いふ
商店街に着いた我々はタバコの自販機を探していた。
「今日日、タバコの自販機なんてないだろ」
確かに今の時代、タバコに幻想を抱いているのは学生ぐらいで、ほとんどの大人は金がかかるだとかクサいだとかでタバコを避けている。いつしかタバコ屋は減少し、タバコの自販機も見なくなり、最近では喫煙所も撤去されつつある。喫煙者に人権はないと言っているようなものだ。
「昔はここにタバコ屋があったってお母さん言ってたなぁ」
「あ」
そして、その奥に見えたのがタバコの自販機だった。
「あった」
僕を含めた三人が口を揃えて言う。古く塗装の禿げた自販機が肉屋の先にある。それを見た僕は伝説の宝を見つけた海賊かのような感情になった。
「すげぇ……マジであるんだ」
優希の発した言葉に僕は深く共感した。そう、まさか実在するとはここにいる誰も思わなかったのだ。
その古めかしい自販機に吸い寄せられるように歩いていくと『サワラ堂』という看板と錆びついたシャッターを見つける。どうやら自販機の近くにある建物はここだけのようだ。
優希は建物に近づき、下から上まで舐めるように見ると建物の横へと歩いて行った。僕も同じ行動を取る。
「入り口がねえな」
建物の前、左右、裏も見たが入り口がどこにもない。忍者屋敷じゃあるまいし、どこかの壁が扉というわけでもないだろう。それに——。
「インターホンがねえってどういうことだ? まあ店なんだろうけどさ、二階部分は完全に家だし無かったら不便だろ」
全く同感だ。
この建物は三階まであり、一階部分はお店、二階と三階は住居といったところだろう。職場兼住居であるということは、多少なりとも家に必要なものがなくてはならない。それは玄関とインターホン。これがない家など見たことがない。だが、このサワラ堂にはどちらもないのだ。
けど——。
「初見殺しだけど、思いつける範囲ではあったな」
「健人?」
僕はタバコの自販機に目をやる。
「——
右下に光るボタン、中には『
「ま、まじかよ……」
優希は驚いている。正直僕も驚いてはいるが、それよりも気づけた喜びが上回ってしまいなんとも言えない感じになっている。
「入ろう」
僕は自販機のボタンを押した。感触は普段の自販機のボタンとなんら変わりなく、今にでもタバコが取り出し口に落ちてきそうだ。だが、タバコが落ちてくることはなく、中でピンポーンと音が鳴る。
——やっと丸井緒人と話せるんだ。気を引き締めなければ。
***
「どちらさんだい?」
扉が開き、出てきたのは四十代ぐらいのおじさんだった。
「あの、
「あぁ、
僕らは促されるまま中へと入っていく。
「座って待っててな、緒人を呼んでくるよ」
おじさんはそう言うと、奥にある階段を登って行った。
僕らは古いパイプ椅子に座り、雀卓を囲む。
「それにしても、ここ何の店なんだ?」
優希は辺りを見回しながら言う。
確かに、サワラ堂と言う看板があったがどう言った店とは書いていなかったことを思い出す。
「雀荘なわけないよなぁ」
「ここは駄菓子屋です」
背後からおじさんの声がして僕らは咄嗟に振り返る。
「雀卓は地域の年寄りが集まったときに遊べるようにと買ったものでね。奥にブルーシートが掛けてあるがあれが商品棚なんだ」
指の先にはボロボロのブルーシートとそれからはみ出ている棚の一部が見える。横にはダンボールが積まれ、ご丁寧にペンで日付が書かれている。日付は二〇一七年五月とだいぶ古い。
「そんなことより、緒人〜。お友達が来てるよ」
「はーい、ちょっと待ってぇー」
緊張で鳥肌が立つ。なんせ現場を見た後だ、この子供らしい返事すらも怪しく思えてくる。
「はいはいはい、お待たせ!」
丸井は階段を軽快に降り、こちらへと歩いてくる。こうして普通にしている分には子供なのだが、阿瀬相手となると大人顔負けの脅しをするようになるのだから怖いものだ。全く。
「んで、遊びに人数が足りないって話だったよね」
