第16話「竜種遭遇」
やがて光が次第に収まっていく。
視界が戻る頃には炎の壁も、魔物達も消えていた。
「うまくいった、のか?」
『うん。聖剣の台座から広がる結界の中だと、弱い魔物達は身体を維持できなくて消滅しちゃうはずだから』
七姫の言葉通りなら、もう魔物達はいない。
「いや、カイセイさん。まだ終わっていない」
「うむ。ハエが一匹残っておるわ」
ハエ?
直喩か、それとも隠喩なのか。
この発言がどちらなのかと確認する直前に、後者であると察した。
見上げるより先に一つの影が俺達に被さり、嫌でもその存在に気付かされたからだ。
それも一瞬。
すぐに影は移動していく。
その影の主は上空。結界の外にいた。
「あれは、ワイバーンですね」
ワイバーン。
全身が緑色の鱗に覆われた竜。
翼が腕のように大きく横に伸びており、膜が厚く張られている。
形状は、コウモリに近いか。
幅は軽く四、五メートルはあるか。
しかし、俺達の上を旋回し続けるだけで攻撃してくる気配はない。
「奴らは竜種では小型の方じゃが、縄張り意識が強い」
この村には既に結界が張られている。
襲って来る心配はないだろうが……。
「放置していいと思うか?」
「それこそ、やめた方がいいじゃろうな」
ワイバーンの縄張り意識がどこに向いているのか。
それがどこまでの範囲かはわからない。
「結界の内部なら安全じゃ。しかし、村から一歩でも出ていく者、村に来た者、例えば商人が襲われてしまう」
この村は襲撃されないが、逆に村の外でなら襲撃を受ける。
そうなれば、村は外界から完全に切り離される。
『……そうなると、このイシュタ村は生きたまま死んでいくことになる』
七姫の声はベガリーとアルタには聞こえていない。
その後、数秒間の沈黙が訪れた。
「卵を産んで、子育てが始まると厄介じゃぞ?」
「やるなら今しかないのか。……≪アクセス≫」
≪アクセス≫の対象は上空のワイバーン。
レベル差によって弾かれることなく、敵のステータスが表示される。
【名称:ワイバーン Lv.32】
【HP:2048 MP:2048 攻撃力:512 防御力:256】
【魔法攻撃力:512 魔法防御力:256 敏捷:512】
【幸運:160】
基本的なステータスは高く、バランスもいい。
レベルの割りにステータスが高いのは竜種だからなのか?
ベガリーといい、このレベルで相手にしていいモンスターじゃないぞ。
敏捷性と攻撃力に長け、防御には付け入る隙がありそうだが……。
「飛行スキルが厄介じゃな」
ワイバーンは見ての通り、飛行しながら俺達の上空を旋回している。
「あいつが地上へ降りてくるのはいつだと思う?」
「奴らは警戒心が強い。見られているとわかれば、簡単には降りてこないでしょう」
これは持久戦になるか。
巣に戻るのを追跡しても、俺達の足じゃ追いつけない。
『改星くん、ここらへんは鉱山と森もあるから、竜種が巣を作るにはかなり適している環境だと思うよ。設定的には』
「参ったな、それは……」
アルタだけなら追いかけるのは可能だろうが、単独での討伐になる。
安全とは言えないか。
「ベガリーの魔法で撃ち落とすのは?」
「範囲的にぶっ放せば可能じゃが……ビスケットがもうない」
MP不足か。
そうだった、こいつのMPは二桁。
回復手段も使い果たした。
魔法職であるなら、とっくに三桁へ到達していてもいいのに、心許なさすぎる。
「…………」
アルタは上空のワイバーンを仰ぎ、小さく溜息を付く。
すると、こんな事を言い出した。
「カイセイさん。跳躍力アップのエンチャントは使えますか?」
「え? ああ、≪ジャンプアクセル≫なら……」
ちょうど今覚えたところだ、と言いかけて口を紡ぐ。
結界で消し飛ばした魔物達から得た経験値で、俺のレベルは四つほど跳ね上がっている。
『今エンチャンターがLv.25で、ワールドデバッカーが20?』
「…………」
ワールドデバッカーの職業レベルも上がり、新しいスキルを得た。
副職のエンチャンターは、今アルタが発言した身体強化スキルと、もういくつかスキルを得ている。
覚えたスキルの一つ。≪ジャンプアクセル≫は、主に跳躍力だけを集中的に上げるエンチャントだ。
単純な≪身体強化≫を使う場合の方が圧倒的に多く、エンチャンターが使う中でもマイナーなスキルである。
「お前、まさか……」
「可能だと思いますよ」
しれっ、と言うな。
「一番低いところに来ても、十六メートルがいいところだぞ」
十六メートル。約四階建てのビルにジャンプして、届くと言っているようなものだ。
ワイバーンが高さを変えれば三十メートルにはなる。
それであれば十階建て。
ここまで来ると、ビスケットを調達してベガリーに魔法を当たるまで撃ってもらう方が現実的だ。
「いけますよ、ジャンプ台の代わりがあれば」
『あー、アルタならそういうと思った……』
スッ、とアルタの視線が泳ぐ。
七姫は何か察した様子だ。
彼女の視線が行き着く先には、魔王様がいる。彼女も同じようだ。
「……ほう」
ベガリーは何かを察したらしく、自分より大きな盾を意味深に少し動かして見せた。
「面白い。それであやつを打ち取れると?」
「はい。カイセイさんの≪パワーリード≫と≪ジャンプアクセル≫併せれば可能かと」
こいつらが何を考えているのか。察するには充分な会話量だった。
「俺はベガリーに筋力増強、アルタに跳躍力アップのエンチャントをかければいいんだな?」
「はい。それで私が盾に飛び乗り、放り投げてもらうと同時に」
「こやつがあのハエを叩き斬る。完璧な作戦じゃ」
作戦って言うのか、これ?
脳みそ筋肉で出来ているのか、こいつら。
「わかった。失敗したら別の方法を考えよう」
ベガリーにMPがないのは事実、他に手はない。
あのワイバーンがいつまでもこの村を旋回しているわけではないだろうし、倒すなら早いほうがいいだろう。
「よし、やるか。配置に付いてくれ」
「うむ」
「心得ました」
目標はワイバーン。
あの竜がこの村近辺に巣を作らないうちに倒すのは賛成だ。
「……よし、ラストアタックだ」
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