不利の子

jo-ro

雨に打たれた鼠

 指が痒すぎてて朝、目覚めた。目覚めたのはまぁいいが、明日見るはずだった夢を見てしまい、なんともいいようのない気持ちが脳髄の色を淡い水色一色に変えてしまった。もったいないもったいない。もったいないもったいない。生き急ぐと生活のあちこちでこういうことが起こってしまうものだ。生き急ぐこと自体は全く悪いことではない。ただ、頭の中の意識だけ生き急いで実際には行動を起こしていないと体が追いつかなくなって古時計の振り子に巻き込まれてしまうのだ。

 摂氏百度位あるであろう水で顔を洗うと僕の頭はようやく時差ぼけに対応し始めた。

「すいどうのじゃぐちがぎゅうぎゅういってるあさがえりのおみずねえさんへ」

家の外は小学校の通学路になっていてチビ達が歌を歌いながら分団登校している。

「すいどうのじゃぐちがぎゅうぎゅういってるあさがえりのおみずねえさんへ、

一で靴脱ぎ

二で首吊り

さんさん血が降り肉固まる

4合炊くのが理想の家で

コロナにかかって

体は八苦

十でとうとう息絶えた

すいどうのじゃぐちがぎゅうぎゅういってるあさがえりのおみずねえさんへ、」

この歌を聴きながらコーヒーとタバコをノムのが日課である。

 なんとなく、そばに置いてある鉛筆を手に持ってみる。なんとなく、紙の代わりになる物を探してみる。なんとなく探していると、重大な書類があったので仕方なく紙ガわりに使うことにした。なんとなく、今日やるべきことを書き出してみた。


・学校に行く

・学校から家に帰る

・メメ

三つ目を書きかけたとき、あることに気がついてしまった。一日の予定を書き出すときは、時系列についても考えなくてはならないではないか。

学校に行ってから学校から家に帰るべきか、先に学校から家に帰ってから学校に行くべきか、ジツニムズカシイデハナイカ

目の前のフワブタエッグを食べてからフワブタエッグがのっていた皿を洗うべきか、フワブタエッグがのっている皿を洗ってから目の前のフワブタエッグを食べるべきか、ジツニムズカシイデハナイカ

 やはり考えるよりも先に行動を起こすべき。単位を落とさないように学校に行くべきだ。しかし、学校はあまり好きではない。数年先の自分の姿がそこら中を歩き回っているような気がして、勉学など入り込む余地はない。「今わまだ良いですよ。今わまだよいですよ、首の皮が一枚繋がっていますから。しかし、上級生を見ていますとねぇ胸騒ぎがするのですよ。見てください首が体から分離してしまっているでしょう。頭を手で抱えて生活するのはこりごりです。頭は重いし、手は塞がるし、身長も低くなりますからねぇ」家の窓にへばりついているひょっとこのお面をした不審者が僕の気持ちを代弁してくれた。その通りである。腕に頭を抱える生活など真っ平ごめんである。その上、てきとうな性格が乗っかると考えると頭を抱えてしまう。

 もし、駅のホームに頭を置き忘れたまま電車に乗ってしまったらどうしよう。

忘れ物センターに自分の頭が預けられていないか確認しに行かなければならないではないか。

「何か証明できる物はありますか」「脳髄を確認してください。綺麗な淡い水色でしょ。実は雨水も入っているんですけどね。へへへ」「なるほど、ではこれはあなたの頭で間違いないですね」

 もし、頭が怪我をしてしまったらどうしよう。

面倒くさくて病院に行かず、顔に傷が残り頭に嫌われてしまうかもしれない。

「あなたには愛想が尽きました。呆れました。絶交です。さようなら。」バンッ(頭が扉を閉める音)「待ってくれ、もう一度だけチャンスをください!」

なんてことに、泣いている自分の顔が目に浮かぶ。

 電車に乗るために家を出た。朝の電車はモッシュといっても過言ではないので大嫌いだ。そんなことを考えながら道を歩いた。カランコロン、カランコロン、カランコロン、カランコロン。履いている下駄とアスファルトとがコスれ合う音の耳障りが気持ちよくて眠たくなってきた。カランコロン、カランコロン、カランコロン、カランコロン。今朝見た明日見るはずだった夢を思い出した。餓死してしまった飲食店の店長のお葬式に大勢の人が参列していた。ぼーっと喪服姿のまま心地よさを感じていると。ふとした瞬間に刹那から振り落とされてしまった。遅い浮世の中は合わせ鏡と脳髄ばかりで、遙か上の方で酔っ払っている酔いどれには白昼夢として映っているようだった。ニヒルな鼠が薄ら笑いを浮かべて、まるで心地よいカタルシスのように三日月の月光が降り注いでいた。「そろそろ起きなよ」窓にへばりついているひょっとこのお面をした不審者のおかげで目を覚ますことができた。

 カランコロン、カランコロン、カランコロンカラン。カランコロン、カランコロン、カランコロンカラン。とてもとても小さい駅が出現した頃、足下のアスファルトの上を緑色の青虫が這っているのを見つけた。青虫は歩いているのか、走っているのか。もし歩いているとすればのんきな奴だ。人間に見つかっておきながら歩いているなんてのんきな奴だ。だんだんと駅が大きくなってきた。きっとものすごい勢いで増築しているのだろう。芋虫を見つけたことでアスファルトが気になって、下ばかりを向いて歩いた。カランコロン、カランコロン、カランコロンカラン。カランコロン、カランコロン、カランコロンカッ。ガガガ。

 唐突なこと、道ばたに落ちていた古時計の振り子に挟まれてしまった。カランコロンという音は下駄ではなく、振り子の音だった。

 「変な音の振り子だなぁ」

                               終わり


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