そういえば、そんな理由で誘ったなと思い出す。危うく、建前の目的を忘れて聞き取りを始めてしまうところだった。
「そう、三人だと麻雀早く終わっちゃうからさ一人欲しくて」
焦った割にはなかなか良い説明ができたじゃんと己を褒める。誘う時に遊ぶ内容を伝えていなかったことが吉と出たようだ。
「麻雀か、ルール曖昧だけど大丈夫?」
丸井は不安げな表情で僕らを見る。だがおじさんがすかさず言う。
「父さんが教えるから大丈夫だ、緒人は牌に集中すればいい」
「本当? じゃあ対よろです!」
建前とはいえ、やると言ったからにはやらなければならない。勝とうが負けようが聞く内容は変わらないが、心持ちは変わる。
——絶対に勝つ。
牌が競り上がり、各々手札に加えていく。
緊張の瞬間だ。この配牌で方向性が決まると言っていい。
「んじゃ、親決めっか」
卓に四つの拳が揃う。
「最初はグー、ジャンケンポン!」
出された手の形は、パーが三つ、チョキが一つだった。そしてチョキ出したのは——。
「俺が親か」
親は優希に決まった。
そういえば、優希は給食ジャンケン無敗なんだった。忘れてた。
「ふん、全員の点数巻き上げてやる」とニヤけながら優希は言う。
どうやらスイッチが入ったようだ。こうなった優希を止めれる人間は誰一人いない。まして初心者の丸井が止めれはずが——。
「はい、ロン!」「ツモ……かな?」「はーい三回目のカンからの、ツモ!」
丸井は初心者らしからぬ動きで優希の親どころか僕らの親を吹き飛ばし、高い役で上がり続けた。
「ぐっ、巻き上げられた……」
優希は啖呵切った割に活躍できず、心なしかしょげているように見える。
「丸井くん強いね、ルール曖昧って言ってた割にはカンのタイミングとかがやりこんでる人のそれだったけど」
「あー、昔アプリゲームでやってたんだよ。だから初心者だって言わなかったの。こういうオフラインでの試合は初めてだったからさ、ちょっと盛っちゃった」
これが丸井緒人と言う男か。なんというか行動や発言から少しずつ彼の中が見えてきたように思う。隠し持つ、盛る。子供がよくやる言動の一つではあるが、大体の子供は下手でわかりやすい。が、丸井は慣れているのか分かりにくい。隠し持っていることを気づかれないように立ち回るのが上手いと言えるだろうか。
「——父さん、ちょっと外してくれない?」
丸井は振り向き、仁王立ちしているおじさんに向かって言った。
「んあぁ、おう」
おじさんはまた奥にある階段を登っていく。丸井は登りきるのを待ってから口を開いた。
「おっちゃんは俺の前のお父さんなんだ。お母さんは会うなって言ってるんだけど、あっちの家居心地悪くていつもこっちに居るんだ」
丸井は、もの悲しげな表情で扉を見つめる。
「新しいお父さんはかっこいいんだけど、完璧主義すぎて嫌になるっていうか、気が抜けないんだ。だから色々許してくれるおっちゃんが好き」
丸井は複雑な家庭環境に置かれている。新しい父親と前の父親、どちらを好きだ嫌いだと区別したいわけではないだろうが、区別せざるを得ない。そして母親からは会うなと釘を刺されてはいるが、それを無視して会っている。おそらく丸井は罪悪感を覚えているはずだ。約束を破っている自分が嫌いになるほどに。
「丸井君、少し話いいかな?」
もし、彼の家庭環境が少しでもマシならこのいじめは起きなかったのだろうか。母親から会うなと言われていなければ、新しい父親が完璧主義者じゃなければ、変わっていたのだろうか。
——答えは、わからない。
けど、見つけるなら今からだ。彼から全てを聞き出し、そこから答えを導き出せばいい。そして、もし見つからなくても焦る必要はない。時間はないように見えてまだたっぷりとある。
〜 人物紹介 〜
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます