又は殺意か
「丸井君、少し話いいかな?」
僕は切り出した。
恐らく、これから行われる会話は丸井にとっても僕らにとっても、そして五年生にとっても大事な話になると思う。
「——どうせ
呆れたような言い口に僕は少しだけ苛つきを覚える。
「あぁ。君は阿瀬に少しだけちょっかいをかけているみたいだね。学級会でも言われていたけど」
「認めりゃいいんでしょ? やったって。それで謝って終い、これで解決じゃん。何が悪いの?」
俺はカチンときた。もう、オブラートに包んで言うだとかそんなことは気にしていられない。
「お前さ、阿瀬の状況を分かってそれ言ってんのか? お前に傷つけられた体に心。癒えるまでどんだけ時間かかると思ってんだ! お前だって見てただろ、
丸井の胸ぐらを掴み、非力なりにも蹴り飛ばす。そして馬乗りになり、倒れた丸井を殴りつける。何度も何度も——。
「おい、健人! それぐらいにしとけ!」
気づけば優希に羽交い締めをされ、丸井を必死に睨みつけていた。
あぁ、あの時と一緒だ。何も、かもが……。
〜 一年前 〜
僕は、
「うわっ、類菌が移るから来んなよ。お前んとこ病院だしな、ガンとか移ったら怖えしあっち行けよ」
野崖は両親とも病院で働いていると言うこともあり、こう言った文言でよくいじめられていた。そしてこのいじめは二年に渡って続いている。
「分かったよ、ごめん」
野崖はされるがままで、反論も反撃もしない。先生に言ってみたらと言っても「いいんだよ」の一点張り。僕もその言葉を素直に受け入れ、いつも通り学校に来てはいじめを見る生活が続いた。
そんなある日。優希と野崖と僕の三人で廊下を歩いていたら大沢先生がダッシュで僕らの横を通り抜けていった。いつもは廊下を走るなと怒っているのに、自分には甘いんだななんて思っていたら、突然校内放送が始まった。
「校内放送です。五年の野崖君、
呼ばれたのは優希と僕といじめの加害者と被害者だった。なぜ、僕らが呼ばれたのかその時は全く分からなかった。けど、多目的室に着いて数分後に始まった話し合いで呼ばれた理由が明らかになる。
「はい、これから話し合いを始めます」
大沢は黄ばんだクリアファイルから五枚のA4用紙を取り出し、一人一人に配り出す。
「まず、戸成と倉崎。お前らは野崖に謝れ」
突然の謝罪要求に戸成と倉崎は困惑する。
そりゃ、急に集められて謝れだなんて言われたら誰だって驚く。
「え、あ。ごめん類君」
予想通り、いや予想以上の軽い謝罪が倉崎の口から飛び出る。
「ごめん、野崖」
「はい、じゃあさっき配ったA4用紙あるな? それをぐしゃぐしゃにしてみろ」
大沢はそう言うと、自ら用紙を丸めて見せた。
「それを広げたらどうなる」
言われた通り紙をぐしゃぐしゃに丸め、
「皺だらけで
「はい」
恐らく誰一人として、このA4用紙など見ちゃいないし興味もない。それは飽きたとか面倒臭いとかそんな単純な感情ではなく、もっと黒くて粘っこいヘドロみたいな感情が渦巻いているから。
この時、僕の中には怒りとは違う何か危険な感情が芽生え始めていた。その感情を言葉にするなら憎悪、怨念。または殺意——。
***
野崖とは保育園からの仲で、優希と野崖と僕の三人で「勇者御一行」だなんて言ってよく遊んでいた。それは小学校に入学してからも変わらず、家から出てから帰るまでを共に過ごしていた。
だが、二年生に上がってから担任が変わり、優しかった先生達がとことん厳しくなり始めてから野崖含めクラスのみんなも変わっていった。
そして、二年生の秋。いじめが始まった。
いじめは最初からひどいものではなかった。それに言い方はアレだが、まだいじめをすることに慣れていなかったのかやり方もイジリやじゃれ合いの域を出ていなかった。それが逆に先生達の目を慣らし、行き過ぎたいじめを見逃してしまっていたのかもしれない。
それか、子供のやることと楽観視をしていたのかもしれない。まぁそうじゃなければ、あの表情にはならないだろう。
「ごめん、わざとじゃないんだって」
