第5話 ルルートの頼み事

「えっ?急に、どうした?」

『お、お、お、お主。ち、ち、ち、【鎮魂】』

「眼を丸くして、何を急に慌てているんだ?普通に喋れていないぞ」


 一体全体、使えない欠陥スキルがどうしたっていうんだ。


「そのスキルなら、この世界に転移した時に与えられたやつで―――」

『うひゃほー!うぇーい!ハハハハハッ!やったぞー!我はついにやったのだー!しゃらっさー!』


 再び大声を上げながら森の中を歓喜しつつ踊り狂いだしたルルートを見て、呆気にとられる。

 その姿はとても精霊の王様だとは思えない。


 金髪碧眼の美しい少女なのに、そのルックスの好印象が吹き飛ぶくらいの騒ぎよう。

 勿体無い。


 最初の出会いがこんな状態だったなら、俺はきっと逃げていただろう。

 なんてったって今のルルートは、奇声を発しながら踊る野生化した危ない人にしか見えないのだから。


「なんなんだ、急に。何をそんなに喜んでるんだ?」


 俺の呟いた声が気に入らなかったのか、ルルートは眼つきを鋭くして此方に振り返る。

 歓喜の舞を止めると、体当たりしてきそうな程の勢いでこっちに戻ってきた。


『これが喜ばずにいられるか!苦節五十年。どれ程【鎮魂】の魔法かスキルを持つ者と出会える機会を望んでいたか!不思議に思っとったが、道理で道理で。魂だけの存在である我の姿も、言葉も、お主には解った訳じゃ!いやいや。初めての事じゃったから、我も気づかんかったわ♪』

「そうなのか?て言うか、何でこんな欠陥スキル持ちなんか探してたんだ?」

『くぅ……』


 ルルートがいきなり泣き出した。

 情緒不安定だな、おい。


 ちなみに。

 肉体がないので涙は顔をつたうだけで、落ちてはこない。


『我は魂だけの存在になっておるんじゃぞ。肉体に戻れんのじゃ』

「ああ。そう言ってたな」

『我の魂と肉体を元に戻せるのは【鎮魂】を使える者しかおらん。だからずーっと探しておったんじゃ!』

「ああ、何だ。そういう事か。【鎮魂】のスキルは、そんな事ができるのか?でもさっき、ふらふらと旅をしているだけだって言ってなかったか?」

『それは、その。すまん。嘘……というか、強がっていただけじゃ』


 両手の人差し指をツンツン合わせて眼を逸らす姿はとても可愛かった。


『じゃから、あの。その。我の魂を、肉体に戻してはくれんかのう?』


 今度はモジモジと、身体をくねらせ始めた。

 うん。

 それも可愛い。


『駄目かのう?』


 上目遣いの仕草で、ジリジリと俺に近寄ってくるルルート。


「え、えーっと」

『駄目かのう?』


 転送されたのが街だったり、危険が無い場所だったなら、俺はきっと良いよと答えていたかもしれない。

 しかしオーブの話がある。

 今の俺には誰かを助ける余裕なんて全然無いという内容だった事を、ちゃんと覚えている。


 死ぬ気はないけれど、変に期待させてしまうのも悪い。

 俺は俺で、死ぬかもしれないのだ。

 先ずは自分の状況を何とかしなければいけないと思う。


 ルルートの上目遣いに負けず、俺はきっちりと断った。


「ごめん。無理だ」

『何でじゃっ!?』


 ルルートはぶつかりそうな勢いで顔を近づけてくる。

 幾ら肉体が無いとは言え、俺は反射的にお互いの間に手を入れた。

 じゃないと事故が起こってしまいそうだったから。


「いや、だって」

『だって、なんじゃ!?どうしてじゃ!?』

「と、とりあえず落ち着いてくれ」


 興奮状態のルルートを何とか宥める。

 じゃないと話にならない。

 お互いに肉体があったなら、きっと俺はこれでもかと身体を揺さぶり続けられていただろう。


 ルルートを少し落ち着つかせてから、話を再開させる。


「落ち着いたか?」

『あ、ああ。取り乱してすまんのう』


 謝っている割にルルートの頬は膨らんでいる。

 そこに触れるとまた騒ぎそうなので、俺は何も見ていない事にした。


「俺も、いきなり無理と言ったのは確かに悪かった。先ずは詳細を聞かせてくれないか。それを聞いた上で俺にできそうならルルートを手伝うし、無理なら無理でルルートも諦める。それでどうだ?」

