……このままじゃ、やられる。


「おら、剣を捨てて大人しくしな」


 後ろから首根っこを掴まれる。喉の辺りに、なにか押し当てられた。たぶん短剣だろう。


「おいラルク! お前も剣を捨てろ! この小僧がどうなってもいいのか!?」

「卑怯なやつだ」


 ガラン、と音がする。ラルクが剣を捨てたんだ。


「ルイス、そのままガキをやっちまうんだよ!」

「お、おう……!」


 目の痛みが引いてきた。不思議と頭がすっきりしてる。


「いいのかな、僕を殺しちゃってさ」


 無意識に、そう口に出していた。ルイスの手が止まる。


「なんだと?」

「ふたりとも、忘れてない?

 僕がいるから、瘴気の中でも平気でいられるってこと」


 もう完全に痛みは消えた。目を開く。スカーレットの悔しげな表情が見えた。


「僕を殺したら、お前たちも無事じゃ済まない」

「くっ……だったら半殺しにするだけさ!

 森を離れてから、トドメを刺してやるよ!」


「そ、そうだ、半殺しだ!」

「まずは足を刺して、動けなくしてやりな!」


 ルイスが短剣を振り上げる。その動作で、少しだけ拘束が緩んだ。

 すかさず僕はルイスの足を思い切り踏みつけた。続けざま、彼のみぞおちに肘打ちをくらわせてやる。


「ぐおっ!?」

「なにやってんだいバカ!?」


 不意打ちに呻くルイスが、僕から手を離す。すぐさま彼の側から駆け出した。

 ラルクが足元に捨てた剣を拾うのが見えた。そのまま流れるような動きで、スカーレットに斬りかかる。


「ちっ、冗談じゃないよ!」


 剣と斧がぶつかり合う。睨み合うラルクとスカーレット。

 僕も剣を拾って、身構える。


「この小僧がぁ……!」


 怒りに燃える表情で、ルイスが僕に突進してくる。

 だがその途中、彼はいきなり横に吹っ飛んだ。


「ぐえ!?」


 そのままルイスは近くの木に激突する。


「な、なんだ……?」

「まったく……黙って見てれば、あんたらなにやってんのよ?」


 魔女はそう言って、スカーレットに手をかざした。


「ひっ――!?」


 短い悲鳴を上げて、スカーレットの身体が吹っ飛ぶ。

 彼女も木にぶつかり、地面に転がるルイスの上に落ちた。


「お、重い……」

「うるさいよっ!」


 スカーレットとルイスが立ち上がる。魔女がふたりに目を向けた。


「消えなさい」


 スカーレットとルイスはすくみ上がり、慌てて逃げ出す。


「こ、今回は見逃してやるよ! 感謝しな!」

「そうだそうだ!」


 ふたりは捨てゼリフを残して、その場から走り去っていった。



「すごい、本当に瘴気が押さえ込まれたわ」


 魔女ダエナはうれしそうに微笑む。


「ハルト……だっけ? あんた、いい『恩恵』持ってるじゃない!」


 バシバシ、と背中を叩かれる。なんか思ってた印象と違うな。


「いてて……えっと、ダエナさん」

「ん、なに?」

「あなたは……悪い魔女なんですか?」

「うーん……違う、と言いたいわね。

 悪意があって瘴気を出していたわけじゃないし」

「どういうことだ?」


 ラルクが首をかしげる。


「呪いってやつよ。他の魔女にやられたの。それも相当、手強い相手にね」

「……相手に心当たりはあるの?」

「ない、とも言い切れないかな。いろいろ恨まれてそうだし……でもねぇ」


 ダエナは考え込む。


「あたし、これでも魔女としてそこそこ力があるほうなのね」

「たしかに、さっきは見事だった」


 ラルクが納得したようにうなずく。

 うん、スカーレットとルイスを追い払ったのはすごかった。


「でしょ? そんなあたしを呪えるほど強くて、

 しかもあたしを恨んでる相手となると……ちょっと思いつかないわ」

「呪いを解く方法ってないの?」

「自力じゃ難しいわね……だからこの森に引っ込んでたんだけど」


 だけど、とダエナは僕を見つめて意味ありげな表情をする。


「な、なに……?」

「あんたがいれば、自由に動けそうね」

「えっ……」

「それでも少し瘴気は漏れてるけど……ま、これぐらいならいけるでしょ」


 ダエナが僕を指さす。


「あんた、あたしと旅に出ない?」

「旅って……なんで?」

「あたしの師匠なら、呪いを解いてくれるかもだから。でも、もう何年も会ってないし連絡も取り合ってないのよ。だから、師匠を探す旅ね」


 元の世界に帰るどころか、とんでもない話になってきた。


「あんた、元の世界に帰すって女王に言われたんだっけ」

「うん、そうだけど……」

「それ、間違いなく嘘よ」

「ええっ!?」


 あの女王……最悪じゃないか。


「異世界人を召喚する魔法は確立してるけど、

 元の世界に帰す魔法は研究中なのよね。

 でも、あたしの師匠なら、どうにかしてくれるかもしれないわ」

「本当に!?」

「約束はできないけれど……どうする?」

「そう、だね……僕、一緒に行くよ」

「ちょっといいか」


 黙って話を聞いていたラルクが手を挙げる。


「俺も付き合わせてくれ」

「別にいいけど、なんのために?」

「今回の仕事がダメになったからな」

「つまり、報酬目当てに護衛役をやりたいってこと?」

「まあ、そんなところだ」


 僕も、ラルクが来てくれるなら心強いかも。


「それとも、護衛なんていらないか」


 たしかにダエナはすごく強いみたいだし……


「いいえ、あたしも万全じゃないし。

 もしものときのために戦える人は多いほうがいい」

「なら、契約成立だな」

「ええ、報酬に関しては追々、相談しましょう」

「わかった、よろしく頼む」


 ダエナは満足そうな笑みを浮かべる。


「ハルトにラルク、よろしくお願いするわ」

「うん、こちらこそ」


 僕はダエナに手を差し出した。

 ふたりで握手を交わす――こうして、僕らの旅は始まった。

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魔女と少年 景山千博とたぷねこ @kageyamatp

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