「わざとだろ! なんでみんなには配って俺の分はないんだよ! いつもの腹癒せか? 答えろよ野崖!」
戸成は怒り狂い野崖を殴りつけた。野崖は殴られた衝撃に耐えれず、よろけて掃除ロッカーに寄りかかる。
「だから、わざとじゃないって。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい——」
野崖は土下座をして何度も何度も謝罪の言葉を繰り返す。
「ごめんなさいごめんなさい、うるっせえんだよ! お前のせいで大沢に叱られるし、親がお金払えなかったからって学校に連絡したりで、親にまで叱られて、全部お前が配り忘れたせいで迷惑被ってんだよ!」
戸成は完璧主義者で頭も良い。習い事も人より多くやっている。だからこそこんなにも怒っているのだろう。
「マジでさ、ちょっと運動できるからって調子乗りすぎなんだよ、勉強できなかったら良い学校も出れねえし大学だって行けない。お前は俺より下で負け組なんだよ。みんなー、今日から野崖は俺らの下だから扱いは適当になー。今日のトイレ掃除こいつに任せようぜ面倒くせえし」
戸成はそう言うと、自分の席に着き次の授業の準備を始めた。そして野崖は誰からも手を差し伸べられることなく、自力で立ち上がり泣きながら席に着いた。
そして三時間目の授業が始まる。先生は休み時間に起きたことを知ることなく、授業を進めていく。
「じゃあ戸成」
「あーえっと分からないです。でも野崖君が分かったって言ってました」
授業中でも行われるいじめ。あからさまに見えるが、先生の目は慣れているせいでこれぐらいの事じゃ授業を止めて話し合いなどはしない。
「はい野崖」
「……分かりません」
「ん? 分かったんじゃないのか」
「あー、聞き間違いでした」
両者が座ると戸成の近くに座っている連中がくすくすと笑う。
「——答えはアオミドロだ。復習を忘れないよう」
大沢は呆れた様子で答えを明らかにした。恐らく今の戸成と野崖のやり取りもじゃれ合いだと思ったに違いない。なぜなら黒板の方を向く前に一瞬口の端を吊り上げたからだ。
僕はそれを見て、現場を知っている人間としてカチンと来てしまったんだ。
〜 二〇二二年 十一月 〜
僕は優希に、野崖が戸成と倉崎にいじめられているという情報を町中に流して欲しいと頼んだ。優希の家は地主で町の情報が集まる、町の権力者と言っても過言ではない。だからこそ、情報を発信して欲しかった。そして、優希は快く承諾。そのお願いをしたのが四日ほど前だったのだが、一日二日もしないうちに噂は町全体に広がった。
「はよ、健人」
「あぁ、おはよ。噂広めてくれたんだね、ありがとう」
「良いってことよ。類のことなら一肌どころか二肌脱いでやるって決めてたんだ」
僕はそっかと淡白な返事をした。そう、まだ問題は解決などしていない。今日はいじめについての学級会が開かれる日。一時間目と二時間目をつぶしてまで行われる大きな学級会だ。先生もやっとこのいじめの深刻さに気づいたと言ったところか。
「今日か……、学級会」
優希はため息をつく。
「そうだね……」
ランドセルがいつもより軽い。だが心の重さでいつもの数倍体が重たい。恐らく僕も優希も先生のことを信用していないのだろう。だからこんなにも気が重いのだ。
***
学校に着き教室の扉を開けると、いつもなら職員室にいる教頭先生と校長先生が教室の中で待っていた。
「おはようございます、國宮君。稲架川君」
「校長先生、おはようございます」
なんで、どうして校長と教頭が居るんだと疑問に思いつつも、まあいじめについての話だし居てもおかしくはないかと納得させる。
「なぁ、健人」
優希が僕の耳に囁く。
「類は?」
確かに今日は家の前を通っても野崖は出てこなかった。いつもなら直しきれていない寝癖を手で押さえながら飛び出てくるのに。
「来てないね」
ロッカーを見ても野崖のランドセルは入っていない。机を見ても野崖は座っていない。時間は八時半、普段なら朝の会が始まっている時間だと言うのに野崖は教室に来ていないのだ。
