第2話 後編


 「LIFE ~100人のヒロシ~」

         (後編)


          堀川士朗



ヒロシ17と50の二人は更に奥へと進み、何部屋かを通過した。

35歳から42歳のヒロシは手錠がかかっていた。

ヒロシ50がボソッと言う。


「色々あったんだよ。覚醒剤と大麻に手を出して服役して……。この時はつらかったな俺」

「何だよ、何だよ、こいつら……。何なんだよ、俺の人生……」


ヒロシ36と38は下半身をモゾモゾさせながらヒロシ17に言った。


「よお17のあんちゃん。トイレに行きたいんだけどよぉ」

「俺もー。俺もー」

「部屋の隅っこでやれば?ここトイレ無いし」

「ズボンのチャック下ろすの手伝ってくれよ。ワッパはめたままだとやりづらいんだ」

「はあ?自分でやれよ、ヤク中」「うう……もれそう」

「どうする?連れて行くか?あいつら」

「や。ほっときましょう」

「手厳しいな、ヒロシ17」

「50さん。だってあいつらは人生の敗残者です。廃人です」

「未来のお前だけどな」

「過去のあなたですけどね」

「ははは……」

「ははは……」


ヒロシ17とヒロシ50は自嘲気味に力無く笑った。


「思えば……50歳になるまで俺の人生は嫌な事ばっかりだった。頭をよぎるのは振り切れないトラウマばっかりだ」

「そうですか……そうでしたか」


ヒロシ17とヒロシ50はハシゴを昇る。上階のドアには『1』と書いてある。

ドアを開けて中に入ると、そこには赤ちゃんがいた。

赤ちゃんはスヤスヤ眠っている。

1歳児のヒロシ1である。

『1』と書かれたシャツを着てオムツをしている。


「かわいい。とてもかわいいですね。俺にもこんなかわいい時期があったんだ」

「まさに純真無垢だな」


ヒロシ17はヒロシ1を抱き抱えた。


「どうするんだ、この子」

「連れて行きます。赤ちゃんをこんな所にひとりで置いておけない!」


更に先に進む。

出口は一向に分からない。

ヒロシ78から86までの死んだヒロシ(ヒロシ70の死により連鎖反応で死んだ)も手錠がかけられていた。


「またかよ、また逮捕されるのかよ俺。しかもこんなジジイにまでなって」

「悲しい虚しい切ない人生だな」


ヒロシ17の嘆きに呼応するかのようにヒロシ1が泣き出した。


それから3人のヒロシたちはまるで地獄巡りをするかの如く部屋を進んで行った。

どの時間軸のヒロシも、幸福とは到底、程遠い顔をしていた。


三時間ほどさ迷う。

ついに『下の階、ゴール』と書いてある部屋にたどり着いた。

が、肝心の下に降りるためのハシゴもなく、ドアもない。

このままではゴールに進めない!

何かひらめいたヒロシ17は、各部屋を回り、残り67人のヒロシを集めて部屋に押し込む。ぎちぎちの部屋。

ヒロシたちでいっぱいとなる。


「さあみんな!踊れーっ!」


ヒロシ17の号令で大人からこどもまで、総勢70人のヒロシたちが歌い踊り狂う。

ガバアッと音を立てて床が抜ける。

落下する70人のヒロシたち。


「いてて……」

「みんな無事か?」

「大丈夫みたいだよ」


『出口』と書かれた部屋のドアを開ける。


「街だ!街が見えるぞ!」


次々とヒロシたちはヒロシ団地から外へと駆けて行く。

ヒロシ1を抱き抱えて外へ出るヒロシ17。

ヒロシ50は声をかける。


「お前……その子をどうするつもりだ?」

「俺が、1歳児のこの子の父親になります!うまく育てられないかもしれないけど、俺みたいな人間になってほしくないんです!繰り返してほしくないんです!クソッタレの人生を!」

「そうか……まあ頑張れよ」


ヒロシ17はヒロシ1を優しく抱き抱え、まだ夜が明けない街に向かって歩きだした。



………………。

とある日曜日。

都内近郊の業務用スーパー、カステコにヒロシ17はいた。

車に乗っている。

助手席には、ミサコ団地を脱出したミサコ19が乗っていた。

綺麗で優しそうな女性だ。

二人は仲良く楽しげに話している。

後部座席には今日買ったバーベキュー用の肉と野菜と、チャイルドシートに乗せられたヒロシ1の姿があった……。

ヒロシ1はあうあう言いながら笑っている。



           オワリ



     (2022年4月執筆)

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LIFE ~100人のヒロシ~ 堀川士朗 @shiro4646

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