LIFE ~100人のヒロシ~

堀川士朗

第1話 前編


 「LIFE ~100人のヒロシ~」

         (前編)


          堀川士朗



一人の若い青年が浅い眠りから目覚める。

部屋は八畳ほどのワンルームで家具や台所や窓などは一切なく、冷たい印象を受ける白い部屋だ。

ただ、天井まで届くハシゴがひとつだけある。

部屋の隅に老人が座っている。

老人は青年に声をかける。


「おう。やっと起きたか若えの」


老人は『70』と書かれたシャツを着ている。

青年は『17』と書かれたシャツを着ていた。

どことなく青年に面影が似ているが、老人は卑屈でいやらしい顔付きをしている。


「あのう」

「あ?」

「ここはどこですか?」

「へへへ」

「部活から帰って来て、飯食って風呂入って寝て、で、起きたらこんなところに……あれ?」

「俺も似たようなもんだ。ソープ行って家で焼酎喰らって寝てたらここにいた……」

「……あなたは誰ですか?」

「油木(あぶらぎ)ヒロシだ」

「僕も油木ヒロシですけど」

「俺は70歳のお前だ」

「?……僕は17歳です」

「やっぱり。シャツの数字の通りだな」

「ええっと……」

「腕のやけどの痕。ホクロの位置。見てみろ、全部俺たちは一致する。同じ人間だ」

「……!」

「俺はまぎれもなくお前だ。この後嫌でも信じる事になるぜ。嫌でもな」

「クローンですか?」

「いや、クローンとかそういう事じゃねえんだろうな、きっと」

「多層宇宙?複合人格?タイムトリップ?デジタル生命体?」

「いや、そんなスーパーでかっこいいもんでもないんだろうな、きっと。もっとデロッとしたえげつないもんだよ多分」

「そう、ですか……」

「お前は……俺は、若い頃は色んな難しい知識を持ってたんだな。でもそれも無駄になるぜ。歳取ったら、ねーちゃん関係にしか興味がいかなくなるんだからな。あっひゃっひゃっ!」

「……」


青年ヒロシは冷たい壁に手を当て、撫でた。

向こう側にも人がいる気配がする。

老人ヒロシは寒いのか、さっきから女の子みたいな甲高いくしゃみばかりしている。


「ここはどこですか?」

「えあ?ヒロシ団地だよ」

「?」

「ヒロシ団地。俺が名付けた。奥まで調べてみて分かった事だがよ、この団地は100部屋あるみてえだぜ。どうやら俺は100まで生きるらしいや。人生100年時代だな、あっひゃっひゃっ!」

「……?」

「まあお前はここから一生脱出出来ないだろうけどな」

「何でですか?」

「クズの顔をしている」

「フン」

「人生の先輩に対しての態度がそれか?」

「人生の先輩でも何でも無い。ともかくあんたは不愉快だ。あんたは俺だけど」

「お前みたいなタイプの人間はいつか必ず自分の手によって復讐されるぞ。お前は俺だけどな」

「フン」


室内にはハシゴが掛けられていて、それぞれ上階と地階につながっているようだ。

部屋の壁と天井と床にはドアがあり、それぞれ50、63、7、21と番号が書いてある。

つまり今いるこの部屋からは4つの部屋に移動が可能という事である。


「マア、隣の部屋にでも行ってみな。面白いモンが見られるからな」


老人ヒロシに言われた若者のヒロシは右側の壁の50と書かれたドアを開けて中に進む。

老人もついてきた。

そこには『50』と書かれたシャツを着ている50歳のヒロシがいた。

ひどく疲れた中年の男だ。


「ああ、またあんたらか。ヒロシか。俺か」

「そうだよ。ヒロシだよ。俺だよ」

「出口はどこなんだよ?」

「無駄だよ。ヒロシ団地からは逃げられねえ」

「探しましょうよ、出口」


ヒロシ70が笑いながら言う。


「疲れきった、悲しい虚しい切ない人生ご苦労さん!あっひゃっひゃっ!俺は今羽振りが良いんだ!先月、宝くじで一等が当たって連日ガールズバーやキャバクラやソープ行ってドンチャン騒ぎよ。あっひゃっひゃっ!人生楽しいな!俺の人生の絶頂期は70歳だぜ!後は出口から出てこのクソッタレなヒロシ団地からオサラバするだけだ!」

「こいつ……」

「人生100年時代とか言っても人生あっつー間だぜ!お前らももっと太く短く生きなきゃ、刹那的に。あ、無理か。カネが無いから。あっひゃっひゃっ!」

「この野郎……」

「怒った?ねー怒った?怒っちゃやーよ。怒っちゃやーよ。ごめんなちゃーいルンパッパ!お金めぐんであげるから許してチョーンマゲ……誰がやるかっ、この愚民どもがっ!」


自分の顔を確認したわけではないが、その時のヒロシ17の顔はきっと能面のような表情だっただろう。

憎悪が果てしなく増幅している。

ヒロシ17はヒロシ70の首に手をかけた。

ヒロシ50が慌てて止める。

ヒロシ70が悲鳴を上げる。


「よせ、俺はお前。お前は俺なんだ!自分を殺してしまうなんて……自殺なんこれ……ぐえ……他殺なんこれ、ぐけっ!」


首を絞めている間、ヒロシ17は耳の奥からゴウンゴウンと共鳴する心臓の高鳴りを聴いていた。

それが、生きている証なのかはヒロシ17には分からなかった。

ヒロシ17はヒロシ70を殺してしまった。

ピクリとも動かない。

もう、動かない。


ヒロシ50はハッと思い、『80』と書かれたドアを開けて中に入った。そしてすぐ戻ってきた。


「案の定だ、ヒロシ17。70歳のヒロシを殺したから、何らかの連鎖反応を起こして70歳以降のヒロシつまり俺たちは全部死んでしまったようだ」

「何らかの連鎖反応……」

「ああ」

「何らかの連鎖反応」

「ん?」

「三回も言う事じゃないですね」

「そうだな」

「でも俺、後悔してません。あんなクソジジイの老害でいるくらいなら死んだ方がマシだ。それに100歳までおめおめと生きるつもりもありません」

「そうか。そうだな」

「もっと奥へ行ってみましょう」



           ツヅク


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