第6話 残魂と鎮魂

 少し歩き、俺とルルートは森を抜けた先にあった大きな壁へとやってきた。


 壁には此処が入り口かと思える程の大きな亀裂、遠くから見ても解る大きな裂け目ができている。


『では、ここから中に入るぞ』

「わかった。けど、ここは一体なんなんだ?」


 崩れ落ちている壁の瓦礫を乗り越えて、俺達は進む。

 ルルートは空中を浮かんでだけど。


『ここか?ここはダンジョンじゃ』

「……。そうだと思ったよ」


 ダンジョンと聞いて、今一度ルルートに念を押しておこう。


「言っておくけど、俺は本当に弱いからな。ノーマルスライムやノーマルラビットの一匹なら、普通に倒せるってくらいの強さだぞ」

『ハハハッ。本当に弱いな』

「うるさい」


 俺がどれだけ弱いのかは、ルルートにちゃんと届いた様子。


『とりあえず、心当たりの場所迄は我が先行しよう。ゆっくり、気をつけて後をついてこい』

「頼んだぞ。本当に」

『大丈夫じゃ。しっかりと気をつけようではないか。お主に死なれたら、我も困るからな』


 瓦礫を乗り越えてダンジョンの中に入ると、左右に通路が伸びていた。

 俺達は右へと進む。


「なあ」

『なんじゃ?』

「此処がダンジョンなのは解ったけど、どんなダンジョンなんだ?敵の強さとか、ダンジョンの特徴とか。ルルート様が知っているなら、教えてくれないか」


 精霊王で、長生きで、調べ物をたくさんしていて、ふらふらと様々な場所へと旅をしていたルルートなら、何でも知っているといつの間にか思っていた。


 それが間違いでは無いと言わんばかりに、スラスラと答えは返ってくる。


『モンスターの強さか。何とも、言葉では伝え難いのう。今のお主では何にも倒せんとだけは、言っておこうかのう。瞬殺されて終わりじゃて』


 言われなくてもそこはなんとなくだが、ダンジョンから漂っている自分には場違いな雰囲気で解る。

 なのに恐怖や焦りを感じないのは、ルルートがいるおかげだろう。


『故に強さなど、知ったところでじゃ。究極のところ。こちらが殺すか、あちらが殺すか、それだけじゃろ』


 確かにルルートの言う通りだ。

 極論、生きるか死ぬかだもんな。


 強さを知ったところで最初から自分が最弱レベルの強さなんて事は解っているんだから、モンスターに鉢合わせした時は選択肢なんて今の俺にはない。

 逃げるの一択だ。


 そんな俺がモンスターの強さなんて知ったところで、意味なんてないか。


『まぁとりあえず、このダンジョンの特徴くらいは説明しておくとするかのう』

「ああ、頼む」

『このダンジョンは【選択のダンジョン】と呼ばれておっての。難易度としては高難度のダンジョンで、上から数えて五本の指には入るレベルのダンジョンじゃ』

「【選択のダンジョン】?高難度って、俺は今そんな場所にいるのか?」

『ああ。じゃから此処を出られれば、我の肉体があるダンジョンにもとりあえずは行けるだろうとは思うておるぞ』

「そうか。ルルート様の肉体がある場所も、同じ高難度のダンジョンなんだっけ?」

『そうじゃ。そしてこのダンジョンの特徴なんじゃが、此処は通路を進むと大中小の様々なスペースが現れる。そのスペースからはさらに三つの通路が伸びておってのう。その内からどれか一つを選び、次のスペースへと進む。そんな感じじゃ。進行の仕方としては、至極単純な仕様になっておる。勿論、スペース事に色々なモンスターやお宝が出てきたりするぞ』