『あ!ああ!そうじゃな!それもそうじゃ!説明せん事にはな』


 軽く咳払いをして、ルルートは説明を始める。


『我が遙か昔、魂と肉体を分離させる事になった理由なんじゃが―――』

「えっ?遙か昔って、身体の方はもう腐ってるんじゃ……」


 そう言えば先程、苦節五十年とか何とか言っていた。

 少なくとも今の状況になって五十年も経過していたら、身体の方はそのままという訳にはいかないのではないだろうか?

 それとも腐った身体でも良いから戻りたいというのか、それとも元々身体が腐っているのか?


 色々と考えを巡らせている。

 それを止める様に、ルルートは俺の目の前に手を出してきた。


『とりあえず、話を聞けい』

「あっと、そうだな。悪い」


 つい、口を挟んでしまった。

 今は話を聞く事に集中しておこう。


『でじゃ、何故そんな事になったのかと言うと。とある神器、神のアイテムがダンジョンの一角で暴走しおってのう。我はそれを封印する事に成功したわけなんじゃが、代わりに我も一緒に封印される結果になってしもうた。我は身動きがとれなくなり、生きながら死んだも同然になってしもうてのう。何とかできんかと試みた結果が、魂と肉体の分離というわけじゃ』

「なる程」

『おかげで魂だけじゃが、自由に動ける様になってのう。それからは暴走しておる神器を封印などという一時凌ぎではない術で何とかできんかと、世界中で情報を集め回っていたんじゃ。幸い魂になったおかげで、というのは皮肉なもんじゃが。ダンジョンのモンスターも罠も、我に危害は加えられんし。街でもそうじゃ。誰も我に気づく事はなかった。おかげで調べ物はしやすかったぞ』

「そりゃあそうだろう。魂だけの存在なんて、普通は気づかない」


 魂という事は解りやすく言うと幽霊なんだから、霊感みたいな特殊な力がない限りは気づくのは無理だろう。


『そうして幾つかの年が過ぎた頃。お主と同じ、転移者が各地でちらほら現れる様になってのう。そ奴らについても、勿論調べた。そうして長きに渡り調べ物をしながら各地を転々と過ごした後、何とか抱えていた問題が打開できそうな時がきたのでな。肉体がある場所へと戻ったんじゃが、如何せん。その時になってようやく、我は肉体に戻れない事に気づいたんじゃ』


 思っていたよりも、ルルートの問題は複雑に感じた。


『故に、問題は未だ解決する事なく放置され続けている状態でのう。封印もまだ解ける事が一応無い故、大きな問題にはなっておらん。かと言って、封印が解ける前には何とかせにゃならん。しかし、先ずは我が肉体に戻れん事にはどうしようもできん。じゃから次は当然、元に戻れる方法を探した。それが可能なのが【鎮魂】の魔法かスキル、というわけじゃ。因みに、我には習得できなんだ。理由として予想しておるのは、魂じゃからじゃろう』

