最終話 未来へ

 あかりちゃんに撃たれた瞬間、私の意識は暗闇に沈んだ。底のない海の水底に沈んでいくような、悠久の中を流れる感覚。けれどすぐに闇を切り裂く光が差した。


 光は私を包み込み、水面へゆっくりと引き上げる。そして海から顔を出した瞬間、目の前にあかりちゃんが現れた。


「おはよう、お姫様」


 暗闇の中で彼女はキザに笑った。


「えっ?」


 どういうことか理解が追いつかない。確かにあの時あかりちゃんに撃たれて死んだはずだ。それなのに私は生きていて、彼女の腕の中にいる。


 撃たれたはずの胸に触れると、ドロリとした感触。けれど痛みはなくて、奇妙な香りがする赤い液体が手についただけだった。


「何が起きたの」

「桜ちゃんには少し眠ってもらってたの」

「眠るって、そんな……」


 確かにあの時私は死んでいたはずだ。あの暗闇は、眠ることとは根本的に違う体験だった。そんな私の混乱を他所に彼女は私を強く抱きしめた。


「ずっと一人にしてごめん」


 彼女は私の存在を確かめるように力強く抱きしめる。少し痛いけど、震える手から彼女の想いが伝わってきて、とてもそんな指摘なんてできなかった。


「謝らないで。私はあかりちゃんに会えただけで嬉しいから」

「そっか……」


 彼女は私を腕の中から解放して、優しく微笑みかけてきた。一度チラリと見えた彼女の弱みは鳴りを潜めて、優しくて頼りがいのある彼女が顔を出した。


「ちょっとカッコ悪いとこ見せちゃったけど、改めて言わせてもらうね」


 彼女は私に手を差し伸べた。それと同時にこの部屋に影を落としていたシャッターが爆破され、優しい月明かりが暗闇を照らした。


「助けに来たよ、桜ちゃん」


 淡い月光を背に受けて、弾けるような笑顔で手を差し伸べた。その姿はまさに救いの女神で、私を縛り付けていた鎖は彼女の後光を受けて塵となって消えた。そして私の灰色の世界は色付いて、豊かな色彩を見せた。


「うんっ!」


 自由の身となった私は迷わず彼女の手をとった。彼女への想いと一緒に自然と涙が溢れてきて、勢いそのまま抱きついた。優しく抱き止められて目と目が合うと、彼女の目尻にも涙が滲んでいた。


「一緒に行こう!」


 二人一緒に光に向かって駆けて行く。今度は泡沫の夢じゃない。この先にあるのは永遠に続く貴方との時間。一歩一歩重ねる度に心が弾んで、自然と笑顔が溢れてくる。


「桜ちゃんには、これからはずっと笑ってて欲しいの」


 ベランダまで来た時、彼女は星空を見上げながらそんな事を呟いた。


「だから決めたんだ」


 彼女は振り向いて、俗に言うお姫様抱っこをされた。突然そんな事をされたから照れてしまって、頬が真っ赤に染まる。彼女はそれを見て満足したように笑った。


「桜ちゃんを私のお嫁さんにしようって」

「えっ、えぇ!?」


 あかりちゃんのそばに居られれば満足だと思ってた時に、突然の婚約宣言。あかりちゃんのことは好きだから大歓迎なんだけど、あまりにも突然で情報が処理しきれない。


「どうかな」


 けれど彼女は待ってくれない。期待するような目で私を見つめている。


「ふ、不束者ですが、よろしくお願いします……」

「やった!」


 顔を真っ赤にしながら消え入るような声で告白の返事をする。すると彼女は子供のような純粋さを覗かせて、幸せそうに笑った。


「帰ったら考えることがいっぱいだ」


 式はどこで挙げようか、どんなドレスを着ようか、式には誰を呼ぼうか、スピーチは誰にしてもらうか、きっと彼女の中ではいろんな未来が描かれている。そんな彼女を見て私の胸はまた満たされる。だって、彼女の描く素敵な未来に私は居られるんだから。


 銃声に爆破音。流石にここまでやってしまったから館はとんでもない騒ぎになっている。そんな騒音を背に、私を抱えた彼女は走り出した。


 そしてベランダから飛び降り、重力に従い落下する私たちは、猛スピードで飛んできた小型飛行機の羽の上に見事着地した。これもあかりちゃんの関係者が操縦しているのだろうか。


「すごいね、あかりちゃん」

「ふふっ、ありがとね。でもまだまだだよ。これから先の未来、もっとすごいのを見せてあげるから」


 飛行機の翼の上で強風を受けながら二人して笑い合う。そのまま飛行機は高度を上げて、館の喧騒からあっという間に離れた。


 顔を上げれば満月と星々が力強く夜空を照らしている。まるで私たちを祝福するみたいに。その黒と白のグラデーションを私は忘れる事はないだろう。貴方と共に見た、彩られた世界を。

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どうか美しく、私を殺して SEN @arurun115

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