 それを聞いて、冷や汗が出る。


 だとしたら、俺がさっき迄いた場所は危なかったんじゃ。

 モンスターには出会わなかったけれど。


 そんな思いを見透かしたのか、ルルートが教えてくれる。


『安心せい。さっきの場所はこのダンジョンのセーフエリア。言うたじゃろ、って。聞こえておらなんだか?お主は運が悪くて良いとな』

「それはこのダンジョンに転送されたのが運が悪くて、偶々セーフエリアにいたのが運が良かったって意味だったのか」

『やはり、聞こえておったか。ハハハッ。しかし真に運が良かったのは、お主と出会えた我の方じゃったがの』


 ルルートは軽快に笑みを浮かべる。


『おっ。見えてきたぞ』


 俺達が進んだ通路の先。

 そこには開けたスペースがあった。


『お主は一旦通路で待っておれ。我が先に、中を見てこよう。問題が無ければ呼ぶ故、入ってこい』

「わかった」


 ルルートの顔が真剣な表情に変わる。

 俺は死にたくないので言われた通りに、しっかりと通路で待つとしよう。


 ふと、疑問が浮かぶ。


「なぁ。通路にモンスターは出てこないのか?」

『安心せい。このダンジョン、通路にモンスターが出たのは見たことが無い』


 それを聞いて安心する。


『じゃが、罠はあるからな。無闇矢鱈と周囲には触れてくれるなよ。とりあえず今は罠の気配は感じられぬが、此処はダンジョン。いつ様変わりするか解らんぞ』


 安心できたのも束の間、ダンジョンはやはりセーフエリア以外はどこも危険に変わりない様だ。


 罠の存在も、危険や解除方法も、ある程度の知識としては勉強してある。

 けれど実際に罠がある場所にまで行った事がない俺は、頭から罠の存在が抜け落ちていた。


『では、行ってくる』


 俺の反応を待つ事なく、ルルートはさっさと開けたスペースへと入っていった。


 ◇ ◇ ◇


 五分程してだろうか。


『入ってきて良いぞー』


 先に進んだルルートから声がかかった。


 声に従って俺もスペースへと入り周囲を確認してみるが、ルルート以外には誰もいないし何もない。


「次はどの通路に行くんだ?」


 先程聞いたダンジョンの説明通り、スペースにはさらに先へと向かう為の通路が三方向に伸びている。


『いや、どこにも向かわん。此処が目的の場所じゃからのう。壁の亀裂からショートカットもしとるから、ちょうど良かったわ』


 そう言って、ルルートは顎で何かを指し示す。


 促された方向を見てみると先程確認した時には気づかなかったが、そこには人が暗い表情をして俯いて佇んでいる。


 一瞬しか確認していないとはいえ、何故そこに人がいる事を見落としてしまったのか。


 よく見るとその人は通常の人間とは違い、姿が半透明になっていたからだろう。

 身体を通して背後にあるダンジョンの壁が見える程に全身が薄い。

 更には、頭の上に天使の輪の様な黒ずんだ輪っかがある。


「何だあれ?モンスター、じゃ、ないよな?」


 会話している俺達を特に気にすることも無く、その人はずっと俯いて佇んでいるままだ。

 微動だにしない。


『モンスターなどと、言うてやるな。あれはダンジョンで死んだ者の魂。残魂と呼ばれておるモノじゃ』

「魂……」

『そうじゃ。悔いがあるのか、未練があるのか、何かしようとしているのか、何かしらによって取り残されておるのか、誰にもあ奴らの存在している理由など解らん。肉体は地に還っても、魂は天に還らずにこの世界に残っておる者達。ダンジョンでは時折、ああいった者達を見かける。極希にお主の様に見える者もおるようじゃが、見えるだけで特に何もできんらしい。向こうからも何もしてこん。我も魂の身となる迄はあ奴らの存在など、ああいった者達がいるなど、気づかなんだ』


 ルルートは少しだけ、哀しそうな表情を見せる。


 成仏できず、誰にも気づかれず、何かをする事も何かを伝える事もできず、ただこの世界に俯いて佇むだけしかできない彼等を哀れに思ったのだろうか。


『じゃがの。【鎮魂】のスキルを持つものならば、あ奴らを天に還す事ができるらしいぞ』

「そうなのか?」

『我も書物で知っただけで、実際に見た訳ではないからのう。何とも言えぬ。じゃが、信憑性は極めて高い。真実じゃろうて』

「情報の出処からして、だったか」

『ああ』


 セーフエリアでルルートが言っていた言葉を思い出す。


『そして天に還る事ができた残魂は礼としてなのか、【鎮魂】のスキルを持つ者、【鎮魂者】に、生前の自身の能力を授けてくれる。らしいぞ』

「授けてくれるって、どんな能力を授かるんだ?」

『さぁのう……。確か、書いてあったのは―――』


 調べた書物の内容を思い出そうと、ルルートは両手の人差し指を頭の横に押し当てて答える。


『残魂が生前得意としていた、スキルや魔法……だったかのう』

「じゃあ。何を授かるかは、天に還してみないと解らないのか」

『そうなるかのう』


 一瞬、自分にとってマイナスな能力を授かってしまうのではないかという考えが浮かんでしまった。

 けれど彼等が生前に得意としていたスキルや魔法なら、そういった事はないだろう。


『何はともあれ。先ずは試してみるのじゃ』

「わ、解った」

『情報通りなら、お主は誰よりも強くなれるぞ。只人が生涯かけて得られるスキルや魔法には、どうしても限りがあるからな。その点お主の場合は残魂を天に還せば、無尽蔵に習得できてしまうわけじゃからな』


