第17話「開花と疑いの芽」
「おっと。アルタ、前に赤い宝石を渡したよな? ちゃんと持ってるか?」
配置に付こうとしたアルタを一度呼び止めた。
「はい。持っています」
「じゃあ、耳栓の要領で耳に詰めてくれておいてくれ」
赤い宝石は同じパーティ内で経験値を共有するアイテムではあるが、経験値はレベル二十以上だと振り込まれなくなる。
ただ、この宝石にはそれ以外にも用途がある。
アルタは俺とベガリーから距離を取り、合図があればこちらへ駆けて来る。
「よし、流れの確認だ」
『わっ、声が……?』
右手に握られた小さな赤い宝石からはアルタの声。
「お前の声も聞こえてる。これなら連携が取りやすいだろ?」
宝石は通信機の役割を担う。
今回の作戦では、合図も大事になってくる。
『なるほど』
よし、じゃあ……。
「ベガリー」
「うむ」
「お前に≪パワーリード≫を付与して、一時的に筋力を増強させる」
これがまず、第一段階。
次からはスピード勝負だ。
「続いて、アルタ」
『はい』
アルタの仕事が一番多く、難しい。
俺は基本的にバフ担当だ。
「もう聖属性の付与は切れてるよな?」
『ええ、一分ほどで効果が切れました』
一分か。
「お前には≪聖属性付与≫と≪アクセルジャンプ≫を同時にかける」
付与魔法をかけられる範囲は、およそ十七メートル。
走って来るアルタ目掛けて付与するのは可能だ。
「そして、アルタはベガリーの大盾に飛び乗る」
「余は勇者を上空へと叩き上げる」
『私はそれと同時に跳躍し、ワイバーンを叩き切る』
無茶苦茶言っているが、こいつらの自信はなんなんだ?
「七姫、この二人って結構無茶するタイプ?」
『……はい』
原作者のお墨付きをいただきました。
「今はこいつらに任せるしかないけど、あとで二人の話は詳しく聞かせてくれよな。設定とか、詳しく」
『わ、わかった』
予測できない挙動をされるのは、人でもバグでも我慢ならん。
ある程度、この二人の行動を予測できるようになりたい。
MPを無駄遣いしがちなベガリー。
そして、幸運値が低くエンカウントやトラップのトラブルが多そうなアルタよりも俺が司令塔になるのが一番パーティーを上手く回せる気がする。
タイミングを見計らっていると、旋回しているワイバーンが少しずつ下降し始めて来た。
「よし、アルタ! 走れ!」
『了解』
俺の合図と共にアルタが駆け出した。
「まずは……≪パワーリード≫!」
筋力増強のバフだ。
単純な攻撃力と違う点は、筋力のステータスのみが上がる事。
重量オーバーの装備やアイテムも使用できる利点がある。
ベガリーにはこれでアルタを放り投げる為に必要な筋力ステータスを補ってもらう。
「おお、力が漲ってきたぞ!」
魔法を使うのが主なベガリーに筋力増強のバフをかけることになるとは思わなかった。
「次だ!」
ベガリーにバフをかけている間、もう目と鼻の先まで近づいて来た。
アルタは攻撃と敏捷ステータスが桁外れに伸びており、機動力に特化したアタッカーだ。
そのスピードから繰り出される攻撃力は高レベルプレイヤーのそれであり、この辺のモンスターでは歯が立たない。
「乗るがいい!」
ベガリーはアルタが飛び乗りやすいよう、斜面を作るように盾を斜めに構える。
あとはアルタの体重を感じたその瞬間に、上へと放るだけだ。
「≪アクセルジャンプ≫! ≪聖属性付与≫!」
跳躍力アップの効果を持つ≪アクセルジャンプ≫は最優先に、聖属性の付与も行う。
勇者は聖属性の攻撃を行う場合のみ、攻撃の判定に大幅な上方補正が加わる。
これは基本、常に発動するものなので知らない者も多い。
しかし、アルタは聖属性を持たない勇者。
この攻撃力ボーナスを受ける事はできない。
アルタのステータスなら問題はないと思うが、一応念のためだ。
俺がアルタに二つのバフをかけ終わると同時に、アルタは小さく跳躍。
アルタはピタリと、ベガリーの盾に飛び乗った。
「失礼します」
「構わん、特に許す! 鳥になってこい!」
一瞬のやり取り。
その後、アルタはベガリーの動作に合わせて跳躍した。
ドンッ、と豪快な音。
まるで地震が起きたかのような衝撃だったが、もうそこには何もない。
ただ、空を見上げるベガリーがいるだけだった。
その空にはアルタが、剣を構えて跳び上がっていく姿が見える。
跳躍は成功した。
ワイバーンと同じ高さまで到達。
空中を旋回していたワイバーンは、さぞ驚いたことだろう
ワイバーンの傍にまで飛び、辿り着いたアルタは、空中で身体をねじらせた。
同時に、右手を柄へ。左手を鞘へと持って行き、構える。
「開け、血の華――。魔蛇流、奥義」
スキルの発動エフェクトが、空中で花火のように弾けた。
次の瞬間には『すべてが終わって』いた。
瞬きのような、刹那の時間。
ワイバーンはその肉体を両断され、空中で即死した。
まるで花火のように美しく、儚い、一瞬の輝き。
「
飛び散った血の華は雨のように広がり、降り注ぐ。
これがゲームの中である事を忘れるほどに、その光景はどこまでもリアルだった。
ここが本当にゲームなのか、それともゲームに似た異世界なのか。
俺が、そんな疑問を抱き始めたのは、この時だ。
少しずつ、俺は『この世界』を疑い始めた。
異世界侵食のワールドデバッグ 太刀河ユイ/(V名義)飛竜院在九 @tatiiro
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