「なる程、ね」


 ルルートの話を聞いている限りでは、俺にはやはり荷が重そうだ。

 他に誰かいるなら、そちらの方が何とかできる可能性が高いと思う。


「俺以外に【鎮魂】のスキル、魔法を使える奴はいないのか?」

『長い間ずっと探しておったが我が知る限りでは、お主で二人目かのう』

「じゃ、じゃあ―――」

『一人目は既に死んでおる。と言うか、書物の中で知っただけじゃ。それで我も戻り方の見当がついた訳じゃし。よって。今現在使える者は、お主しか知らん』

「……そうか」


 他にも【鎮魂】を使える者がいるならそっちにお願いする方が良いと思うという提案は、どうやらできそうにない。


 だとしても、やはり俺には無理だ。

 色々と問題がある。

 期待させるのは悪いから、此処できっちり説明しておいた方が良いだろう。


「事情は解った。協力も、できればしてやりたいとは思う」

『で、では!』


 身を乗り出してきたルルートを、今度は俺が手を前に出して諌める。


「次は、俺の話」

『むぅっ!』


 すんなりと頼み事が受け入れられると思ったのか、ルルートは不服そうだ。


「さっきは説明を省いたけど、ちゃんと話をしておいた方が良いだろう。俺がこの場所に転送するきっかけ―――」


 俺はこの世界に転移してから今迄の経緯をちゃんと説明する。

 ルルートはそれをしっかり聞いてくれていた。


「―――と、言うわけなんだ。」

『なる程のう。同郷の者だと言うのに、薄情な奴等じゃ』

「俺は弱い。この世界では、ちょっとした事で直ぐに死ぬレベルだと思う。それを踏まえた上で聞くけど、ルルート様の肉体はダンジョンにあるんだろ?」

『そうじゃ』

「誰でも簡単に行けるダンジョンなのか?」

『ハハハッ。無理じゃな。難度の高いダンジョンの、かなり深部の方になる』

「やっぱり。ほいほい近場に神器なんて、神のアイテムなんてないよな」

『そりゃそうじゃ』

「そこのダンジョンのモンスターは弱いのか?例えばノーマルスライス一匹くらいの強さのやつばっかり、とか」

『そんなわけあるか。難度が高いと言うたじゃろ。ダンジョンの難易度で言うなら我の知る限りになるが、全部含めて上から五本の指には入るじゃろうな』


 ルルートが片手を広げた。


「さっき手に入れたスキル。【薄氷の激運】は強いスキルなのか?それを使えば肉体のある場所へ行ける程、強いスキルとか」

『強さでは、表し難いのう。スキルの保持者が意図して使えるモノではないし、それ一つだけではどうにもならんじゃろう』

「意図して使えないって、どういう意味だ?」

『それそのままの意味じゃ。オート自動で発動するスキルじゃからのう。発動すればかなりの幸運が訪れるんじゃが、いつ発動するのかは全く解らん。故に、当てにはできん代物じゃな』


 ダンジョン攻略に使えない欠陥スキルに加えて、ランダム発動のスキルか。

 そんな俺がダンジョンの深部へ、ルルートの肉体がある場所まで行けるとは到底思えない。


「じゃあ、やっぱり無理じゃないか」

『何故じゃ?』

「何故って。今、俺は弱いって話をしたばかりじゃないか。そんな俺がルルート様の肉体があるダンジョン、しかも高難度の深部にまで行けると思うのか?」


 何で今の話の流れで解らないんだ。

 精霊の王様は頭の方が弱いのか?と、失礼な事を考えている俺にルルートは言う。


『確かに今すぐに、と言うのは無謀じゃな。流石に我もそこ迄の強要はできんし、我儘を言うつもりは毛頭ない。ここ迄の長い時間を待ち続けた身じゃ。今更数年くらいなら如何って事ないわ。ハハハハハッ』

「ちょ、ちょっと待ってくれ。ひょっとして」

『なんじゃ?』

「俺が強くなる迄、待つって事か?」

『如何にも』


 どれだけポジティブで気が長いんだ。

 俺が強くなれる保証なんて、どこにもないんだぞ。


 ダンジョンワールドと呼ばれるダンジョンばかりのこの世界で、弱い俺が生き残れる自信なんて全くない。

 勿論死にたくはないし、生き残る為に足掻きもする。

 けれど、明日にでも死ぬかもしれない程に弱い俺をどうして待つんだ。


「他の奴を探した方が絶対に早い」


 俺はルルートにそう提案してみたが、鼻で笑われる。


『言うたじゃろ。この五十年、お主以外に【鎮魂】が使える者とは出会わなんだ。例え他に使える者がいたとしても、出会えるのはどれ程先になると思う?万が一見つけたとして、そ奴も弱かったら?また諦めるのか?それなら今も先も変わらん!お主に会えただけでも幸運なのじゃ。この好機、絶対に逃す筈がなかろう!』


 ルルートは力強く拳を握り閉めて前へ突き出す。


「死ぬ気は勿論ないけど、俺が死んだらどうするんだ?」

『その時はお主には悪いが、また【鎮魂】を使える者を探すしかあるまい。プレッシャーを感じずともよい。無理だったら無理な時じゃ』

「【鎮魂】と【薄氷の激運】のスキルしかない俺は、いつ強くなれるかも解らないんだぞ」

『そうじゃのう。例え【鎮魂】があったとしても、数年はかかるか。上手く残魂に出会えるとも限らんし』

「残魂?」


 何の事だ?