 ルルートに促されて近づく俺に見向きもせず、残魂は様子を変える事なく暗い表情で俯き佇んでいる。

 こちらをチラリとも見ない。


「どうすれば良いんだ?」

『さあのう?試しに、触れてみたらどうじゃ?』


 見る事すら殆どの人にはできないというのに、魂に、幽霊に、触る事なんてできるのだろうか。


「触れるのか?」

『らしいぞ』


 どうすれば【鎮魂】のスキルが発動するのかは解らない。

 俺はとりあえずルルートの勧めに従って、残魂に触れてみる事にする。


 パァァァ―――。


 残魂が輝き始めた。


「うぉっ」

『眩しいのぅ』


 光がどんどんと強くなっていく。


 眩し過ぎて薄目で見ていたルルートが耐え切れなくなり、遂には目を瞑る程にまで光は強くなっていった。


 それとは正反対に、俺はその光を全く眩しく感じない。

 光っているのは解るのだけれど、不思議と眩しくはなく優しい光に感じるだけだ。


 暫くの間残魂に触れていると、光に包まれている残魂の頭の上にある天使の輪が次第に黒から白に変化していく。

 天使の輪が完全に真っ白になった瞬間、残魂は弾ける様にして粒子になり消えていった。


 消える瞬間。

 ずっと暗い表情だった残魂が微かに微笑んでいた様に見えたのは、きっと見間違いじゃないだろう。


 それが確認できた事で、【鎮魂】の使い方はきっと合っていたのだろうと感じた。


 成仏という言い方で合っているのかは解らないけれど、無事に魂が天に還れた様で良かった。

 何だか良い事をした気分だ。


 そう感じていると、目の前には【薄氷の激運】を獲得した時と同じ様にウィンドウ画面が現れる。


【スキル【擬装】【気配消失】を獲得しました。魔法【土=Lv6】を獲得しました】


「おおっ!」

『なんじゃなんじゃ!?』


 聞いた通りに、本当にスキルと魔法が獲得できた。

 その事に驚いているとルルートが近寄ってくる。


「いや、言っていた通り。本当にスキルと魔法が獲得できたみたいだ」

『おお!それは重畳じゃ!何が得られた?お主が良ければ、教えてくれんかのう』


 自分の事の様にルルートは喜ぶ。


 今後もきっと【鑑定】で俺の事を調べてもらう機会があるだろうし、ルルートにステータスを伝えるのは問題ない。


「【擬装】と【気配消失】。後は、土魔法も覚えたみたいだ」

『本当か!?一度に三つもか!?情報でしか知らなんだが、【鎮魂】はやはり凄いスキルじゃったみたいだのう。どれ。試しに早速、得たスキルを使ってみると良い』


 ルルートが「ほれ、ほれ」と促してくる。

 俺も試してみたいのでやってみる事にしよう。


 どうせなら転移する前から使えたらと憧れていた、魔法の使用でもやってみるか。


『手始めとしては、【気配消失】辺りが良いかもな』


 何を使うか考えていたら、脇でルルートが提案してきたが俺はそれを無視する。

 どうせならやっぱり魔法が使ってみたい。


 土魔法のLv6か。

 正直、魔法に関しては詳しく知らないからLv6がどれ程のレベルなのか解らない。


 転移者ギルドの間でも、魔法に関しての情報は一切なかった。

 転移者はスキル持ちばかりで魔法を使える人は見た事が無い。

 誰も魔法を使えないのであれば、情報がないのは当たり前か。


 魔法の使用方法は解らない。

 けれどとりあえずイメージしてみれば良いのかなと思い、ちょうど目に入った近くにある石を飛ばす想像をしながら手を翳した。


『ん?どうした?』


 俺の行動が気になったルルートは問い質してきたが、俺はまたもや無視を決め込む。


『お、おい!待つのじゃ!お主―――』


 ルルートのその声と同時に、小石は想像通りに壁の方向へと勢いよく飛んでいく。

 どうやら魔法の使用に成功したようだ。


 と、同時に。


「あ、あれ?」


 俺は鼻から血が垂れてきた事に気づき、意識を失いながら倒れ込む。


 倒れる瞬間。


 俺を支えようと、ルルートが何か言いながら近づいてきたのが目に入った。

 けれど突然の事に間に合う筈もなく、魂だけの存在が触れる事ができる筈もなく、俺はその場に盛大に倒れ込んだのだった。

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迷宮世界の鎮魂者 @yuki_desu

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