「はい、それでは今日は一時間目から学級会になっています。宿題の提出をしたら大沢先生が来るまで席で待っててください。今日は朝の会はありません」
教頭はそう言うと教室から出ていった。校長はといえば、後ろの方で腕を組んで教室全体を見回している。まるで監視されているみたいだ。
そして、九時になり学級会は始まった。
内容は二時間もいらないくらい薄っぺらいもので、戸成と倉崎がやった事を言い、そのまま謝罪。その後は、大沢と教頭が二人を叱りつけていた。それは二人のプライドを傷つけ、いじめを加速させるには申し分ないものだった。
「片付けろお前ら」
やってきた二十分間の休み時間。戸成はみんなにそう呼びかけると、とばっちりを喰らいたくない人間が机を教室の端に寄せ始める。そしてできた広めのスペース。そこに野崖を正座させ、戸成と倉崎は掃除用ロッカーからホウキとちり取りを取り出した。
「舐めろこれを」
ホコリの付いたちり取りを持ち、舐めやすいよう指に取って野崖の前に差し出す。
「や、やだよ。汚いじゃん」
「そうだよな、けど洗ってないお前が悪いんじゃん」
「洗って使いましょうって言われてないから……」
「言われてなくても、こう言うことされるかもなーって対策するの。いじめられてるんですーって大沢とか教頭とかにチクるぐらいなら、されないように立ち回るんだよ。やっぱ野崖ってバカだよな、なぁ?」
この場にいる人間は皆とばっちりを喰らいたくないがために必死に首を縦に振る。自分の身を守るために、野崖を生贄にしているのだ。
「舐めろって、早く」
うぅっと目に涙を浮かべ、嫌がっている野崖を僕はただただ見つめている。
そして、倉崎は吐き捨てるようにこう言った。
「こんなんも舐めれねえって、もう死んじまえよ」
——。
俺は近くにあった椅子を蹴り飛ばし、戸成めがけて黒板消しを投げつけた。
「っ——、いってぇんだよ國宮!」
「てめえまじで——」
俺は倉崎の言った「死んじまえよ」と言うセリフが頭から離れず、それが怒りのタネとなり拳を振り上げる動力となった。
当然、女子たちは教室から飛び出し先生達を呼びに行く。周りにいた男子は一部はやめろよと弱々しく言うが残りは知らん顔で外を眺めていた。
「何が死んじまえだお前——。人の命をなんだと思ってんだ! お前こそここで死んでみろ! 死んで詫びて、そんで来世は野崖に踏み潰されて終わりだ。それこそお前は俺らより下だ。虫より下の下等生物でしかないんだよ!」
俺は倉崎の股間を蹴り上げ、戸成には馬乗りになり何度も何度も殴りつけた。手が痛いとかそんなことはどうでもよくて、野崖が苦しんだ分だけぶつけてやるんだと必死に殴っていた。
「——んと、健人! やめろ! 先生達が見てる!」
気づけば優希に羽交い締めをされ、廊下の方を見れば口に手を当て驚いている先生達の姿があった。
〜 現在 〜
「お前だって見てただろ、
野崖がいじめられていた時、その場に丸井も居た。だから、いじめは人を壊してしまう事を分かっていると思っていた。けど、丸井は分かってなどいなかった。
「見てたんだ、さっきの」
丸井は少し驚いた表情を浮かべる。が、一瞬にしてまたニヤけヅラに戻り、ほくそ笑んだ。
「将斗はあのクラスを分かってない。調子に乗りすぎてる。けど戸成とか倉崎みたいに相手を下等生物みたいには思ってないよ。将斗は将斗だ。アイツらとは違う」
「いいや、一緒だよ。反撃してこない相手を安全な所から一方的に痛めつ蹴てる時点で、戸成や倉崎と変わらない」
散々殴ったおかげか心は穏やかだ。いや、心の奥底は怒りという感情を燃料に燃え続けている。
「丸井、君は裁かれるべきだ。十一月十四日、この日にちを絶対に忘れるな」
「——分かったよ」
十一月十四日、この日は野崖が学校に来なくなった日だ。そう、不登校になった日。
僕は彼を救えず、未来の道を閉ざさせてしまった。だから、この日に丸井を裁く。また、クラスを一つにするために。
町立学舎裁判所 柴郷 了 @sb_sato2
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