 ルルートの言葉が引っかかる。

 【鎮魂】が何のスキルか、どう使用するのか知っているのか?


「なあ」

『なんじゃ?』

「ルルート様は【鎮魂】がどんなスキルなのか、知っているのか?ダンジョン攻略には使えない、欠陥スキルじゃないのか?」


 俺が転送される前。

 転移者ギルドで調べてもらった時には見た事も聞いた事もないスキルで、前例となるスキル保持者もいないと教えてもらった。

 だから使い方が解らない。

 使って見ろと言われてもどうしたら良いか解らず、他のスキルを調べて色々な方法を試してはみたけれど、結局発動する兆候すらみられなかった。


 周囲には欠陥スキルの烙印を押され、自分でもそうとしか思えず納得していた。


『ハハハッ。何を言うておる。【鎮魂】が欠陥スキルじゃと?有り得ん。勿論我はどんなスキルなのか知っておる。先程言うた通り、調べたからのう。情報の出処からしても、まず真実で間違いないじゃろうて』


 ルルートは真剣な表情で教えてくれる。


『【鎮魂】のスキルは稀なスキル。我も欲しいと思える程に、凄いスキルなんじゃぞ』

「そうなのか?」


 俺の疑問を解消する為に、ルルートは顎に手を添えて考え始める。


『そうじゃの……』


 何かを思い出したのか。

 ルルートは森を越えた先、奥に見えている壁に視線をやる。

 見ている方向の壁は他とは違い、亀裂が走っていた。


『百聞は一見に如かずじゃ。実戦してみようではないか。我も実際にそのスキル、見てみたいしのう。ちょうど良さそうな残魂を少し前に見かけたところじゃ』

「実戦って。あの先に何かあるのか?」

『まあまあ。行ってみてからじゃ』


 そう言うと、ルルートは空中を飛べるはずなのに歩き出す。

 俺に合わせる様に。


『ほれほれ。行くぞー』


 手招きされたので、俺は潔くルルートについていく。


『【鎮魂】が調べた通りなら、お主はかなり強くなれる。我よりもな』

「そうなのか?」


 ルルートはどれだけ強いのだろう?


 ダンジョンの深部にいけて、精霊の王様で、だから相当に強い気はするけれど。

 そんなルルート以上に強くなるなんて、俺には想像ができなかった。


『ああ、そうじゃ。もし【鎮魂】のスキルが我の調べた通りではなかった場合は、素直に諦めるようではないか。さらには迷惑をかけた事じゃしのう。せめて、何処かの街までは案内しようではないか』

「良いのか?」

『こう言うておけば、お主の重荷にはなるまいて』


 ルルートが突然何故そんな事を言ってきたのか疑問に思ったが、それについては直ぐに予想がついた。

 調べた通りではなかったら、俺は強くなれないからだろう。


 少し期待してしまっている分強くなれなかった時はショックだけれど、それなら諦めると自ら言ってくれたのは正直有り難い。

 そうなっても見捨てずに、街まで案内してくれるという事も。


『でじゃ。もし成功したならその暁には、我の頼みを聞いてはくれぬかのう』


 まぁ、そうなるよな。


 もし強くなれるなら、ルルートに協力してみても良いのかもしれない。


「解った。もしそれで強くなれたなら、ルルート様の頼みをきくよ。頑張って強くなる」

『フフフフフ。しかと、約束したからな』


 上機嫌に、壁の亀裂に向かってルルートはどんどん進む。

 俺も置いていかれない様に、スピードを少し上げてついていった。

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